第15話 至福の時間がやってきた
海へ行くためにショップへ水着を買いに来ている俺と莉緒。
キワドイやつばかり選ぶ俺の最終セレクトが普通のビキニだったことで、どうやら安堵の気持ちが爆発したらしい。
涙が次々に溢れ出て止められない。
周りのお客さんからもジロジロと見られてしまった。
こんなに泣かれたらなんだか俺が悪人のように思えてさすがに罪悪感を感じてしまう。
ただ、俺にも少し弁解させてほしい。
「似合うと思うやつを持ってきて」なんて、普通は言わないと思うのだ。
だって、彼女は試着室で待ってるんだから、当然俺が持ってきた水着は試着するつもりな訳で。
心の中で、俺は思っていた。
もしかして、何を持ってきても着てくれるのか? ……と。
莉緒のことを俺の好きにできるかもしれないという期待感で、俺は心のどこかがムズムズしていたのは間違いない。
だからと言ってさすがに欲望を全解放にするわけにはいかない。
心に秘めた期待感があるとはいえ友達なのだ。戒めの気持ちをしっかり心に残していた俺は、一つ目は手加減した。
それに、あんなことを言ってもどうせ着てくれるわけはない、と、ある種ネタのような気持ちで選んで持っていったのだ。
……それがだ!
信じられないことに、莉緒は試着してくれた。
俺は感動で打ち震えた。あられもない姿となった莉緒の柔らかそうな肢体はほとんど芸術的だった。
これだけでも驚愕に値するところだが、さらに驚くべきことが起こる。
なんと莉緒は、自分が試着した水着の返却を俺に任せたのだ!!
これは「匂いを嗅いでもいい」という莉緒からのメッセージなのだと俺は受け取った。普通の女の子は、少なくとも付き合ってすらいないのに絶対にこんなことしないと思う。
ただ、周りの目があまりにもあり過ぎた。
店員だって見ているのだ。そんなところで理性も知性もかなぐり捨ててまだ購入してもいない水着の匂いを一心不乱に嗅ぐわけにはいかなかった。
俺は、悔しさに歯軋りしながら呆然と水着を眺め続けたが、結果的に匂いを嗅ぐのは諦めた。
そして、一つ目のやつで、俺は今後の展開が完全に読めた。
莉緒は、俺の選んだ水着を必ず試着してくれる。
なぜかわからないが、俺にはそんな予感が働いた。
よって、二つ目は全く手加減しなかった。
確かに、一つ目の返却時、カーテンの隙間から顔を覗かせた莉緒からは凄まじい目で睨まれた。
あれはどう考えても俺を軽蔑した目だ。
心苦しい。俺だって莉緒の好感を得たいとは思っている。
しかし結果的に彼女は試着したし、水着の返却も俺に任せたのだ。
行くしかない。
これまでに取得した情報から総合的に検討すると、自分の中でもっとも莉緒に着せたいと思っている水着を二つ目に選び、それを実際に莉緒に着せて鑑賞することが、この場で絶対に後悔しない最適解であることは疑いようもなかった。
俺が持ってきた二つ目のやつを見た瞬間、莉緒は口を半開きにして唖然としていた。
そりゃそうだろう。どんな神経でこれを持ってくるのかと普通なら思う。俺だって、莉緒からこんな目で見られるのは辛い。
でも、仕方がないのだ。
見つけてしまった。
この店にこんなのがあること自体が罪なんだ──。
今までで最大級の形相で睨まれたが、莉緒は、俺の手から水着をひったくって素直にカーテンを閉める。
これは間違いない。着てくれるのだ。やはり俺の予感は正しかった。俺は期待感で胸が破裂しそうになった。
二つ目の水着を試着した莉緒は、まるで天使だった。
ほぼ生まれたままの姿をした天使。成熟した体つきの途轍もなく可愛い女の子が、まだ知り合って間もない俺の目の前で、生まれたての姿を自ら晒したという事実。
しかも頬を真っ赤に染めて、極限まで恥じらいながらも健気に俺の命令通りにエロ水着を着用したのだ。
外見が可愛いのは最初からわかっていた。だが普段はツンツンしていたから、内面はSっ気漂う女の子だと俺は思っていたのだ。
その莉緒がこんなに従順に。恥じらいながらも言われるがままに従う莉緒のあまりの可愛さに、俺は性癖の根幹を揺るがされて身震いした。
が──直後。
幸せにどっぷり浸かる俺の後ろで他の客──しかも男性客が試着室の前を通り過ぎようとしていることを察知する。
俺は、なぜか背筋にゾワっと悪寒が走った。
理由もわからないまま俺は慌てて試着室に入り、カーテンを閉めた。
だが不覚にも、いや、
俺は、試着室とフロアの境目にある段差でつまづき、よろけ、床に尻餅をついた莉緒へ覆い被さるように抱きつく。
その体勢に、俺は、まるで莉緒のことをベッドで押し倒したかのような錯覚に囚われて。
さらには、密着した莉緒の肌からムワッと香る莉緒自身のカラダの匂いが、俺の脳を完全停止させた。
そんな俺に、莉緒は、すぐさま離れるよう悲鳴にも似た声で叫んだ。
両腕で胸を覆うように隠した莉緒。俺は、その理由に気づいていた。なぜなら真下を向いた時、
おそらく乳房の中央付近のはずのところに、肌の色よりも濃い色をした
俺は茫然自失のまま、莉緒の言う通り素直に体を離した。
完全に、俺のほうが先にキャパ超えを起こしてしまったのだ。
これはさすがに莉緒に嫌われるかもしれない。
しかし、仮に時間を戻せると神様から言われても絶対に戻すつもりはない。
いや、戻したとして、同じことをもう一度体験する目的で戻すことになるだろう。
我が人生に一片の悔いなし。
どこかの漫画でそんな感じの言葉を見た気がするが、まさにこういうシチュエーションで生まれた言葉なのだろうと、俺は自然と納得した。
必死で謝りながら慌てて試着室を出たが、さすがに罪悪感が湧いて出た。出会って間もない女の子に、俺は一体何をやってるんだ!?
紳士が聞いて呆れる。自分でやっておいてなんだが、果たして莉緒は大丈夫だろうか。
想定を超えるギフトを受け取ってしまった俺は若干冷静になってしまう。
カーテンの隙間から顔を出した莉緒は、涙ぐんでいた。
やはりやり過ぎた。莉緒のことを傷つけるのは俺の本意ではない。
こんなことはもう止めよう。
莉緒のことを考えてあげよう。
俺はそう決心した────。
……にもかかわらず。
俺がやっとのことで辿り着いた悟りの境地をよそに、莉緒は脱いだ水着をまた俺に手渡した。そして、次の水着を持ってくるよう促す。
この莉緒の行動が根拠となり、またもや妙な自信が俺の心を占拠してしまった。
大丈夫だ。まだいける。あと少し。引き際を見極めろ──!!
俺は、水着の選定作業に入る。
しかしどうする?
莉緒を傷つけるわけにはいかない。あとひと押しで泣いてしまいそうな顔をしていた。
妥協点を見つけるためには、俺の中にある譲れない一線を明確に意識する必要があった。
胸は、もう堪能した。
ならば、次はお尻。
俺は、風華ちゃんが学校の中庭でベンチを拭くときに見せた、前屈みになった時のお尻が脳裏に焼き付いてなかなか離れなかった。その気になれば今すぐにでも鮮明に思い出す事ができるほどだ。
優先順位は尻に置いて、胸は若干妥協する。莉緒を安心させながらも、俺も目的を果たす。
これしか選択の余地はなかった。
三つ目の水着を見せたとき、莉緒は相変わらず呆然としていた。
まだこんなのを持ってくんのか? と言いたげなのは間違いなかった。
というか、「私に似合うやつを持ってきて」と言ったのは莉緒なのだ。自らこの奇妙なショッピング形式を展開しといてこんな顔をされるとは俺としても若干心外だ。
Tバックを選んだ理由を詰められる。
ここまできたら、もう本心を打ち明けるしかないと思った。
しかし理由はきちんとしている。間違いなく納得してくれるはずだと俺は確信していた。
だが、理由を聞いた莉緒は、呆れたような表情で、またもや口を半開きにして俺を見つめていた。
この反応は少し想定外だったが、莉緒は、前の二着と同じように俺の手から水着をひったくってカーテンを閉める。
どうやら今日は全て着てくれる方針のようだった。ならばむしろ手加減するほうが失礼というものだ。
俺は、次の一着は、今までで一番キワドイやつを探そうと決意する。
が────。
試着室のカーテンが勢いよく開かれる。
そこに立っていたのは、朗らかな笑顔をした莉緒。
この表情、間違いなく風華ちゃんだと思った。
ザアッと派手な音を立ててカーテンが開いたので、周りの一般客が莉緒の姿を凝視してしまった。
そいつらは、口々に、勝手なことを口走る。
莉緒のことを軽蔑するような声と、莉緒のカラダを犯したいという欲望の声。
それを聞いた俺は、今まで感じたことのない感情を抱いた。
──お前ら、
俺は慌てて試着室へ入り、カーテンを閉める。
間を置かずして、風華ちゃんがおっぱいを寄せてあげながら、俺へこう言った。
「君があたしのカラダを好きでいてくれるのはすごく嬉しいよ。でもね、こんな水着を着るってことは、海へ行ったら、いっぱいの男の子たちがあたしのことをそういう目でジロジロ見てくるってことだよ? 悠人がそれでいいなら、あたしも別にいいんだけどね」
二つ目の水着を着た莉緒のことを、他の男の目から護ろうとした理由。
俺はようやく理解した。
まだ気持ちはモヤモヤして明確な形を成していなかったけど、男の性欲を満たすためだけの格好を莉緒がするのは、俺の前だけにして欲しかったのだ。
四つ目の水着を選びに売り場へ戻る。
俺は、どんな水着を選ぶべきだったのかを完璧に理解していた。
迷うことなく
最後の水着を渡した途端、莉緒は大声を出して泣き崩れた。
それも安堵の嬉し泣き。
周りの人からジロジロ見られてしまったので、俺は慌てて莉緒を抱きしめた。
「怖かった」と漏らした莉緒のことが少し可哀想になってしまった。
「じゃあ初めから俺に選ばせんなよ」というツッコミはここでは控えようと思う。俺だって、本来制御すべき自分の欲望を制御できなかったのだし。
普段のツンツンキャラは影も形も無くなり、もはや極限の羞恥心で悶えるただの可愛い少女になってしまった莉緒。
すまん、俺の欲望のせいで。だけど、こういうのは二人の妥協点が大事だと思うんだ──と別に付き合ってる訳でもないのに彼氏ヅラしてこんなことを考える俺。
そのあと莉緒は、きちんとその水着も着てくれた。
最後の水着のデザインは可愛かった。これだったらきっと莉緒を傷つけることはない。
そして「エロさのポテンシャル」をも兼ね備えたうえ、他の男から見られても、なんとか俺は耐えられそうだ。
俺たちは二人で力を合わせて、ようやく全ての要件を満たした完璧な水着を選定するに至る。
莉緒はすごく嬉しそうにしていて、
結局俺が最後に選んだのもビキニ。別に地味ではない。完全にエロエロカテゴリーに入るやつだ。
最初にかっ飛ばして異常なやつを無理やり着せておいたのが功を奏したのだろうか、もはや莉緒の感覚は完全に崩壊していた。
ガンとして「エロ」の一点を譲らず、究極のエロ水着を恐れることなく提示したことで、ショーパンでヒラヒラしたのがついた体型の分かりずらいやつを選ぼうと思っていそうだった莉緒から選択の自由を奪えたことが今日イチのファインプレーだったのだ。
「いい水着に決まってよかったね!」
爽やかな笑顔を莉緒へと向ける。
莉緒は、「うんっ!」と笑顔で返してくれた。風華ちゃんではなく、あの影のある表情をする莉緒がだ。俺の今日の仕事は褒めてもらってもいいレベルのものだったと思う。
今後もどこかでこの作戦が使えるかもしれないな……と俺は心にメモをしておいた。
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