第6話 小学校で経験した睦実の怒り

 ――5年前


 1人の少女が、小学校の中を駆け抜けている。


 赤いペンキがぶちまけられ、足の踏み場もない箇所もある廊下を。


 統一された装備の兵士が、銃口と一緒に、そちらを向いた。


「Who's .... shoot!(誰だ……撃て!)」


 乾いた発砲音が重なる。

 昼の、どこか暗がりを感じさせる内廊下で、光がいくつか。


 けれども、次の瞬間に、その少女が通り過ぎていた。


 剣道着を思わせる、あい色の小袖と黒袴くろばかま

 腰に巻いた帯の左側に、さやが差してある。


 右手には小太刀こだちを下げており、空中に血の線を描く。


 遅れて、両手で構えていた兵士たちに赤色が加わり、次々に倒れた。


 彼女は、1人の男子を探している。


駿矢しゅんやを自由にさせた結果が、これか……」


「Scre――(くたばれ!)」


 死角から突風のように襲い掛かってきた兵士。


 片手のナイフで、急所を突こうとするも――


 やはり一筋の光が走って、熟練の技を見せる機会もなく、両膝から倒れ伏す兵士。


「まあ、アレだね? この世界は駿矢をゆっくりさせる気がないんだ……」


 躊躇なく敵を殺した西園寺さいおんじ睦実むつみは、武装勢力に占拠された小学校で、まだ小学生の氷室ひむろ駿矢を探した。


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・

 ・


 東京国武こくぶ高等学校にある、避雷針。


 その上に立っている女子は、この学校の制服を着た女子だ。


「ふ―――っ!」


 空手の息吹いぶきのように動いた直後――


 ダンッ!


 何もない空中で、破裂するような音が続いた。


 眼下にある、氷室駿矢と風紀委員会のにらみ合い。


 それを見たまま、西園寺睦実はかつてのような和装に変わった。


 足元は、今の彼と同じ白足袋しろたび草鞋わらじ


『カアァアアアッ!?』


 彼女の霊圧に押されたカラスどもが、たまげたように飛び立った。


 バサバサバサ


 それに構わず、両手で左腰に差した御神刀を抜いていく。


「まただよ、千雷せんらい……」


 片手の小太刀は、冷たい金属の輝き。


 それは、放電しているような輝きを放ちつつ、紫色をまとった。


「ああ……。また……」


 独白した睦実は、両膝のバネだけで高く飛んだ。



 ◇

 


 俺と向き合っている兵士たちが発砲する前に、紫色の光が通り過ぎた。


 直後に、奴らが両手で構えている小銃が半ばから切り飛ばされる。


「なっ?」

「どこから!?」

「くそっ!」


 役立たずのアサルトライフルを捨て、腰の拳銃を抜こうと――


『警備は下がれ! あとは、こちらでやる!! 全員の刀剣解放を許可!』


 ゴツい男子の命令で、制服に腕章をつけた風紀委員が刀を両手で握る。


 一触即発だが、瞬間移動のように現れた女子の姿で止められた。


『……1年主席の西園寺か? どういうつもりだ!』


 ジャリッと向きを変えた西園寺睦実は、おそらく風紀委員長であろう男子を見た。


「見ての通りだよ? 駿矢の敵は、ボクの敵だ……」


『お前は入学早々に、退学する気か!? ……やむを得ん。手足の一二本は覚悟して――』

「そこまでにしていただけませんか?」


 落ち着いた、女子の声。


 全員がそちらを見れば、別のマークをつけた制服だ。


『これは、風紀委員会の管轄だぞ?』

「生徒会として、正式な要請です。御神刀、それも二振りとの戦闘は許可できません」


 いかにも育ちが良さそうな佇まい。


 青色の瞳に、長い黒髪。

 上品な仕草で、両手は下げたまま。


 傍には、兄か弟と思われる男子がいる。


 こちらは刀を構えたまま。


 風紀委員会のリーダーが、応じる。


『生徒会が責任を持つ……。その認識でいいんだな、神宮寺じんぐうじ?』

「はい! こちらで預かります」


 ため息をついた男子は、風紀委員に命じる。


『納刀しろ!』


 俺たちを半包囲している男女は、警戒したまま、左腰に切っ先を納めた。


 そのまま、刀が消える。


 全員の視線にさらされたことで、片手で振った脇差を納刀した。


 横目で見ていた睦実も、それにならう。


 俺たちが元の制服に戻ったことに驚いた面々が、小さな声を上げた。


 いっぽう、場を仕切っている女子は微笑む。


「はじめまして! 1年の神宮寺のぞみです……。生徒会の事務局員となりました」


 まるで、社交場にいるみたいだ。


 そう思いつつ、ドッと疲れを感じる。


 希が提案する。


「詳しい話は後日……と言いたいのですが。会長から『連れてくるように』と厳命されています。このままでは風紀委員会との溝にもなるため、生徒会室までお越しいただければ幸いです」


 横に立っている睦実の視線を感じながら、答える。


「お茶ぐらいは、出るんだろうな?」


「ええ……。そのつもりですよ?」



 ――生徒会室


 ミーティングに使うためのテーブルについた面々。


「――以上です」


 気まずい雰囲気のまま、神宮寺希が報告を終えた。


 一緒についてきた風紀委員会のゴツい男子は、腕を組んだまま。


 上座にいる生徒会長、伊花いばな鈴音すずねが、俺たちを見た。


「先に、あなた達の言い分を聞くわよ? 先輩の後だと、話しにくいでしょ?」


 横に座っている西園寺睦実のアイコンタクトで、口を開いた。


「騙して呼んだ先輩5人にリンチされそうになったうえ、全員に抜刀されたから、自分の身を守った! あとは、そこの風紀委員がよく知っているだろう?」


 首をかしげた鈴音が、指摘する。


「風紀委員に逆らった理由は? ウチの希ちゃんには、素直に従ったのよね? 好みだったから?」


「俺は、入学したばかりだ! 風紀委員をよく知らんし、騙し討ちにあった直後」


 頷いた鈴音は、納得する。


「ああ……。顔見知りがいれば別だけど、ってことね? 鎮圧用のゴム弾とはいえ、いきなり銃口を向けられれば、ちょっと厳しかったか! ……別に、そっちを責めているわけじゃないわよ?」


 責める視線になった風紀委員の男子に、慌ててフォローする鈴音。

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