忘却の勇者 〜俺の知らない俺の物語〜
大福金@書籍発売中
第1話 消えた勇者
——北の最果に魔神が支配する国があった。
最果ての地を支配している魔神は、元は崇高な大賢者だったらしい。
だが闇の力に魅了された大賢者は魔神にまで堕ちることとなる。
魔神は最果ての地で手下となる魔人を大量に造り、隣国を滅ぼした。
次は自国に侵略しに来るんじゃないかと国の危機を恐れたジュスタン帝国は、魔神を討伐するための勇者パーティを結成した。
その後、勇者パーティは魔神を討伐した。
——魔神討伐から二年。
世界は平和になった。
だが……魔神を討伐した勇者の消息が分からない。
そう、魔神討伐の知らせは広まったのだが、肝心の勇者は姿を消したのだ。
「消えた勇者様かぁ。一体、どこに行ってしまったのだろうな」
世間は未だ、消えた勇者様の話題でもちきりだった。
★★★
「……んん」
朝か。
寝台から起きあがろうとして、自分の頬が濡れていることに気づく。
「は? 泣いて……?」
———胸が苦しい。
なんの夢を見ていたんだ……!?
どんな内容の夢を見ていたのかは思い出せないが、すごく大切な内容だった気がする。
だが、内容を覚えていたところで俺は
夢の意味なんてわからないだろうな。
なにせ俺は、生まれてからこの村に来るまでの記憶が全くない。
自分の歳が何歳かも分からないんだからな。
——二年前。
俺はファース村の近くで、下着姿のまま気を失っていたらしい。そんな俺を、一番初めに見つけたロク爺さんが世話してくれた。
どんな素性を持つ者なのかも知れない、ヤバい悪党なのかもしれないそんな俺を、孫のように可愛がってくれた優しい人。
ロク爺さんのおかげでファース村にも馴染め、記憶なしの俺は暮らしていけている。
だがそんなロク爺さんも去年あっけなく逝ってしまった。
「ロク爺さんおはよ」
ロク爺さんが大切にしていた木彫りの像に話しかける。
——さてと仕事に出かけるか。
まぁ……仕事といっても記憶なしの俺。
自分が何のジョブを自分が持っているのかさえ分からないんだから、まともな仕事に在り付けない。主に雑用ばかりして日銭を稼いでいる。
そんな稼ぎじゃ、どうにか飯を食うのがやっと。
「あー!! 腹一杯飯食いてぇなぁ」
ハァ〜……この世はスキル社会だからなぁ。
本来なら、七歳の時に行う神託の儀で得た
ジョブに合ったスキルでないと、どんなに鍛錬してもスキルは習得できない。
なのでジョブがわからない事には、鍛錬のしようないのだ。
教会に行けば、ジョブくらいは調べる事ができるだろうが、この村は辺境の地にあり、一番近くの教会がある街まで馬車で二週間、歩きだと一ヶ月はかかるだろう。
雑用しか仕事がなく、生きていくのに精一杯の俺にとってそんな時間も金もない。
それにだ。
たとえジョブがわかったとて、
他の人達は、七歳になり神託でジョブをもらうと、その年からジョブを生かしたスキルの訓練に励んでいるんだから。
そんな人たちに俺が到底追いつけるわけがない。
まぁそんな悲観したってしょうがない! 食べていけてるんだ。
それだけでも幸せじゃねーか!
変な夢を見たせいか、なんだか感傷的になっちゃったな。
気持ちを入れ替えて、仕事すっか!
「おはよ、ネイ婆ちゃん」
「あらゼロおはよう。もうこんな時間なのね」
今日の仕事場である、ネイ婆ちゃんの家の扉をノックし中に入る。
〝ゼロ〟とは、村の村長が安直に付けた名前。記憶なし=ゼロに由来する。
正直皮肉な名前だなと思ったが、ロク爺さんが『数百年前に、この国を救った最強の勇者様が、ゼロという名前だったんじゃ。じゃからゼロという名前はかっこいいのう』そう言ってくれたから、この名前は気に入っている。
「今日はこの牛舎を掃除したらいいんだな?」
「ええそうよ。こんな雑用誰も手伝ってくれなくて。安い賃金しか出せないのにいつもありがとう」
「いやいや、有難いよ! 助かってるって」
慣れた手捌きで牛舎の掃除をしていく。
ここの掃除をするのもそろそろ一年かぁ。
初めは臭くて耐えられなくて、何度コッソリ涙したことか。
「よし! 掃除終わりっと」
次はポム爺さんの鶏の卵集めだな。
村一番の広大な土地で鶏を放し飼いにしているポム爺さんは、腰を痛めて以来卵集めができなくなってしまった。俺はその代わりに卵を収穫している。
「ちょ!? いててっ、頭を突くなって」
ポム爺さんの飼育している鶏達は、まったく俺に懐いてなくて、俺の顔を見ると天敵かのように頭を突きにくる。
「あははは、ゼロは相変わらずしょうもない仕事をしてんなぁ」
「仕方ないよ。なんたってスキルゼロだからな」
村の若者であるエイとビィーが、俺を見て嘲笑っている。
こいつらは俺を見たら毎回バカにしてくる、しょうもない奴ら。
他の若い奴らはそんな事ないのに、コイツらだけは何が楽しいんだか、俺がこの村に来てから日課のように俺の前に現れる。
「うるさいな、用がないなら仕事の邪魔になるから失せろ。しっしっ」
俺はあっち行けと言わんばかりに手を振りソッポを向いた。
「記憶なしのスキルゼロが何いってんだ?」
「そうそう、俺たちはお前のことを心配して見に来てやってんだぜ? くくくっ」
心配してるやつがそんな風に嘲笑うかっての。
それに俺は記憶がないだけで、スキルゼロではない。覚えてないだけで何らかのスキルはあるはず……だと思いたい。あるよな?
「あーそうですか。こんな卵を集めているだけの仕事を見にくるなんて、お前らは毎日よっぽど暇なんだな」
「う〜わ、今の聞いたビィー? ゼロが調子乗ってんなぁ。卵一つもろくに探せないくせにさぁ?」
「クク、そうだよな。俺はスキル〝探索〟を持ってるからな? お前の卵探しを手伝ってやんよ! ほらここにもお探しの卵があるぜ?」
そういうとエイは、俺に向かって見つけた卵を投げつけてきた。
明らかに俺にぶつける気満々。
その卵をサッと避け、手で割れないように掴む
——割れなくて良かった。
俺……やたらに動体視力が良い、それ系のスキルを持っている感じはしないんだが、動いている物がちゃんとクッキリ見えるんだよな。
「チッ、なんだよ。おもんな」
「行こうぜエイ」
卵を俺に当てて笑ってやろうと思ったんだろうが、思い通りにいかなくてしらけたのか、二人は離れて行った。
今までは見て茶化すだけだったから適当にあしらってたけど、卵を投げるとか嫌がらせがエスカレートしているな。
ハァ〜。めんどくさいけど一度ちゃんと話すか。
それでもやめなかったら……力ずくでも。
「よしっ、卵集め終わりっと」
籠を持ってポム爺さんが座っている縁側に歩いていく。
「ゼロ! 呼びに行こうと思ってたんじゃ」
「へ? どうしたんだ」
いつもなら、縁側にのんびり座っているポム爺さんが動揺し、右往左往している。
「まっ、ままっ、孫娘のププが、ワシの腰痛をやわらげるために
「え? ププが?」
「そうなんじゃ、なんかあったんじゃないかと心配で……」
ププは女の子なのにかなりおてんばだからな。
ケガをしないかと、毎回みんなに心配かけているんだけど。
暗くなるまで帰ってこないことは、今までになかった。
それにププはまだ六歳の小さな女の子。
だからこそポム爺さんの話を聞いて不安になる。
「分かった。俺が見てくる! じいちゃんは村の皆に伝えてくれ」
「分かったのじゃ。ありがとうゼロ」
白華草が生息している村近くの森に、魔物はいないと思うんだが……なんだろう嫌な予感がしてならない。俺は慌てて森に向かって走った。
★★★
新作です。よろしくおねがします。
本日あと2話更新します。
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