第36話 風神雷神の御子



 謎のルールに則って行われる死闘がとうとう開始された。

 一体どんな戦いになんの? と私は心配で堪らない。


「ふふ。あの頃みたいにキスしよっか莉乃」


「えっ、やっぱやってんじゃん! 莉緒の嘘つき!」


 命懸けの戦いの最中に私を責めようとする風華。

 だから余計なこと叫ぶ暇あったら逃げるか倒すかしろ!


 私がツッコんでる間にも、ゼノは念動力で風華の手足の自由を縛ろうとしたらしい。

 ゼノの目つきから攻撃のタイミングを察知できる風華は、目に見えない力をウルトラスムーズな体捌きでするりと回避する。


「色気もクソもねえな、そんなの愛がねーんだよ!」


 風華は悪態をつきながらも風の波動を発生させて、ゼノの足元から竜巻のように巻き上げた。


「わっかんないかなぁ、この愛に溢れた僕の表現が」


 ゼノはそれを察知して、風を相殺するための念動力で自分の体を覆いつつバックステップで回避する。

 と、ゼノは風華の竜巻旋風の後ろから念動力を発揮して、風華の手足を拘束した。


「……っっ、やるなテメ」


 呻く風華。きっとこれは、ゼノの念動力のパワーを上回らなければ外すことはできないだろう。

 風華は戦いが始まってから、念動力のバリアで自分の体を覆って防御している。それはゼノの念動力によって体を破壊されないようにするためだが、ゼノは、風華が施す念動力の鎧の上から自分の念動力で覆って、体の自由を拘束したのだ。


「うあああああああ!!!」


 風華は拘束を解除しようと叫びながら力を振り絞るが、ゼノのパワーが強いのか、かろうじて体を動かせる程度で行動の自由を確保できるには至らない。


 これ以上にないほど大量の風刃を具現化してゼノを切り刻もうとするが、それらは全てゼノを守る念力のガードに打ち消された。

 悠々と歩いて近寄ってくるゼノ。


「くっ……」


「はは。まあまあすぐだったね」


 風華が出す凄まじい旋風が渦を巻いて二人を覆う中、ゼノは風華の頬にそっと手を添えた。

 そのまま、風華に顔を近づけ──。


 あと数センチで接吻完了、というところでゼノの顔色が変わった。


 同時に、全力で抵抗する暴風の中をバリバリっ、と雷撃が駆け抜ける。

 まるでハリネズミのように、無数に電気の槍を全身から放出したのは雷人。ゼノは念動力のガードを施していたはずだが、うめき声を上げ、両腕でクロスガードしながら距離をとる。

 ゼノの両腕は、焼け焦げたようになっていた。


「へぇ……もう一人のご登場か」

 

 ゼノが回避行動に集中したためか、私の体の拘束はその瞬間に解かれていた。


 念動力というものを私は使えないのだけど、風華と雷人のやっていることはずっとこの体の中から見てきた。

 それによると、念動力を発生させるにはとんでもない集中力が必要らしい。


 さっき、ゼノが床のコンクリを破壊した時もそうだ。ゼノは視線を床に落とした。

 破壊箇所に意識を集中するためにその場所を見たのだ。すなわちこれは、敵が念動力を使う時には、敵の体に何らかのアクションが発生することを意味する。風華や雷人はその予備動作的なものを察知して敵からの攻撃を回避しているのだ。


 が、今回、ゼノが雷人の攻撃を察知したのはそれではなく、瞳の色だろう。

 黄金色へと切り替わった瞳に猛烈な危機感を煽られて反射的に退避した。


「……あんま調子に乗ってんじゃねえぞコラ」

 

 中指を立てながら、顎を上げてガンを効かす雷人。

 雷人の体の周りをアークがほとばしりパリパリと殺意の音を奏でている。


「こっちのほうが攻撃力は高いのかな。危なかったよ、キスをするときに目をつぶる主義だったら殺られていた」


「キスの間際まで女の顔をジロジロ見てんじゃねえよ。マナー違反だろがコラ」


「ふふ。じゃあ、ちょっと隙を作ろうかなぁ」


「あ?」


 言うなり、ゼノは校舎の別棟に向かって廊下を走っていく。

 その先は、多くの生徒たちがいる、教室棟────!!


 念動力は集中力を必要とする。

 それはすなわち、目で見えていないところに力を発生させるのは困難であるということだ。

 その上、どこにいるのかもわからない生徒たちに、念動力のシールドを正確に施すことはほとんど不可能。

 よって、私たちがゼノの攻撃から生徒たちを護りたければ、ゼノが狙う生徒を視界に入れておく必要があるわけだが……。


 それはつまり、次にどの生徒をゼノが狙うかを予測し、かつ、奴より早くその生徒の元へ駆けつけなければならないわけで。


 そんなこと、人間である「莉緒の身体能力」で実現できるわけはない。

 今こうしている間にも、ゼノは私よりはるか先の廊下を走っているのだ。他の生徒とばったり出くわしてしまった瞬間、その生徒は死ぬことに──……。


『やるよ、雷人。〝風雷モード〟だ』


【いいぜ。あのクソ野郎、ぶっ殺してやる】

 

 風神と雷神の合意が聞こえた。

 途端に、雷人の人格は風華に入れ替わる。かと思うと、風華だった人格はまた雷人へと入れ替わり、そしてまたそれは風華へと──。


 どんどん早くなる入替速度。それはもはや、いくつもの画像が連なってアニメーション動画を作り上げるかの如く、雷人と風華は私の体を二人で一つのものにしていく。

 交互に入れ替わる瞳の色は、青と黄が超高速で入れ替わっておそらく緑色に見えているはずだ。過去にも実験したことはあるが、風華と雷人が同時に能力を使えるこの状態を、二人は「風雷モード」と呼んでいた。

 

 雷人の電気が、私の体内に流されていく。

 私の体を操る電気信号を、雷人が制御する電気指令が塗り替えていく。強制的に筋肉へ電気信号を流し、限界を超えた身体能力を引き出す雷人の技が発動した。

 瞬間、私の靴は廊下との摩擦を最大限に発生させ、人間離れした前進力を生み出すに至る。


 クラウチングスタートのような低い姿勢から始まった猛ダッシュはあっという間にゼノの背中を追い越した。

 と、階段を上がってきた生徒が目に入った瞬間、摩擦で煙が出るんじゃないかというほどのフルブレーキングでストップし、風華がその生徒の周囲に念動力のシールドを張ると同時に、雷人はゼノに鋭い雷撃を突き刺した。


 ゼノは雷人の攻撃を念動力のシールドで防ぎつつ生徒を攻撃しようとしたが、間一髪で、その攻撃は風華のシールドが打ち消した。


「へえ! やるじゃん、おっもしれー。めっちゃキスしがいあるわ」


「ばぁか。ぜぇ────っったいに、唇奪われないもんね!」


 

 

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