長船 改

 私は魚だ。この少し淀んだ川の中を住まいとしている。


 特に何か目的や大きな目標があって生きているわけではない。せいぜいを見つけて、命を繋ぐ作業をする事ぐらいか。


 私に欲はない。

 栄養のあるものを食べたい・外敵などの脅威から逃れたいといった感覚はあるが、それは欲と呼ぶにはあまりに本能的だろう。命を次代に繋ぐためには、自身の成長と生存は必要不可欠なのだから。


 川の流れに乗って、時には逆らって、私は泳ぐ。悠々と泳ぐ。

 そんな私の目の前に、ふと一匹の小魚が現れた。元気に泳ぎ回っていて、これは栄養が豊富だと直感した。


 私は意気揚々と、その小魚に食いついた!


「よーし、今日一番の大物だぁ!」


 ひどく耳障りな声が聞こえてきた。人間のようである。

 どうやら、私はこの人間に釣りあげられてしまったらしい。

 見れば、私の口には太い針がささっていた。しかし、たった今起こった事への驚きのほうが強いからか、痛みはあまり感じなかった。


「大きさは……重さは……と。」


 人間は私の口から針を抜き取ると、私に何かをあてがったり何かに乗せたりした。訳が分からずされるがままの私だったが、人間はしばらくすると私を川へと返してくれた。


「ありがとうな~。」


 人間は最後にそんな事を言っていた。


 私は……、彼ら人間からすれば、食糧だ。


 だから、食べられてしまう分には仕方がないと割り切れる。


 しかし、釣りあげたのに食べもせず、川へと戻して感謝をする。これはいったいどういう意味なのだろうか。私にはさっぱり分からない。


 私は、再び川の中を泳ぎ出した。

 次第に増してくる口の痛みや恐怖、生き残ったという安堵感。何より、理解不能な人間の行動に対して、どうにも名状しがたい鬱々とした気持ち悪さを覚えながら。


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長船 改 @kai_osafune

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