第19話 天国から地獄
朝起きて、自室のベッドで上半身を起こした瞬間から清々しい気分を堪能する。
「あ〜〜……。マジで信じらんね──……」
つい声に出してしまうほどに、はっきり言って昨日は俺にとって天国のような一日だった。
莉緒にひたすらエロい水着を着せてあの芸術的なカラダを鑑賞し。
カフェではなんと莉緒とキスをした。
初デートだぞ? 普通、初デートでここまでの幸運が舞い込むものか?
上出来すぎる。俺、すげぇいい仕事をした。
だって、莉緒にとって俺は、きっと友達なんだろうと思ってたんだ。
もちろん、心に秘めたる期待感はあった。しかし、まさかここまで進展するとは!
今日は日曜日だから、もしかしたら莉緒とまた会えるかなぁ……なんて思っていたら、今日は用事があるらしい。
残念だ。うまくいけば初体験も夢じゃない、なんて妄想していただけに。
それはまあしょうがない。慌てることはないんだ、莉緒はちゃんと俺のことを見てくれている。あんな可愛い子だから心配ではあるけど、莉緒の心に触れることができる男はきっとそうはいないと思うし。
ただ気になるのは、昨日の別れ際、莉緒から妙なことを言われたことだ。
──明日は、絶対に私の家に近寄らないでね──
なんだか鶴の恩返しのようなセリフを口にした莉緒は、真剣な顔で俺に警告した。
莉緒の家はこのマンションのオーナー部屋だから、一般居住者のエントランスとは玄関の位置が違う。よって、敢えて俺が莉緒の家の玄関先をウロウロしない限り、全く問題ない案件なのだが。
家で何かが行われるのか? 莉緒が告げた言葉がどういう意味なのかは全くわからないが、まあ害虫駆除業者とか工事業者的な人たちが来るのかもしれない。
俺は、今日は家でのんびりすることにした。
今は午前十一時前。まあまあよく寝た。とりあえず莉緒に朝の連絡でもしようかと思い至る。
なんか、これこそ「女の子がいる生活」って感じだな、と俺はウキウキしながらスマホを手に取り、チャット型メールアプリで莉緒にメッセージを送った。
【おはよう! 昨日はめっちゃ楽しかった! 海がすっごく楽しみだね!】
リビングダイニングに行ってコーヒーを淹れる。
父さんはソファーに座ってテレビを見ていて、母さんは掃除をしていた。
俺は莉緒から返信が返ってくるかも、と期待してスマホをポケットに入れていた。
と、ブブブとマナーモードのスマホがバイブで振動する。見ると、
【おはよ! こっちこそ、買い物付き合ってくれてありがとね! 私もめっちゃ楽しかった。悠人が選んでくれた水着、海で見れるの楽しみにしててね! 大好きだよ、悠人♡】
えええ! なんて積極的なメッセージ!!
あの水着を選んだ俺のことを莉緒は恨みがましい目で見ていた気がしたが、実は喜んでいたのか。
ああ……付き合いてーなぁ……。
ってか、キスしたってのに、しかもその後のデートもずっと手を繋いでたってのに、付き合うとかどうとかって話を俺はしなかった。
果たして今、俺たちって付き合ってるのだろうか?
キスしたのに、付き合ってないとかあるのか?
あるだろーなぁ。世の中にはいろんな奴がいるからなぁ。
「キスしたいなぁって思ったからしただけだよ? あはは、勘違いしちゃった?」とか言われちゃったり。
くそ。しっかり話を詰めておけばよかったぁ……。
グダグダとお悩みモードに入りつつコーヒーをドリップしていると、またブブブ、と。
【勘違いしないでよね】
…………………。
俺はコーヒーカップを持ったまま、自分の部屋へと無言で戻った。
部屋のドアをカチャンと閉め、机にコーヒーカップを置いた瞬間、まるでゲロを吐くかの如く溢れるようにオートで毒づく。
「はぁあ!? どういうこと!? 自分からあんなラブラブなメッセージ送っといて何コレ!? どういうつもり!? わっけわかんねぇんだけどっ!!」
つい錯乱してしまったが、俺はすぐに事態を正確に把握する。
これ、俺が莉緒と一緒にいる時にもよくあったパターンなのだ。
すなわち、最初のメッセージは風華ちゃんで、二つ目が莉緒。
これで決まり。そりゃそうだよね。よく考えれば、あんなラブついたメールを莉緒が送ってくれる訳はない。
正直完全に勘違いしていただけに、一瞬錯乱してしまった。俺はスマホを片手に、椅子に座ってコーヒーカップを持つ。
はぁ──っと大きくため息をつきながら、莉緒から送られてきたメッセージをもう一度眺めた。上下に並んだメッセージの落差が激しすぎてなんだか笑える。
どうせツンツンした顔をしながら、これを打ったんだろうな……想像つくわ。
ふふ、と笑ってスマホをベッドに放り投げる。
俺はこのメッセージには返信しなかった。まあ別に返信しなくても問題ない内容だと思うし。
テレビでも見るかー、とリビングへ戻り、父さんと一緒に高校野球を見る。
そんなに熱心な野球ファンというわけでもないが、夏の甲子園が始まったばかりで、こういう恒例行事は一応見たりする。
しばらくテレビで野球を観戦し、それから自室へ戻って何気なくスマホを見た。
すると、ロック画面に通知が表示されている。
ニュースアプリの通知なんかもよく表示されるので俺はそこから開けることは少ない。
なので、それを直接開けずにロック解除してから待ち受け画面を確認した俺は、画面を二度見した。
チャット型メールアプリの通知バッジが「15」になっている。
俺のスマホアプリにこういう数字がつくことはあまりない。
かといって莉緒ではないだろうし、友達の奴らがグループでやりとりでもしてんのかな……と思ってアプリを開けて確認すると、それはグループの奴らでもなんでもなく、莉緒だった。
【さっきはごめん。私も、ほんとは少しだけ楽しかった。少しね。あくまで少しだけだけど】
11:15
【怒ったの? さっきのは冗談だよ。ちょっとだけ言いすぎたかなって反省してる】
11:30
【冗談だって言ってるじゃない。許してよ。反射的に送っちゃっただけだよ。少し恥ずかしかっただけ】
11:37
【本当にごめんなさい。全然あんなこと思ってないから。めっちゃ楽しかった。悠人のこと死ぬほど好き。誰よりも大好きだから】
11:40
【お願い。。。返事して】
11:42
【今から悠人の家、行っていい?】
11:43
【☎︎不在着信】 11:43
【☎︎不在着信】 11:43
【☎︎不在着信】 11:44
【☎︎不在着信】 11:45
【☎︎不在着信】 11:46
【☎︎不在着信】 11:48
【☎︎不在着信】 11:50
【☎︎不在着信】 11:53
【☎︎不在着信】 11:56
………………この子、確かスタンガン持ってたよね?
ピンポーン、とチャイムが鳴る。俺はビクッとして飛び上がった。
父さんがインターホンの室内機を触ろうとしたので、俺は慌ててそれを制す。
モニターを確認すると、やはり莉緒だった。
「お、可愛い子だな。お前の彼女か?」
「いや、友達」
俺は父さんに素っ気なく答えて玄関へ走る。
玄関を開けると、うつむき加減のまま今にも泣きそうな顔をした莉緒が立っていた。見る限りスタンガンは持ってなさそうだ。
後ろを振り返ると父さんがリビングから覗き込むように見ていたので、俺は廊下へ出て、後ろ手で玄関ドアを閉めた。
「り、莉緒、どうした……」
「……怒ってるの? どうしてそんなに怒るの? 本気じゃない。冗談だったのに、無視するなんてひどい。私の話を聞いて。中に入れて、悠人──」
ワナワナと震える莉緒の声がどんどん音量を上げて廊下に響く。
俺は必死になって莉緒を慰めようとした。
「わ、お、怒ってないよ! リビングのテレビで高校野球見てただけ。スマホを部屋に置きっぱなしだったから、き、気づかなくてさ」
「……ほんと?」
「ほんとだよ! あんなので怒んないよ。ってか部屋番、教えたっけ?」
「……じゃあ、キスして」
うるうるした目で俺を見上げる莉緒は異常に可愛くて、俺は、まるで莉緒の魔力で操られたかのように言われるがまま口付けをする。
家の廊下の前でだなんて恥ずかしすぎる。ちゅ、と軽いキスを交わして、俺は莉緒を抱きしめてやった。莉緒は、俺の胸に顔を埋めて安心したようにスリスリする。
なんだか気分が盛り上がっちゃった俺は、さっきまでの妙な恐怖感をすっかり忘れてすぐにでも二人で過ごしたくなった。
「あ、あのさ。今から莉緒の家────」
「ダメ。絶対」
即答で拒絶される。ついさっきのラブラブ加減を一掃するような静かな気迫。
なんで俺の気持ちを盛り上げといて拒否?
あ、そういや。
「……えっと。そういや言ってたもんね。何かあるの?」
「……害虫駆除業者が来てて」
「やっぱそうなんだ。じゃあ、それが終わったら──」
「……その次には水道の修理業者が来る予定で」
「へー。じゃあ、それが終わったら──」
「オーナーさんが来る予定で。だから今日はダメ」
「そっか……でも、業者がいてもいいよ。だから一緒に居──」
「私、工事手伝うの」
「えっ、そんなことある!?」
「安くなるの。オプション」
「そんなの聞いたことないよ!? じゃあ俺も一緒に手伝うよ」
「素人は邪魔」
「経験者限定なの!? そんなオプションある!? ってか水道工事とかできるの!?」
「できる」
こんなことを言い放って、唖然とする俺を尻目に莉緒は颯爽と家へ帰っていった。
◾️ ◾️ ◾️
夕ご飯が終わり、買い物に出る。
どうしても食後にポテトチップスとコーラを食したくなった俺は、我慢できずに最寄りのコンビニへ。時刻は一九時だったが、日が長くなっていて空はまだそこそこ明るかった。
お目当ての品を購入し、マンションのエントランスに入る手前でふと莉緒のことを思い出した。
今日もまた、キスをした。
それも、莉緒から「して」って言ってきて。
「うおおおおおおっっ!」
マジで最高の気分だ。鬼電の記録を見た時は恐怖を感じたけど、こうなってみるとそれはそれでなんか可愛く見えてくる。
それだけ俺のこと好きだってことだよね! だって「死ぬほど好き」って送ってきたし。あのメッセージ画面、今日はもう何度見返したかわからない。思わずスクショしちゃったんだよね。
これはさすがに付き合ってるっしょ!
この時間ならオーナーさんも帰ったんじゃないかと思って、俺は莉緒の家の玄関のほうへと近づいた。
訪ねるなら先に連絡をするのがマナーかなと思ったが、サプライズ的にちょっとびっくりさせてやろうと思って俺はそのまま莉緒の家の玄関へと向かう。
建物の角を曲がって玄関がすぐそこに見えた時、玄関ドアがスッと開いた。
お、莉緒もどっかに出かけるのかな? と俺がルンルンしながら近寄ろうとすると、莉緒の家から出てきたのは、一人の男。
俺よりも背が高く、茶髪の横分けボブにしためっちゃくちゃイケメンでおしゃれな感じのその男は、玄関を出ると振り向き、笑顔を作った。
誰? 水道業者? それともオーナーさん?
立ち止まった俺の目の前で、莉緒が家から出てきた。
莉緒はそのままイケメン男性の首の後ろに両手を回し、身長差を頑張って埋めようとするかのようにつま先立ちして顔を精一杯あげて……男にキスをした。
男も莉緒を抱きしめ、熱烈なキスが始まる。舌を入れあって、クチュクチュと音が聞こえるほどに二人は夢中でディープキスをしていた。
俺はそれを、放心しながら黙って見続ける。
バシャッ、と音を立てて、俺が持っていたコンビニ袋が地面に落ちる。
二人はそれで俺に気付いた。
しかし特段慌てた様子もない。
男のほうは俺の存在を知らされていなければ納得できる反応ではあるが、しかし莉緒が慌てていないのには、俺は激しく混乱した。
こんなところを見られたのに、開き直っているのだろうか?
それとも、結局は俺のことなど遊びのうちだったのだろうか……。
莉緒とした昨日と今日のキスが走馬灯のように思い浮かぶ。
浮かれていたのがバカみたいだ。なんか涙が出そうだ。
もう黙って立ち去ろう──……。
そう決意して反転ダッシュしようとした俺へ、莉緒は可愛く手を振って、明るい声で元気に俺を呼び止める。
「やーっ、悠人、お疲れ! 大丈夫だよ、誤解しないでね! これは莉緒じゃなくて
…………はい?
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