心に染みた音楽についてひっそりと語ってみます。

色街アゲハ

第1回:Grateful Dead/American Beauty

 のっけから否定的な事を書く様で何ですが、最初このアルバムを聞いた時の感想が「ひたすら退屈」な音楽と云う物でした。山も無ければ谷も無い、ただ平板な曲が全編に渡って並んでいるだけの、そんなアルバムに感じて、早々に放り出してしまった記憶が有ります。

 

 じゃあ、何でこのアルバムを買ったのかという疑問に答えますと、ズバリ、ジャケ買いです。木目の背景に、真ん中に薔薇の絵。その周りを何処となくサイケ風味な文字が取り囲むイラストがすっかり気に入って衝動買いしてしまったと云う訳です。

 当然、グレイトフル・デッドと云うバンドに関する知識も皆無だった訳で、ただ何となく良さそう、と云うただそれだけの理由で購入したアルバムでした。

 その結果が冒頭に書いた様な感想だった訳ですから、その分失望も大きく、その後再び聞く事も無く放り出したまま数年の時が過ぎました。


 その後何の切欠でそうしたのか記憶に無いのですが、同じバンドのベスト盤を買って聞いてみた所、これが良い。ほど良くポップな曲が選択され、結構な頻度で音楽スタイルを変えるデッドの全体像が摑める様に編集された内容に、割とすんなり入って行けたのは、今考えても幸運な出会いだったと思います。

 で、その中に収録された「Trucin' 」という曲が特にお気に入りで、身体がフワッと持ち上がる様な独特な浮遊感が心地良く、其処からこのバンドの音楽の魅力に少しづつ馴染んで行きました。


 そうこうする内に、この「Trucin' 」を始め、幾つかの曲がAmerican Beautyと云うアルバムに収録されている事を知り、あれ? このアルバム名、何か聞いた事あるぞ? となって、嘗て手に入れたものの、そのまま放り出していた事に思い当たり、改めて聴いてみて、又しても、あれ? と戸惑ったものでした。こんな良いアルバムだったっけ? と。以前聴いた時には、ただただ退屈なだけのアルバムだった印象があっただけに、その落差に更に首を傾げた覚えが有ります。何でこれだけ魅力的な音が気に気付けなかったのか、と。

 

 これには幾つか理由が有るのでしょうが、まず、このアルバムの根幹を成しているのが、所謂カントリー音楽だったと云う事が一点。

 割と馴染みが薄いんですよね、日本人にとってカントリーって。今はどうだか知りませんが、嘗て洋楽に嵌まったロック小僧にとって、まず入り口としてビートルズやローリングストーンズなどのイギリス勢のロックから入って行くのが大凡のパターンでした。まあ有名でしたし、比較的手に入りやすい、と云うのもその理由だったのでしょうが、そう言ったグループの音楽の元ネタとなる物が、ブルースやソウルと云った所謂黒人音楽であり、アメリカ白人の演歌的な位置にあるカントリーに関しては、其処だけすっぽりと抜け落ちていたのです。そんな経緯があったからこそ、初めてこのアルバムを聴いた時、諸手を挙げて歓迎といかなかったのは、或る意味当然と云うか、自分にとって未知との遭遇だったのでは、と云う事なんじゃないかと思います。

 

 もう一つ理由を上げるとするならば、このグレイトフル・デッドと云うバンド、今一つ摑み処のないバンドと云うか。突出して上手いプレイヤーが居る訳でも無い、飛びぬけて歌が上手い訳でも無い、他の有名なバンドの様に圧倒的なスター性に溢れるメンバーが居る訳でも無い、と云った無い無い尽くしの、じゃあ何が良いの? と聞かれると答えに窮する様な、その魅力をこれだ! と語るのに困ると云うか、メンバーを写した写真を見ても、ファンの贔屓目を以てしても、イケメンとは程遠い小汚いオッサンの集まりにしか見えない(ゴメンナサイ!)。要は取っ掛かりとなる要素の乏しいグループであったと云う事も又、一つの要因であったのだと思います。


 そんな得体の知れない集団が、何故本国アメリカで熱狂的なファンを獲得するに至ったのか、それには様々な理由が有るのでしょうが、このアルバムで奏でられている音楽の含んでいる要素にその秘密の一端が有る様に思えてなりません。

 

 改めて聴いてみても感じる事ですが、基本全体を通して声高に主張してません。声を張り上げる事も無く、鋭角的な強烈な印象を与えるギターソロが有る訳でも無く、奏者、聴き手双方に音楽がじっくりと沁み込んで行くのを待っているかの様に淡々と流れて行く。それが最初聴いた時に単調に感じた原因なのでしょう。

 

 そう云った音楽が実はある種の人には非常に効く。所謂メインストリームにある音楽は、それがポジティヴな物であれネガティヴな物であれ地に足が着いていると云うか、自分達の生きている現実にきちんと向き合った上で出来ていると云うか、奏者、聴き手共に自分達が今この場所にある現実に生きていると云う実感を伴った上でそれぞれ演奏したり、それに共感したりしている様に見えます(偏見でしょうか)。


 それに対して、このアルバムでの曲の数々は、そう言った現実に居場所を見付けられない人達に向けて書かれている様に思えて来ます。どう云う訳か説明出来ないけれど、自分を取り巻く現実に違和感を覚えて、表向きではそれらしく振舞ってみようとはするけれど、そうすればするほど現実との距離を感じるばかりで、極端な事を言えば自分が地球に降り立った宇宙人の様な、或いは生まれる時と場所を間違えたかの様な、そんな感覚に陥ってしまう。何処にも居場所を見付けられず、何処に行っても馴染めずに、どうして良いか分からず途方に暮れている、そんな、言ってみれば〝異邦人″の気分を抱えている人達。


 このアルバムが発表されてから一度も廃版になる事無く今に至るまで多くの人達に愛聴されて来た事が、その事を裏付けている様に思えます(1970年リリース)。

 自分は古い人間な物で、どうもアメリカ人と云うと、ヘローと白い歯を光らせながらしたくも無い握手を強要し、面白いんだか面白くないんだか分からないギャグをかましてHAHAHAと笑っている印象を抱きがちなんですが(超偏見)、冷静に考えてみればそんな人達ばかりでない事は明らかで、むしろ外国人である自分でさえそんなイメージを感じてしまう社会の中で、それに乗り切れなさを感じている人は一定数いる筈で、それに対する物としてアンダーグラウンドな、言ってみれば光に対する闇を体現するグループも結構な数で存在します。

 

 しかし、このアルバムに魅せられる人達は、そう云った光でもない、かと言って闇でもない、謂わばその間の夕暮れのほの明るい音楽とその世界にこそ引き寄せられるのでしょう。何処にも属する事の出来ない、〝はみ出し者″としてしかある事の出来ない、そう云った人隊の最後の心の拠り所として、このアルバムは存在している様に思えてなりません。

 疲れ切って、もう一歩だって動く事の出来ないそんな人達の心に、ジンワリと滑り込む様にこの音楽は馴染んで来る。その中で頻りに幾つかの曲で旅への誘いを促して来ます。旅と言ってもそう気構えた話じゃあない。まるで、そこらにちょっと散歩に行くかの様な気楽さで、或いは近くのコンビニに飲み物を買いに行くかの様な気軽さで、もしかしたらもう二度と元居た処には戻れないかも知れない旅へと、このバンドは誘うのです。〝一寸自分達と一緒に行かないか″とでも言うかの様に。


 一方で、幾つかの曲で、頻繁に出て来る〝家に帰ろう″と云うフレーズ。これはカントリー音楽で良く見かける歌詞で、文字通り〝故郷に帰ろう″と云う意味合いで使われ、放浪に疲れた末に思う帰るべき場所を指していますが、このアルバムではまた違った意味合いを持っている様に思えてなりません。そも、帰るべき場所を持たない〝はみ出し者″である人間に(余談ですが、デッドのメンバー達も頻りに自分達がはみ出し者であると言及しています)、そんな物が有ろう筈が無く、半ば追い出される様に、半ばは自分の意志で出た旅の中で、故郷や家と云うのは他ならない、そんな自分自身の事だった、と、気付かされる。旅と故郷、二つの相反する言葉がこの中では矛盾する事無く結び付く、と云う、グレイトフル・デッドと云うバンド特有の世界観が初めて明確に示されたのがこのアルバムの持つ最大の魅力なのではないか、と個人的には考えています。


 実際、彼等が自分達の事を歌っていると感じるリスナーは多いらしく、或るインタビューでこんな質問が飛んで来た事が有ったそうです。


「グレイトフル・デッドって何者なんですか? どうして彼等はいつも自分の後を着いて来るのですか?」


 メンバーであるジェリー・ガルシアはこれを受けて、


「私達は、君の事なら何でも知っているよ。」

 と答え、更に続けておどけた風に、

「まずい、この子にはバレてしまった。」

 と、結んだそうです。中々洒落が効いてますね。



 

 今回は以上になります。皆さん長々と半ば自分語りの様になってしまったこの文章に最後までお付き合い下さり誠に有難う御座いました。もし宜しければ皆さんの心に残る音楽アルバムに関してコメント頂ければ幸いです。長文でも構いません、と云うか書け。……失礼しました。また次回でお会いしましょう。


 因みに、次回はThe Beach Boys の Pet Sounds を予定しております。知ってる人は知っているでしょうね。ご存知の方もそうでない方もお楽しみに。ではまた。

 

 


                              終

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