第29話 招かれざる客

「魔物が暴走していると聞いて、駆けつけました。それと、森でのことを直接ローリエに謝りたくて」


 ルビリアは体の前で魔法のロッドをきゅっと握りしめ、伏せ目がちに言う。


「クレイユは謝罪文を信じてるようだったけど、私は疑ってるから」

「マリーはいつも手厳しいですね。けれど、赦されないようなことをしたのもまた事実」


 威圧的な態度をとるマリアンヌを前に、ルビリアは困ったように笑った後、ローリエに向かって頭を下げた。


「ローリエ、森での件は本当にごめんなさい。私が連れ出さなければ、あんなことには……」

「そんな、顔を上げてください! 魔物を相手にする力もないのに、ついていくと決めたのは私です」


 あの日何が起きたのか。どうして置いていかれてしまったのか。

 結局、何も知らされていないローリエだが、ルビリアが真摯に謝る姿を見て、悪気はなかったのだろうと思った。


「ローリエ……」

「それよりも、ルビリア様がご無事で何よりです」

「本当に、心優しいのね」


 ルビリアはすっと目を細めて笑った。


 笑っているようで、笑っていない。

 のっぺりした表情に違和感を抱いたのと同時に、ルビリアはぽそりと呟く。


「そういうところがまた、腹立たしいのよ」

「え?」


 ローリエには何が起きたのか分からなかった。


 ぶわりと風が吹いたと思ったら、マリアンヌがルビリアに向かって斧を振り、ルビリアはバリアを展開して攻撃を受け止めていた。


「ふふっ、私が物理防御も魔法防御も大得意って知ってるでしょ」

「ルビリア、今この子に何をしようとしたの!」


 マリアンヌはぐっと斧を押し込みながら、ルビリアを怒鳴りつける。


 パリパリと、バリアの表面にヒビが入ったが、ルビリアは怯むことなく、くすりと笑った。


「やだ、マリーったら。抱擁を交わそうとしただけよ」

「嘘おっしゃい。殺気がダダ漏れよ」

「あら。ついうっかり出ちゃったみたい。私もまだまだね」


 バリアが割れた瞬間、ルビリアはすぐその下にもう一層バリアを張ってから後退し、マリアンヌの頭上に雷のような魔法を落とす。


 マリアンヌはそれを直前でさっと避け、再びルビリアに斧を振るう。


(どうして二人が戦っているの? 仲間じゃないの?)


 ローリエは動くことも、声を上げることもできず、喧嘩にしては激しすぎる二人の攻防を呆然と見守った。


「ルビリア、ここと町の防御壁を意図的に解いたわね? もしかして、魔物の群れもあなたの仕業?」

「貴女はいつも変に察しが良くて困るわ。女の勘ってやつ?」


 ルビリアはマリアンヌの攻撃を防ぎ、かわしながら嘲るように言う。


 口調も、表情も、ローリエの知るルビリアとは全く違う。

 まるで、別人を見ているかのようだ。


「一体何を企んでいるの!!」

「企む? 私はただ、クレイユ様の妻に相応しいのは自分だと証明したいだけ」


 その言葉を聞いた瞬間、マリアンヌは攻撃を止め、距離を置いた。


「ルビリア、あなた……」

「マリーも協力してくれるわよね?」

「するわけないでしょう! 言ってること、おかしいわよ。正気に戻りなさい!!」


 ハンナに「今のうちに城内へ」と背を押され、ローリエは促されるようにして歩き出す。


 ところが――。


「攻撃力の低い盾役、治癒役だと思われがちだけど、私、これでも結構強いのよ? ダークバインド」


 ルビリアがそう呟いた直後、隣を歩いていたハンナが地面に崩れ落ちた。


 ハンナだけでない。ローリエが振り返ると、マリアンヌも、他の使用人たちも皆、精気の抜けた顔で地面に伏せている。


「こ、れは……闇、魔法……? どうしてあなたが……」

「魔法を使えない脳筋の貴女は知らないでしょうけど、魔法の適性は信仰や心の善悪で決まるものではないの」


 声を振り絞るようにして話すマリアンヌに、ルビリアは淡々と言い放つ。


「私は生まれた時から光魔法と闇魔法、両方の適性を持っていた。ただそれだけ」


 ルビリアは真っ直ぐローリエの方に歩いてくる。

 ローリエにはどうすることもできなかった。


 ルビリアに肩を思い切り押され、地面に倒れ込んだローリエを囲むようにして、魔法陣が展開される。

 

「ルビリア!! 待ちなさい!!」


 マリアンヌの叫び声がぐん、と遠ざかり、ローリエは転移魔法が使われたのだと悟った。

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