スーパーハイパーデビルイメージ
かんのまなぶ
アル中でもいい。たくましく生きていれば。
アル中でもいい。たくましく生きていれば。って、俺、全然たくましく生きてない。
真昼間から臭い自宅でウイスキーを飲みながらブコウスキーなんて読んでいる。それでも気分は上々で、ウイスキーもブコウスキーも申し分の無いハイペースで俺の休日を盛り上げてくれていた。
ご機嫌な休日に邪魔が入ったのは、ブコウスキーが「町で一番の美女」から「ダーティー老人ノート」にチェンジした時だった。
部屋に響いたインターフォン。ぶち壊し。何もかも。
当たり前の話だが当然俺は玄関ドアを蹴りつけた。すると、扉の向こうから聞き慣れない女の声が返ってきた。その声を聞いた瞬間、俺の憤りは吹っ飛んだ。
理由は、その声。はっきり言ってイイ声だ。かなりの美人が頭に浮かぶ、まあ、そんな感じの声だった。
浮かれた俺は眼鏡を外してコンタクトレンズを装着、玄関の扉を開けた。
玄関先に立っていたのは俺が思い描き想像していた様なボンベイサファイアBabyには程遠い、ふざけた安物カツラを被ったおっさんだった。おっさんは俺に「訪問販売のセールスマン」だと自己紹介をした。しかし…その声。
隔てるドアが無くなると、おっさんの美声は正に美女のソレそのものだった。
「おっさん…」俺はジジイをぶん殴り、玄関に鍵を掛け飲酒と読書を再開した。しかし、一度途切れたヴァイブレーションのバランスはおかしく怪しげで俺は感情移入に悪戦苦闘、部屋中をのたうち回った。
「ふざけやがって馬鹿野郎」気分が良かった休日はグルーブを失い情緒が激しく不安定。さっきまで俺を盛り上げてくれていた「飲酒」と「読書」による編隊飛行は一方の翼をもがれ飲酒ばかりが独走状態に突入し切断された集中力がブコウスキーを拒絶した。
「なめやがって糞野郎」俺はそこまで駄目なのか。読書をする自由すらも俺には無いのか。胸が痛い。時が重い。無理だ、生きれない…。と、ここまで来るともう駄目だ。俺は、これまでは一時中断とゆう事にしておいた読書を完全に中止。飲酒のみに専念する事を心に誓うとブコウスキーを放り投げSEXピストルズのライブ盤を爆音でオン・エアー。一人激しく踊り狂った。
知らぬ間に素っ裸になっていた俺は、己の踊りの余りの凄ましさに上半身がウイスキーでびしょびしょに濡れていた。発汗も半端では無い。
汗とウイスキー。何故か少し鼻血も出ていた。
血と汗とウイスキー。少しずつでは有るけれど、魂が復活の兆しを見せた。もう少し、あと一歩だけ。風を売るのがライフなら神風の在庫状況の確認と報告を俺は待つ。待っていた。ベルが鳴る、受話器を取って耳に当てる、当てた、その時だった…。
再び響いたインターフォン。こいつら俺を殺す気か。俺は抗議と威嚇を兼ねて玄関扉にヘッドバットをブチかまし、結果、自らを大流血に追い込むとゆうアクシデントに見舞われてしまったが、痛みもダメージも全く感じていなかった。
玄関先に立っていたのは皺くちゃの婆さんと死神だった。俺は人を見た目で判断するようなダサい人間では無いので、マント、カマ、醸し出している雰囲気等で決め付けるは自己否定と判断しそこの所を聞いてみた。
「それっぽいけど、あんた死神?」
死神が黙っていると代わりに婆さんが俺に答えた。
「ひひひひひ。あんた頭は大丈夫かい?死神なんて居る筈ないじゃろ。コスプレじゃよ、コ、ス、プ、レ」
俺がぶん殴るとババアは2・3メートルは吹っ飛んで行った。
「次はテメーだ馬鹿野郎!紛らわしいカッコしてんじゃねえよ」
俺は死神のマントを毟り取った。が、次の瞬間、死神の身体が消えた。俺の手に残されたマントと足元に落ちたカマを残して。
「ぶっ!ブラボぉぉーー!」俺はマントを掴んだ拳を握り締めた。こんなに凄いイリュージョンを見たのは生まれて初めてだった。俺はババアに駆け寄ると体を起こして声を掛けた。
「クールだよ!あんたの相棒最高じゃん。あんな凄いの初めて見たよ。さっきは殴って悪かったな。鼻、折れてないかい?消えちゃったけどさぁ、死神のあいつに宜しく言っといてくれよ」
俺は部屋に戻ると飲酒と読書を再開した。凄い凄い、今度はグルーブなんてモンじゃない。熱いイリュージョンにパワーを授かり闘魂を揺さ振られた俺は今までの人生で最高の家飲みと最強の読書を経験した。
ブコウスキーを読破して家中の酒を飲み干した俺は、新しい本と酒を調達する為、買い物に出掛けようと玄関のドアを開けた。すると、玄関先にさっきの女声のおっさんが立っていた。目ん玉をひん剥いたおっさんは木刀を握り締め更にその手をガムテープでグルグル巻きにしていた。
「なんだよオッサン。邪魔だ。どけ」
「ふざけるなよ若造、いきなり殴りつけられて黙って引き下がれる筈ないだろう」
「埋めるぞジジイ。だいたい何だよ、その声は。今は普通に男の声で喋ってるじゃねえかよ。やっぱり、さっきはナメてたんだな、女みたいな声で喋りやがって」
「え!声?」
「そうだよ。お前ふざけるなよ」
「声!声!」
「お前を殺す」
「違う!声?本当だ!本当だぁぁ!」
おっさんの話は少し面白かった。じじい曰く。
「ワシのこれまでの人生は女性の声に生まれてしまった為に晒し者、憂鬱な喜劇そのものじゃった。幼い頃から笑われ続けて虐められ泣かされ続けた…。それでも子供の頃にはまだ希望が有った。ワシは声変わりに人生の大逆転を賭けた。しかし、思春期を迎えてもワシの声帯には何の変化も起こらなかった。いつしかそのまま大人になり会社勤めを始めてからも、出社時に挨拶をすれば失笑、会議で重大な議題を話せば爆笑。当然出世は儘ならず、いつしかお払い箱の窓際族に…。本当に、長くて暗いトンネルだった。しかし!君に殴られたお陰で突然の声変わりじゃ!ヘルいトンネルから抜け出せたんじゃ!ありがとう。ありがとう」
号泣&嗚咽。じじいは余程嬉しいらしく、恍惚の表情を浮かべながら口をパクパクさせていた。人助けは気持ちがイイぜ。
じじいは俺に頭を下げて、背負っていたリックサックを差し出した。
「こんな物しか無くて申し訳ないけれど、今の全財産です。感謝の気持ち、受け取ってください」とダンディな声で喋ると「ずうーっと話し掛けたかった女性が居るのです」とスマイル。疾風怒濤、何処かへ駆け出して行った。
ジジイがくれたサックにはラッキーにもウイスキーと本が入っていた。買い物の手間が省けた俺は小躍りしながら部屋に戻り飲酒と読書を再開した。
ウイスキーは一度は飲んでみたいと憧れていた最高級品で俺の目頭は熱くなった。本には著者の明記は無くタイトルだけが綴られていた。スーパー・ハイパー・デビル・イメージと。
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