0006・ミクを認識した人々




 「さて、やる事も無いしさっさと寝よう。剣帯と武器は適当にテーブルの上に置いとけばいいね。それに眠るっていっても、実際にはこっちの肉体を停止させるだけで、本体はずっと起きてるし。向こうで武器を弄ろうかな?」



 そう言ってミクはベッドに入り停止する。ミクの体は汚れてもそれを吸収し溶かしてしまえば済む。なので、どれだけ汚れても問題無い。それどころか、武具であろうが何であろうが、肉に納めれば完璧に綺麗になる。


 そんな肉体をしている為、体を濡らした布で拭ったりなどする必要がない。だからさっさと寝てしまった訳だ。



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 ここはとある屋敷の一室。非常に美しい白い肌と、ミクには劣るが抜群のプロポーションを持つ女性が全裸でソファに腰掛け、難しい顔をして唸っていた。何故唸っていたのかと言うと……。



 「彼女はいったい何者? 私とは違う得体の知れない匂いがした。そして、おそらくだけど私の血の匂いを感じ取っている。吸血鬼たる私の匂いを……」



 そう、彼女はミクが美味しそうな匂いだと思った、ギルドの受付嬢である。しかし彼女は受付嬢ではない。受付に居て、受付嬢のフリをしているギルドマスターである。彼女の名はカレン。二つ名を<黄昏のカレン>という。


 彼女のターゲットになった者は、老若男女の関わりなく喰われて死ぬ。血であろうが肉であろうが喰われるだけである。


 そして冒険者ギルドが公式に認めている”吸血鬼”のギルドマスターだ。あまりの強さと理性を持つ為、暴れ回るだけの劣等種とは一線を画す、本物の吸血鬼である。


 そもそも彼女は吸血鬼であるがデイウォーカーであり、日光をものともしない高位吸血鬼だ。そして長く生き、多くの知識がある彼女ですら困惑する相手。それがミクである。彼女にとって、ミクは正しく未確認生物だった。



 「血の匂いは多くした。私ほどでは無いにしても、普通の者ではない。そのうえ、異常なまでに膨大な魔力と闘気を持っていた。普通の者では気付きもしないだろうけど、私には分かる。ただ、私でさえ全容が把握できない……」



 彼女は突然現れたイレギュラーに対し、頭を悩ませ続けるのだった。長く生きると迂闊な手出しなどしない。それゆえに彼女の命は助かったとも言える。


 何故ならミクの消化液は現在、神の肉体さえ溶かしてしまうからだ。これは死を司る神が実験で証明した事でもある。


 つまりミクの消化液は、高位吸血鬼如きが耐えられる物ではないのだ。



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 部屋の中には一人の男がおり、何やら水晶に話し掛けている。


 現代日本なら精神病院に連れて行かれるかもしれない奇行だが、この世界では普通の……いや、珍しい光景ではあろう。水晶の名は<通話宝珠>。ようするに遠方の者と会話できる魔道具である。


 それを使って話しているのは、宿の店主ことスキンヘッドのオッサンだ。彼の名はガルディアス。二つ名を<閃光のガルディアス>という。槍使いであり、槍の基本である<突き>を極めた人物として名高い。



 「それで、貴方はその女性が危険人物だと言うのね? 閃光の直感が白に近い灰色だと言うなら、特に問題は無いんじゃないの? 貴方の直感は外れた事が無いし、人物鑑定には自信を持って良いでしょうに」


 「しかしな……底が知れねえ。最悪、俺は何も出来ずに殺される。そんな予感がヒシヒシとしやがるんだ。王都のダンジョンでドラゴンと戦った時よりも、遥かに死が近い感じがするんだよ。正直シャレにならねえ。すまねえが、来れるなら頼む。<魔女>」


 「……貴方が其処まで言うとはねえ。分かった、行っても良いけど費用はそちら持ちで。それと、私もヤバそうなら逃げさせてもらうから。それでいいなら行ってもいいわよ」


 「おいおい、安宿の主人に言うセリフじゃないぜ。こちとら必死に経営してるっていうのによ」


 「バカな事を言わないの。ドラゴン討伐の報奨金を莫大に溜めこんでるでしょうが。それが残ったままなのは知ってるのよ? 孤児院に多少使ってるようだけど。<聖人>が笑ってたわよ、堂々とすればいいのにって」


 「うるせぇ。俺が良い事するような奴に見えるか? この見た目じゃ無理ってもんよ」



 お互いに言いたい事を言っているようでもあり、良い関係だというのが分かる。果たしてオッサンことガルディアスの行動は、吉と出るのか凶と出るのか。それはまだ分からない。



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 更にところ変わって、ここは特殊な空間。その中央には浮いている巨大な肉塊があり、それはボール状なだけであった。ただしボールと違うのは、表面に幾つもの血管の様なものが浮き出ており、それが脈打ちながら蠢いているという事だ。


 その肉塊の中で取り込んだ武具の刀身を分解し、鉄だけを取り出して精錬し、鋼を生み出しては形にしていく。作り上げたのはメイスである。フランジという刃が4枚付いただけの無骨なメイス。それを作って喜ぶミク。


 彼女は未だ自分の膂力りょりょくに耐えられる武器を持っていない。神に貰ったショートソードも良い物ではあるのだが、所詮その程度の質である。下界において、不必要に目立つのを避けた物でしかないからだ。人外のパワーには耐えられない。


 創造神や魔神に教えられたものの中に【錬金術】や【錬成術】がある。下界での使用は禁じられているものの、自分の空間で使う事は禁じられておらず、それどころか神は許可を出していた。だからこそ、ミクは武器を作って遊んでいるのである。



 (これで打撃武器は出来たね。明日剣帯の右腰に着けられる様に……いや、盗賊のボスの革鎧を流用して、新しい剣帯を作ろう。それを明日、どこか人目の付かない所で替えればいいや。そしたら疑われない筈。ついでに分厚いダガーも作っとこう、これは左腰の後ろだね)



 ミクは人外の美を持つ者である。当然、そんな人物の持ち物も多くの人に見られているのだが、残念な肉塊ミクにそこまでの気は回らない。メイスの一本や二本増えていても、誰も気にしないだろうとしか思っていないのだ。


 こういう部分では欠片も常識が無いのがミクである。



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 翌日、朝早くに起きたというか目を開けたミクは、腰に剣帯を着け部屋を出る。オッサンは居なかったが、代わりにお婆さんが居た。そのお婆さんに銅貨5枚を渡し、朝食を頼むと昨夜と同じ席に座る。


 そのまま適当に待っていると、オッサンが起きてきたのかカウンターにやってきた。オッサンは豪快に欠伸をしながら挨拶をしてくる。



 「ふぁ~~あ! おはよう! 美人さん。そういや名前を聞いてなかったな。ウチは金払ってくれる客なら、細けえ事はあんまり気にしねえし……」


 「私の名前はミク。そう名乗れと言われたから、そう名乗ってる。元の名前が有ったのか無かったのかも知らない。かつては<肉>と呼ばれてた」


 「<肉>ってヒデェな……なに考えてんだソイツら。人に対して肉呼ばわりって、絶対まともじゃないぞ」


 「そんな奴等。地獄かと思うくらい大変だったけど、実験だったからか私を殺そうとまではしなかったね。今は放り出されたから、勝手に生きる事に決めたけど」


 「そうしろ、そうしろ。人を肉とか呼ぶ奴等はまともじゃねえし、放っぽり出されたなら自由に生きていい筈だ。誰だって自分の責任で生きるのが人生ってもんよ」



 かなり危ない発言をしているのだが、無知とは幸せなものである。まあ、神々とて、この程度で神罰を与えるほど暇ではないのだが……。

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