第24話 傷つけられたプライド
朝の祈りが住んだ後、聖堂から退出しようとするルビリアに、数人いる聖女のうちの一人が話しかけてきた。
「ルビリア様。先日の件、申請が通りました」
おさげ髪に眼鏡という、冴えない見た目の彼女は声を弾ませて言う。
相変わらずのダサさだな、と呆れるルビリアだったが、引き立て役、小間使いとしては丁度良い。
「良かった。早く手元に欲しかったの」
ルビリアは笑顔を貼り付けて答える。
いい加減、良い子ぶるのにも疲れてきたが、長年築き上げてきた清らかで優しいイメージを損なうわけにはいかない。
「複雑な申請書を埋めるのは大変だったでしょう? ありがとう」
自分より格下相手だが、ルビリアは上辺だけの礼を言った。
すると、おさげ髪の彼女は「そんなっ、大したことないですよ!」と慌てふためきつつも、頰を紅潮させて嬉しそうだ。
人に好意を待たせることなど、ルビリアにとっては朝飯前だ。
それが、魔王討伐のパーティーメンバー。特にクレイユに限っては上手くいかないのだが。
「それにしても魔物の使役を研究されるなんて、すごいですね」
「魔王討伐後に残された魔物を、どうにかしたいと思って。聖女の力で統率を取ることができれば、北の地も安全でしょう?」
魔物の使役は基本的に禁じられている。手段があるにも拘わらず、だ。
王立図書館の禁書の中に、魔物の使役に関する学術書が含まれていることを知ったルビリアは、大聖女の権限をもって貸し出し申請をした。
承認者は恐らくヨーデル国王陛下か、レインベルク王子のどちらかだ。
二人とも、ルビリアの実家と懇意にしているうえ、大聖女の力を買ってくれているので、建前さえしっかりしていれば許可されるだろうと思っていた。目論見通りである。
「私もルビリア様のような素晴らしい聖女となれるよう、もっと頑張ります」
そう意気込む彼女を見て、ルビリアは憐れ見の目を向ける。
(可哀想な子。頑張ったところで、生まれ持った魔力の質や錬成量は変わらないのに)
魔法を上手く扱うために鍛錬が必要なのはその通り。
しかし、魔力の質や属性への適合性、大気中のマナを取り込み魔力を練り上げる力、そしてその備蓄量というのは、毎日神に祈りを捧げたところで得られるものではない。
光魔法は信仰との結びつきが強いため、神に仕える心清らかな神官や聖女にしか使えないと思われがちだが、違うのだ。
教会が光魔法に適正のある子どもたちを見つけて囲い、育てているだけであって、本当は信仰心の強さや善悪とは関係ない。
恐らく大した信仰心など持ち合わせていないクレイユが、ある程度光魔法を使えるのは、彼が全ての魔法属性に適性を持つ天才だからだ。
だから、余計に彼が欲しい。
生まれながらに才能を持つもの同士が結ばれれば、きっと素晴らしい子が生まれるだろう。
第一王子と妃の間には、いつまで経っても子が生まれる気配がない。第二王子も逃げ出したと聞いた。
クレイユとルビリアの間に子ができれば、この国の将来は安泰だ。
「ふふ。貴女は今のままで十分素敵だわ。無理しなくて大丈夫」
ルビリアが甘く囁くと、おさげ髪の彼女は一瞬、とろんとした顔をする。
「そういえば、勇者様、ご結婚されたんですね」
ハッと我に返った彼女の言葉を聞いて、ルビリアはにっこり微笑む。
「どこでその話を?」
ルビリアの心のうちが穏やかでないことを感じとったのか、彼女はしまったと言わんばかりに視線を泳がせた。
「すみません。てっきりご存知かと思って……」
「私は勿論知っているわ。お相手の方をクレイユ様から直接ご紹介いただいたもの」
そう言うと、彼女は安心したようで、知っていることをペラペラと話し始める。
「そうだったのですね。実は、昨晩の国王生誕祭で報告があったらしいのです」
クレイユがパーティーに出席するという噂は、どうやら本当だったらしい。
彼は王子として公の場に立つことを拒否し続けていたので、ルビリアはデマの可能性が高いと思っていた。
(あの女のためなら、王子として振る舞うのも厭わないということ? それとも、大衆の前で惚気たかったわけ?)
どちらであろうと、苛立たしいことこの上ない。
魔法で聖堂を破壊してやりたい衝動に駆られながらも、ルビリアは笑顔を保ち続ける。
「そう……それで、皆の反応はどうだったのかしら。貴族からの賛同を得られるのか心配で」
「クレイユ様に相応しい、可憐な方だと評判ですよ! でも、クレイユ様にはルビリア様がお似合いだと思っていたので、少し残念です」
おさげ髪の彼女は無邪気に言った。
その一言が、どれほどルビリアのプライドを傷つけるのかを知らずに。
(勇者様には大聖女様がお似合いだとずっと言われてきた。それなのに……)
あの女方が相応しいなんて、そんなはずがない。
「ルビリア様はお妃様にお会いしたことがあるのですよね?」
「ええ。とても仲良しなの」
聖堂のステンドグラスがバリバリと音を立て、細かく砕かれた破片が降り注ぐ。
居合わせた者たちが「何か不吉なことが起こる前兆だ」と怯える中、魔法を行使した
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