第19話 夕焼け色を纏ったお姫様

 「あらぁ~、可愛らしい! オルトキア一の美女だわ。本当に素敵よぉぉぉ!!!」

 

 ローリエに化粧を施したマリアンヌは、立ち上がったローリエを見て興奮気味に叫んだ。

 

 オルトキア一の美女だなんて。そんなことはないだろうと思っていると、バンッと勢いよく部屋の扉が開いて、正装をしたクレイユが姿を現す。


 どうやら彼はローリエの支度が終わるのを、部屋の前で待っていたようだ。

 

「おい、終わったのか? 終わり次第すぐに呼んでくれと……」

 

 彼はマリアンヌに文句を言いかけ、ふとローリエの方を見て動きを止める。

 

 マリアンヌはというと、呆けるクレイユを見てにやにやしていた。

 

「どう……ですか……?」

 

 今日はいよいよ国王の生誕祭。メイドのハンナがドレスを着せてくれ、髪と顔はマリアンヌが整えてくれたのだ。


 ローリエ自身、仕上がりをまだよく見ていないが、最大限美しく仕上げてもらったのではないかと思う。

 

 ローリエが尋ねてから数十秒が経過してようやく、クレイユはうっすら頬を染めて返事をくれる。

 

「オルトキア……いや、世界一可愛くて、美しいよ」

 

 彼があまりに真剣に言うので、ローリエは恥ずかしくて俯いた。

 

「それは流石に言い過ぎかと」

「そんなことない。ほら」

 

 クレイユはローリエの手をとって、鏡の前へとエスコートする。

 そこには、可憐なお姫様が映っている――かのように見えた。

 

(これが……私……?)

 

 鏡に映る自分を別人だと錯覚したローリエは、瞬きを繰り返す。

 

 コーラルピンクのドレスは、「既製品では君の美しさを引き出しきれない」とクレイユが言って、急ぎ生地から選んで作らせた、こだわりの一着だ。


 ローリエの髪からドレスにかけて、紫、オレンジ、ピンクの美しいグラデーションの夕焼けをイメージしてデザインされているらしい。


 色味はもちろん、ふわっとした柔らかな生地と、上品に載ったスパンコールがローリエのお気に入りだ。

 

 ハーフアップした髪は器用に編み込まれており、化粧のおかげでいつもより顔色がよく、可愛らしく見える。


 美容関係は料理同様、マリアンヌの趣味らしいが、冴えないローリエを一国の姫のように魅せてしまう素晴らしい腕だ。

 これなら王族専属の美容師にだってなれるだろう。そんな職があるのかは知らないが。

 

「きっと誰もが君に見惚れるよ。見せびらかしたいけれど、見せたくないな」

 

 クレイユはローリエの腰に手を回して引き寄せる。

 自分の変身した姿にばかり気をとられていたが、正装したクレイユは一層輝きを放っていた。

 

 騎士が着るような動きやすい服や、シャツ一枚といった軽装でいることが多いクレイユだが、今日はどこからどう見ても王子様だ。


 前髪もきっちり上げていて、いつもと違ったかっちりした姿にローリエはときめいた。

 

「クレイユ様も、今日は一段と素敵です」

「惚れそう?」

「ええ……」

 

 彼を前にして、惚れない女性がいるのだろうか。

 きっと皆、一目見ただけで虜になってしまうだろう。

 

 クレイユはふっと優しく微笑んで、胸元のポケットから何かを取り出す。

 

「ローリエ、これを」

 

 それは、王都に出かけた際、ローリエがショーウィンドウ越しに目を奪われた耳飾りだった。

 

「買ってくださったのですか?」

「これ、魔光石なんだ。日の光のもとでは青く光るけれど、夜の灯りのもとでは紫に輝く。君にぴったりだと思って」

 

 煌めく宝石を、彼はそっとローリエの耳につけてくれた。

 

「さぁ、行こうか」

 

 差し出された王子様の手をとって、いざ王城へ。部屋を出る時、マリアンヌは「計画は順調よ」とクレイユに語り掛けた。

 

「ああ、今晩が楽しみだ」 



ꕥ‥ꕥ‥ꕥ


 

 群衆のざわめきが、ローリエの耳にも聞こえてくる。


 国中から集まって来た貴族や権力者たちは、パーティー会場に現れた勇者――もとい第三王子のクレイユと、そのパートナーを見てひそひそ話を止められないようだ。

 

 ローリエは微笑みを湛え、クレイユの側に堂々と立っている。

 この日のためにハンナに礼儀作法を教えてもらい、クレイユにも付き合ってもらって、たくさん練習を重ねてきたのだ。

 

 いつものローリエならおどおどしていただろうが、練習の中で培われた多少の自信と、「別人に変装したつもりで振る舞えばいいのよ」というマリアンヌのアドバイスが役に立った。


 ローリエは今日、本物のお姫様になったつもりで振る舞っている。高揚感で、少しだけ足元がふわふわした。

 

 皆、遠巻きに噂話をするばかりだったが、人々を掻き分けるようにして現れた背の高い青年が、嬉しそうに声をかけてくる。

 

「クレイユ。君がパーティーに出席するなんて、珍しいじゃないか」

「やぁ、シモン。いや、今はキリクス伯爵か。久しぶりだね」

「堅苦しいのはよしてくれよ。君も僕に、クレイユ様とか、殿下とか、呼ばれたくないだろう?」

 

 名前を呼び合って気さくに話していることから、二人はきっと旧知の仲なのだろう。

 ローリエは邪魔をしないように気配を断つ。

 

「会場は君のパートナーの話で持ち切りだよ。僕はてっきり、君はルビリア嬢と付き合っているのだとばかり思ってた」

「それはないよ。ルビリアはただの仲間さ。それに、彼女には大聖女という重要な役目もあるだろう」

 

 青年はルビリアのこともよく知っているようだった。もしかしたら、勇者パーティーと関りがあった人物なのかもしれない。

 

「そうだけど、彼女、マルトゥール公爵の一人娘だからさ。魔王討伐が終わったら、聖女を引退するような話を聞いたけど……」

 

 青年はローリエに視線を移す。

 

「それにしても、お美しい方だ」

 

 ローリエはにこりと愛想良く笑い、教わった通りに挨拶をする。

 開会宣言までの間、ローリエはこうして、つつがなくパートナーとしての役目を果たしていった。


 一方、壁際でぎりりと歯を食いしばる令嬢が一人。

 モントレイ辺境伯の娘、セリナ=モントレイだった。

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