第20話 真実を知った人間から殺されていく

 ロッジ竜宮りゅうぐうへ戻った。


「そうでしたか……。いえ、管理人の田村たむらさんを定期的に見かけました。渓谷の水中洞窟へ行くことは、まず不可能でしょう」


 風鳴かざなり学院のリーダーである久世くぜ果歩かほは、田村東助とうすけのアリバイを証明した。


 俺を見た果歩は、頭を下げた。


「申し訳ありません」


「それはいい……。水島みずしまは?」


 首を横に振った果歩は、ため息をついた。


「まったく……。念のため、風鳴にも連絡しましたが」


 成果なし、か。


 俺たちが話し合っている、リビング。

 そこは、警察やレスキューでごった返していた。


「メシを食ったら、すぐに機材のチェックと明日の打ち合わせだ!」

「遅いぞ! ここの風呂は狭いから、手が空いた順で」

「仮眠をとる班を先にしろよ!?」


 もはや呑み込んでいるスピードで、ダイニングテーブルについた連中が掻きこんでいる。


 座れない奴らは、リビングのソファーや、立ったままでの食事だ。


「ごっそさん!」

「ありーっす!」


 空のどんぶりが、どんどん置かれていく。


 厳選しても、集まった人数は10人を超える。

 お上品に盛り付ける余裕はなく、肉や野菜、魚を焼いて、既製品のタレで味付けしただけのオカズを上にドンと。


「はい! 次のグループ、どうぞ!!」


 管理人の田村東助は、忙しそうだ。


 村の主婦が手伝っていることが、厨房から聞こえてくる声や物音で分かる。


(大繁盛と言いたいが、こいつらは客じゃない)


 普通に泊まっているのなら、大儲けだ。

 けれど、救急や警察への善意による協力に過ぎない。


 足しにもならない金一封が出るかどうか……。


(不幸中の幸いは、俺たちに部屋を出ろとか、一緒に泊まらせろと言わないこと)


 俺たちは、ここの捜査にやってきた防人さきもりだ。

 むろん、お金を払っている客。


 これで、勢いによるゴリ押しをされた日には、すぐ帰るだけ。


(過去の事件から、同じ防人がいなければ、全員が殺されるだろう)


 それでも、俺に全員を守る気はない。


 急にせまい空間となったリビングダイニングを立ち去り、東京国武こくぶ高等学校の部屋に。


 女子2人は、うんざりした様子だ。


「お風呂、やっぱり無理かな?」

「今日は諦めたほうがいいよ、先輩」


「食事も、丼でやっつけ! ここ、安い牛丼屋!?」

「それより下だった……。お金を返して欲しい」


 ダブルベッドで横になるか、端に腰かけたまま、暗い雰囲気。


 俺は、ソファーに腰を下ろした。


 こういう時の女子には、触らないに限る。



 ◇



 水中洞窟の救助で、昼夜を問わない待機。

 だが、夜明け前の時間は、やはり静か。


 朝日に照らし出される、ロッジ竜宮の傍にある沼。


 キラキラと光る水面に、小さな泡が出てきた。


 盛り上がった後に、ザバーッと出てくる人影。


 咥えていたレギュレーターを外し、自然の空気を吸う。


「ハアッ! ハアッ! た、助かった……」


 背中にタンク1本を背負ったまま、最後の力を振り絞って、岸へ。


 やがて、両足が底につく。


 水中にある両手で、足についているフィンを乱暴に外す。


「ええいっ! くそっ!」


 人工的な足ヒレ2つが、カラフルな色で水面に浮かぶ。


 背中のタンクを外す気力はなく、ヨタヨタと歩き続けた。


 その時に、ロッジのほうから人影。


「た、助けてくれ! 俺の他に、まだ潜っていた――」


 次の瞬間に、ヒュオッと風切り音。


「ガ、アッ……。あ、あん゛だ――」


 自分の喉を押さえたダイバーは、驚いた顔のまま、二撃目を受ける。



 ――30分後


 ずっと眠れなかった久世果歩は、気分転換に外へ出た。


 一連の事件に関わっているであろう沼を散歩しようと……。


「え?」


 不自然な物体に気づき、そこへ近寄った果歩は、斬り捨てられたダイバーの死体に気づいた。


「キャアァアアアアッ!?」



 ◇



 女の悲鳴で、目が覚めた。


 俺は、同じ国武の女子2人が目覚めて、すぐに動ける状態になるまで待機。


 着替えを見ないようにした。


 今は部屋を出るとか、そんな状況にあらず。

 単独行動をすれば、狙われる。


「もういいよ、駿矢しゅんや!」


 西園寺さいおんじ睦実むつみの大声で、ようやく違う視界へ。


 気恥ずかしそうな、相良さがら音々ねねの姿。


「すぐに、悲鳴が聞こえた場所へ行きますよ?」


「う、うん……」

「急ごう!」



 ロッジ竜宮の外へ出れば、人だかり。


 観光名所になっている沼の傍だ。


「ですから! 私が来た時には――」

「詳しい話は、署で伺います」


 殺人事件のドラマで、お馴染みの会話だ。


 人だかりの一部が割れて、女子1人と、その左右にスーツを着た男ども。

 呆然としたままの久世果歩に、刑事の三船みふね卓見たくみたちだ。


「あいつが?」

「いや、まだ分からん」


「何で、水中洞窟にいたダイバーがここに……」


 ボソボソと話し合う、レスキューや警官たち。


 果歩をパトカーの後部に押し込めようとする刑事たちに視線を送れば、卓見が振り返った。


 指の動きで、呼ぶ。


 息を吐いた卓見が、小走りで近寄ってきた。


「水中洞窟にいた大学生の1人が、この沼の外周で殺されました。死因は刀傷! 第一発見者である彼女を連行するところです」


「今、防人を減らされたら、各個撃破にされるぞ!?」


 首を横に振った卓見は、すぐに説明する。


「お気持ちは分かりますが、身柄を確保するしかありません……。こうなった以上、行方不明である風鳴かざなり学院の水島みずしま空太くうたについても、彼女が被疑者です! 上は、強引にそうするでしょう」


 ジェスチャーで謝った卓見は、同じく小走り。


 待っていた覆面パトカーに乗り込む。


 2台の警察車両は、街へ続く道を走っていく。


 残された俺は、水中洞窟の救助に来た連中に見られる。


 構わず、ポツリと呟く。


「ああ、そうかい……。だったら、こちらも勝手にやらせてもらうさ」

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