第21話 お披露目と宣告

 ワイン汚れの処理を終え、ローリエたちがボールルームに戻る頃には、既にパーティーは始まっていた。

 壇上に立つ国王が、集まった人々に挨拶をしているところらしい。


 会場の前方に用意された席に二人が腰を下ろすと、一つ前の列に座るレインベルク王子がわざわざ振り向いてクレイユに声をかけてくる。


「早速洗礼を受けたようじゃないか」

「どうやら熱心なファンがいたみたいで。大したことではありませんよ。汚れたドレスもこの通り」


 染み抜きに成功したドレスを示し、笑顔で受け流すクレイユに、レインベルク王子は更なる嫌味を重ねる。


「流石は勇者様。俺とは人望が違う」

「僕に構うより、アーシェ妃殿下とお話をされたらどうです? 巷ではお二人の不仲が噂になっているようですよ」

「別にいい。コイツは元より飾りだ」


 王子は隣に座る王太子妃をちらりと見て、冷めた口調で言う。


(妻である人のことをコイツだなんて……)


 ローリエはショックを受けるが、王太子妃は酷い言葉をかけられても身じろぎ一つしなかった。きっと強い人なのだろう。


 部屋に入って来る際に一瞬目が合ったが、美しく、気の強そうな人で、燃えるように赤い髪がよく似合っていた。


「それでよく離婚を宣言されませんね。妃殿下が気の毒だ」


 クレイユはそう言ってため息をつく。


「俺は愛だの恋だのにうつつを抜かすお前とは違う。いずれは国を統べる者として、責務を全うしている」

「それはご立派なことで」


 兄、弟、どちらも一歩も譲らず嫌味の応酬を続けるので、ローリエは内心ひやひやしていた。そこへ初めて、王太子妃が口を挟む。


「殿下、次は祝辞では」

「分かってる」


 レインベルク王子は不機嫌そうに返事をすると、前を向いて姿勢を正した。

 ヨーデル国王陛下は締めの言葉に入る。


 聴衆が手を叩き、話は終わったかのように思われたが、陛下は拍手の音が鳴り止むと同時に再び口を開いた。

 

「ここで、皆に一つ報告がある」


 その言葉を聞いて、祝辞のために席を立ったレインベルク王子は顔を顰める。

 

「おい、進行どうなっている。こんな予定はなかったはずだ」

 

 苛立つ兄を見て、クレイユはにやりと笑った。


「陛下に頼んで、僕が時間をもらうことにしました。兄上には伝わっていなかったようですね」

「チッ、余計な真似を」


 陛下に名前を呼ばれたクレイユは、ローリエの手を取り、壇上までエスコートする。


 パーティーの途中で皆の前に立つことになるというのは事前に聞いていたが、まさかこのタイミングとは。

 出し抜かれたレインベルク王子が、物凄い形相でこちらを睨んでいて気まずい。


 それでもローリエは、手筈通り微笑みを絶やさなかった。

 

「長い前置きはやめておきましょう。単刀直入に言います。僕は先日、ここにいる彼女――ローリエと結婚しました」


 簡単な挨拶を済ませたクレイユが、聴衆に向かって驚きの事実を投げかける。

 ざわつく人々を無視して、クレイユは話を続けた。

 

「彼女はモントレイ辺境伯の養女です」


 ローリエは何度も練習を重ねたお辞儀を披露する。

 着飾ったご令嬢たちが眉を顰め、ひそひそ話をしているが、気づかないふりをするのが良いだろう。


 クレイユにも「兄のように君を悪く言う人もいるだろうけど、耳を傾けては駄目だ。僕を信じて」と言われている。

 

「突然の結婚をよく思わない人もいるでしょうが、僕が長いこと惚れていて、ようやく頷いてくれたんです」


 優しい声音で話をしていたクレイユだが、急にトーンを落とす。


「もし彼女を傷つける者が現れたら――僕は赦さないでしょう」


 その言葉を発した瞬間、聴衆の顔に恐れが広がった。

 ぴりり、とした空気が流れる中、クレイユは話を続ける。

 

「これでも第三王子という立場なので、彼女の身辺は一通り調べさせてもらいました」


 クレイユは群衆の中にいる、どっぷり太ったモントレイ伯に冷たい視線を送る。


「モントレイ伯。貴方は実父から十分すぎる養育費を受け取っていたのに、それを隠して彼女には下働きをさせていましたね。挙げ句の果てに、彼女を売り飛ばそうとした」


 モントレイ伯の顔はみるみるうちに青ざめていく。顔には大量の脂汗が滲んでいた。


「な、何か誤解をされているのでは……」

「そうよ。養育費なんて受け取っていなかったわ。それなのに大人になるまで育てたのよ!」


 焦るモントレイ伯の横で、夫人が余計なことを言う。どうやら夫人は本当に養育費のことを知らないようだ。


「僕は売られそうになった現場に居合わせましたが? それだけではない。税の横領、領民との不当な契約。貴方のやってきた卑劣な行為を挙げ始めたらきりがない」


 いつものクレイユからは想像できない、厳しい口調でモントレイ伯の罪を明かしたクレイユは、ついに宣告した。

 

「モントレイ辺境伯。陛下承認のもと、今日をもって爵位を剥奪し、領土は僕が預かります。話は以上です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る