第2話 氷室駿矢という薄幸の少年

 目が覚めたら、知らない天井だった。


 ベッドの上に寝ているようで、身動きしたら――


 フニュン


 とても柔らかい感触だ。


 手を動かせば、フニフニと形を変える。


 思考力が戻ってきて、その匂いと合わさり、俺に現実を教える。


 横を見ると……。


「おはようなのでー!」


 天賀原あまがはら香奈葉かなはだ。


「勝手に入ってくるなと――」

「ここは、わたくしの部屋ですよ?」


 息を吐いた後で、上半身を起こす。


 薄暗い室内を見回せば、確かに俺の部屋ではない。


 遅れて上半身を起こした香奈葉が、ベッドから降りた俺に言う。


「続きはしないので? 据え膳のわたくしに恥をかかせるとは……」


 オーバーリアクションの彼女に、ジト目を向ける。


「ヤッたら即日祝言で、そのまま連れて帰るんだろ?」

「もちろん!」


 香奈葉の匂いが染みついた部屋に立ったまま、再び息を吐いた。


 初夜と祝言はセット、という説明を聞き流しつつ、考える。


天巫女あまのみこのお前とじゃ、釣り合わないだろうに……」

「御神刀を授かったことだけで、十分すぎます」


 寝巻のまま、パジャマ姿で上半身を起こしたままの香奈葉を見る。


「返却したい」

高天原たかまがはらに奏上してください」


「……できるわけないだろ? アドレスは何だ?」


 ケラケラと笑った香奈葉は、あっさり告げる。


「そろそろ、登校しないと遅れるのでは?」

「ゲッ! じゃあな!」


 慌てて、香奈葉の部屋からベランダに出る。


 2階の足場を歩き、同じくベランダの鍵を外して、自室へ……。


 締め切っていた部屋に特有の臭い。


 換気をしながら、差し込んでくる光と暗い部分を行き来しつつの準備。


「生徒手帳、制服一式、シャツ、インナー、筆記用具に――」


 ブレザーの制服に袖を通して、大急ぎで1階へ。


 用意されていた朝食を口に詰め込み、身繕い。


 ピンポーン♪


「来たか!?」


 訪問者とあって、さらにスピードアップ。


 バタバタと、玄関へ。


 鍵を外して、ガチャッと開けば、スカートがある制服。

 つまり、女子高生だ。


 茶髪のショートヘアで、琥珀こはく色の瞳。

 童顔で身長が低く、中学生に思える。


 その女子が、俺に笑顔を向けた。


「おはよう、駿矢しゅんや……」


 目のハイライトが消えた。


 首をかしげたまま、俺をジッと見る。


「おかしいね? どうして、あの女の匂いがするの?」


「昨夜カエルを倒した直後に、捕獲された……。睦実むつみ! 言っておくが、手は出していないぞ?」


 ため息を吐いた西園寺さいおんじ睦実は、普通の目に。


「ああ、うん……。ヤッていたら、そのまま京都へ連れて帰って祝言だろうね?」


 俺より香奈葉の行動パターンを予測していて、草生える。


 気を取り直した睦実が、笑顔を作った。


「早く行こう! 今日は入学式だし!」


 玄関の施錠をするや否や、俺は睦実に引っ張られて、登校ルートへ。



 ◇



 隣家の自室から見ていた天賀原香奈葉は、カーテンから指を離した。


 光が遮られ、再び薄暗い空間に。


 シャッと、開けられた。


 ようやく朝となった室内で、香奈葉は真顔に。


「あの女……。それに、確認されているだけで御神刀が三振り……。上は何を考えているのやら」


 隅に控えている女が、口をはさむ。


「香奈葉さま?」


高天原たかまがはらを批判したわけではありませんよ? 過剰すぎる戦力です」


 移動した香奈葉は、ベッドの端に腰かけた。


「わたくし、駿矢、それに睦実……」


「香奈葉さまも、同じ高校に誘われていましたね?」


「そうでした! まあ、冗談でも応じられませんが」


 護衛を兼ねている女が、息を吐いた。


「はい……。1つの高校が御神刀を三振りも独占すれば、日本を支配しているのと同じかと」


 雰囲気を変えた女が、たしなめる。


「駿矢様ですが……。東京国武こくぶ高等学校に行かせて、本当に良いので? 昨日も、警察の中枢で大暴れしましたが」


「構いません……。睦実と先にイタそうが、笑って済ませる話です。あの女が本気で奪えば、追い詰めて消すだけの話」

「彼に恨まれても?」


「……最悪、子供はもらいますので」


 言いながら、立ち上がった香奈葉は、学習デスクに移動。


 高そうなチェアに座りつつ、机上のタブレットに触れた。


 表示された画面は、氷室ひむろ駿矢の履歴だ。



 ――小学校


 特殊部隊による襲撃で、100人ほどが犠牲になった。

 歩兵2個小隊、輸送ヘリ、攻撃ヘリ、装甲車、歩兵トラックも確認済み。


 駿矢を守って死亡したクラスメイトの女子とその一団は、シスター系と思われる。

 目的は、新たな救世主の擁立だろう。


 襲撃者は米軍の可能性が高いものの、USは認めていない。


 カバーストーリーを用意すると共に、追跡できないよう、一時的に潜伏。



 ――中学校


 鉢合わせしたテロリストと交戦。


 当時に仲が良かった女子が人質となるも、銃を突き付けていた男を含む、合計3人をハンドガンで制圧。


 ヘッドショットからの、見事な連射。


 錯乱した女子は、人殺しと激しく罵った。

 駿矢は、かなりのショックを受けた模様。


 警察と話がついたことで、再び世俗を離れた。



 タブレットから目を離した香奈葉は、ため息を吐く。


「それで、イライラが募った駿矢は脱走して、昨夜の大暴れと……」


「中学時代に助けた女子ですが」


 チェアに座ったまま、香奈葉が振り向いた。


 女は、すぐに報告する。


「駿矢さまに謝罪したいと……。かなり気に病んでいるようで」


 鼻で笑った香奈葉は、冷徹に答える。


「今更!? 警察を黙らすのに、どれだけ苦労したか! 本人が罪悪感を薄めたいだけなので!」


 事情聴取を除き、その女子に改めて話す機会はなかった。


 女はそう思ったが、口に出さず。


 いっぽう、機嫌を損ねた香奈葉は、端的に告げる。


「もう、住んでいる世界が違います。それだけのこと……」

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