弾丸より速く動ける高校生たちの青春

初雪空

第1話 荒神もブラック勤務なのだろうか?

 不夜城。

 東京で中央省庁が集まっている官僚だらけの場所は、眠らない。


 信号に待ち時間のメーターがある区域で、新人は渡り鳥のように雑用をこなす。


 今は、日が変わるぐらいの時刻だ。


 主要道路は静かに――


 完全武装の機動隊が、十重二十重に。


 動かせる車両で、バリケード。


 指揮官が叫び、無線も止むことがない。


『葉桜1より各隊へ! 対象は霞が関の二丁目交差点へ、時速30kmで移動中! 未だ有効打にならず、警戒を要す!』


 バタバタと回転音を立てる警察ヘリが、下部に取りつけたサーチライトで国道を我が物顔で走っている四つん這いのカエルのような化け物を照らし出した。


 一見しただけで、10tダンプより大きいと分かる。


 まるで、マラソンランナーに追従するような構図だ。



 待ち構えている機動隊の隊長に、部下が報告する。


「上空から狙撃を続けたものの、効果なし! ち、近くで待機している退魔師に応援を要請しますか?」


「馬鹿! あいつらは、天賀原あまがはら家の近衛だ! 俺たちが頼んだ日には、二度と刀使いに頭が上がらん!」


 無線で、放水車による足止め、という報告。


 それを聞いた隊長は指示を出すも、横一列で大盾を並べたぐらいで止められる相手とは思えず。


 途中で配置についている部隊は、ほとんど自棄になりつつ、グレネードランチャーから榴弾をぶつけて、貴重なアサルトライフルで連射するも、たいした痛痒つうようも与えられず。



 ◇



 くすんだ灰色のロングを靡かせつつ、明るく薄い茶色の瞳が日本を統括している場所を睥睨へいげいした。


 そのシルエットと雰囲気は、女子中学生ぐらい。


 けれど、アイドルグループで違和感のない容姿には、人の上に立つオーラ。


 近くに立っている女が、声をかける。


香奈葉かなはさま! 介入しますか?」


 そちらを見た少女は、首を振った。


「やめておくのでー! 現場の指揮権は彼らにあり、わたくし達が横槍を入れれば逆恨みされるだけ……。天賀原家といえど、これ幸いと何でもかんでも責任を押しつけられれば、かなり面倒です」


 警察から正式に要請があるまで、動かない。


 そう決めた天賀原香奈葉は、息を吐いた。


 問いかけた女が、独白する。


「東京の中心でランクBの荒神とは、珍しいですね?」


「しかも、銃弾が通じにくい、ブヨブヨした分厚い皮膚のカエルなので! 今度からは、射出式のパイルバンカーを用意しておきましょう」


 茶化した香奈葉は、興味深そうな視線に。


 その先では、大慌てで徴発したのか、重機やトラックの群れ。


 突進した巨大カエルとぶつかり――


 クレーン車は、宙を舞った。


 そのまま、どこかの庁舎ビルに突っ込む。


 トラックも、反対車線に吹っ飛び、残っていた車列をなぎ倒す。


 近くの屋上に立つ香奈葉は、まったく怯まない。


「そろそろ、わたくしの許嫁いいなずけが出てきます? 捕獲する準備を!」


 巫女装束の面々が、すぐに答える。


「「「はい!」」」


 護衛として立つ女が、呆れたように呟く。


「あの方には、困ったものです……。少しは、香奈葉さまの夫としての自覚を――」

駿矢しゅんやは、色々ありました」


 しかし、香奈葉は含みのある笑顔に。


「飼い猫が脱走するのは、よくありますが……。次は首輪とリードをつけておくと、良いかもしれませんね?」


 静かに、キレていた。


 改めて、周りに命じる。


氷室ひむろ駿矢が出現した場合は、ランクBの荒神退治の次に、捕獲しなさい!」


 さらに接近した巨大カエルの上に、新たな霊気。


 それは、どこにでも売っている私服だ。


 重力に従い、どんどん落下する。


 何もないはずの左手が腰に、右手が抜刀の動きをした。


「死ねやァあああああああっ!」


 脇差といってもいい長さの刃が、人工的な灯りで煌めく。


 ゲームで言えば、下突き。


 両手で握ったつかで、切っ先を下に向けたまま、見上げた巨大カエルを串刺しに。


『ブエエエエエッ!』


 断末魔のような叫びを上げた巨大カエルは、それでも反撃しようと、長い舌を伸ばすも――


 内側から、いくつもの金属の光が走った。


 次の瞬間に、巨大カエルは弾け飛ぶ。


 高所から見ていた香奈葉は、ため息を吐いた。


「捕獲するのでー!」


 詠唱による術式の重ね掛けで、動きを止めた男子。


 それを見届けた香奈葉が、両足のジャンプだけでビルの屋上から飛び降りる。


 足からの着地で、地面が揺れた。


 続いて、護衛の女たちも。


 囲んでいた機動隊が、その男子を検挙しようと――


「その者は、天賀原家の縁者なのでー! そなた達には渡しません」


 自殺する高さからの飛び降りと着地で、ビビる機動隊。


 コツコツと歩いた女子中学生に、指揮官が何か言いたげ。


 そちらを見た香奈葉は、笑顔だ。


「このカエルは、そなた達が倒した……。それを条件としましょう」


 要するに、手柄をくれてやるから、倒した男子はいなかったことにしろ。


 顔を真っ赤にした指揮官だが、何とか自制。


「好きにしろ!」


 その言葉を聞いた香奈葉は、グルグル巻きで担架に乗せられた愛しい人、氷室駿矢を見た。


 首を振った後に、息を吐いた。


 迎えの高級車に乗り、ふと思う。


(この経験で、ぬるぬるプレイに目覚めなければ、良いのですがー)


 彼女の悩みは尽きない。

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