俺はトラ猫のリュウ
夜海野 零蘭(やみの れいら)
俺はトラ猫のリュウ
俺は進藤龍一、39歳独身。
とある企業の営業職をしていた。
数年前にこの会社に転職したのだが、安い給与に見合わない仕事量で日々クタクタになっていた。
前職でもそんな感じで、結果的に体調を崩して辞めた。
「いつもこんな仕事に当たってしまう。いっそ野良猫みたいに自由気ままに過ごしたい」
そんなことを考えながら、当てもなく街中をフラフラ歩いていた。
人通りのない路地裏に来たとき、いきなり右脇腹に経験もしたことのない激痛が走った。
「ぐっ…がはっ…」
俺は見知らぬ男から、右脇腹を後ろからグサリと刺されていた。
とめどなく血が溢れてくるが、そのとき周囲に人はいなかった。
ここ最近頻発している通り魔殺人事件に巻き込まれたらしい。
犯人の野郎は、俺をバカにしたようなニヤケ顔をしてその場を去っていった。
しばらくして、駆けつけた救急隊に救助させるも、俺の命は助からなかった。
ああ、死ぬってこういうことなのか…
どのぐらいの時間が経ったのだろうか。
俺が目を覚ますと、いつも通勤で通っていた八百屋さんの前にいた。
「トラ、また来たのか。」
いつも俺に挨拶をしてくれていた八百屋のおっさんの顔が、俺を覗き込んでいた。
(どういうことだ)
近くの小さな婦人服店のショーウィンドウに今の自分の姿が映し出された。
(俺、猫に生まれ変わったのか?)
ようやく状況が理解できた。
茶トラのオス猫に、俺は生まれ変わっていたのだ。
おっさんから貰った猫用ごはんは、一見まずそうだが猫の俺の口にはぴったりだった。
そのとき、おっさんと常連客の会話が聞こえた。
「最近、うちの隣の進藤さんが例の通り魔にあって殺されたって。怖いわね」
おっさんと話していたのは、アパートで隣の部屋に住む年配夫婦の奥さんだ。
「進藤君はここでよく野菜買っていってくれていたし、とても残念だよな」
「犯人が捕まってないのも、また怖いのよね」
人間だった俺を殺した犯人の顔は、指名手配犯のポスターで似顔絵が貼り出されていた。
似顔絵は上手だが、犯人の顔と若干似ていない。
俺は殺された側だから、ヤツの顔ははっきりと見たのだ。
今の俺は猫だ。
その特性を生かして、犯人を探してみることにした。
フラフラとパトロールをしていると、黒いパーカーを来たあの犯人がいた。
ナイフを片手に、後ろから一人で歩く若い女性を刺そうとしていた。
「ニャーーーーー!!!!!」
俺はダッシュで犯人に近づき、思い切り飛びかかって犯人の足首を思い切り噛んだ。
「いてぇっ!何するんだクソ猫が!!」
犯人の男は転けた拍子にナイフを手放した。
俺は女性にアイコンタクトで「逃げろ」と合図して、その場から逃げさせた。
奴がナイフを再び握ろうとしたので、今度は顔面に飛びかかって、爪でバリバリと引っ掻いた。
「いてえええっ!!」
思った以上に、情けない犯人だった。
逃げていった女性が通報していたのか、すぐに警官2人がやってきて犯人を取り押さえた。
『猫がお手柄!通り魔事件の犯人を逮捕』
俺のニュースは、さまざまな場所で話題になった。
八百屋のおっさんも、このことをすごく喜んでいた。
「お前はすごい猫だな。うちの飼い猫にしてやるよ。名前は…そうだな、『リュウ』でいいか」
それは、人間だった俺がよく友人・家族に呼ばれていたニックネームだった。
とても嬉しかった。
俺に取って最高の転職先は、『トラ猫のリュウ』だった。
これからも、八百屋の看板猫として猫生を歩んでいきたいと思う。
俺はトラ猫のリュウ 夜海野 零蘭(やみの れいら) @yamino_reila1104
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