第26話 忙しい日々
マリアンヌに教えてもらいながら作ったパイが焼きあがるまでの間、ローリエは石窯の近くに椅子を置き、オルトキア王国の歴史に関する本を読んでいた。
それを見たマリアンヌは「よくそんな分厚い本が読めるわね」と感心していたが、本が厚ければ厚いほど、知らないことがたくさん書かれているのでローリエはわくわくする。
勉強のために始めた読書だったが、今では裁縫や料理と同じくらい好きな過ごし方だ。
「そろそろ窯から出しましょうか」
「私にやらせてください」
ローリエは本を閉じ、代わりに金属製の大きなへらを持つ。
台所で料理――それも、石窯を扱っていると聞いたクレイユはひどく心配していたが、マリアンヌが丁寧に教えてくれるので今ではもう慣れたものだ。
パチパチと薪が爆ぜる音を聞きながら、五人分ほどはありそうな大きなパイを取り出して作業台の上に置く。
「うん。いい感じね」
「美味しそうです!」
今日の昼ごはんは、ドラゴンミートときのこのパイだ。
地龍の肉には少し臭みがあるので、ハーブ等で上手く臭みを処理して焼くか、こうしてパイの具にしてしまうのが良いらしい。
焼き上がりの良い匂いが食欲をそそる。
昨晩マリアンヌが振る舞ってくれたステーキは、頬が落ちそうなほど美味しかったので、このミートパイもきっと期待を裏切らないだろう。
サクサクの生地を切り分けて、予め用意しておいた皿に、付け合わせの野菜とともに盛る。
ローリエたちだけではとても食べきれないので、お城で働く人たちの分もそれぞれ盛り付けた。
「マリー、クレイユ様の分はどうしましょう」
ローリエは手を止めて、隣に立つマリアンヌを見上げる。
クレイユは早朝、昼までに戻ると言って森の方に出かけたきり、帰ってきていないのだ。
パイを焼いている間に帰ってくるだろうと思いきや、昼を過ぎた今もまだ姿を現さない。
(どうしたんだろう……何かあったのかな)
心配するローリエだったが、マリアンヌは全く気にしてないようだ。
彼女は仕上げにデミグラスソースをかけながら、いたずらっぽく言う。
「冷めたら美味しくないもの、皆で食べちゃいましょう。クレイユは悔しがるでしょうけど、戻ってこないのが悪いのよ」
「そうですよね……クレイユ様に冷めたパイをお出しするわけにはいかないので、分けちゃいます」
残っていたクレイユ分のパイを分ける横で、マリアンヌはくすりと笑った。
「冷めていようが、腐っていようが、貴女の作ったものなら喜んで食べるでしょうけどね」
流石に腐った料理を喜んで食べることはないと思うが、ローリエを傷つけないよう、無理して食べる姿は容易に想像がついた。
(クレイユ様はお優しいから……。きっとたくさん気を遣ってくれているのだろうな)
料理や教養、早くクレイユの役に立てるスキルを身につけて、少しでも恩を返したい。
そのためにパーティーが終わってからも、ローリエは毎日奮闘している。
何をして過ごせば良いか分からないと言っていた自分とは、まるで別人のようだ。
「クレイユ様……、領主としての仕事が忙しいのでしょうか」
「今日は森から荒れ地にかけての様子を見に行くと言っていたから、領主としてというよりは、勇者としての仕事ね。きっと、行き倒れた冒険者でも見つけて世話を焼いているんだわ」
ローリエはなるほど、と思う。
地龍を倒したのも、襲われていた冒険者たちを助けるためだと言っていた。
「大丈夫。心配しなくてもそのうち帰ってくるわ」
その一言が放し飼いをしている動物か何かへの言い方に聞こえて、ローリエは思わず微笑んでしまう。
「さぁ、ご飯にしましょう。午後はハンナとマナーレッスンの約束があるんでしょう?」
「そうでした!」
マナーレッスンの後は、手紙を書く練習をして、途中やりの刺繍も進めたい。勉強用の本も部屋にたくさん積まれている。
最強の勇者、クレイユのことならきっと心配ないだろう。
それよりも、目の前のことに集中しようとローリエは思うのだった。
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