2-2.

『不登校の子供たちは、どうして学校に行けなくなったのか? とある家族からその理由を探りました』


『理由なんてない。でも、行きたくない』


『A君はそう言って、また手元のゲーム画面に目を落とし、それ以上語ろうとはしなかった』


「くだらん」


 朝のニュースを見ていたら、思わず呟いてしまった。


 パサパサとしたトーストを目が覚めるような苦いコーヒーで飲み下す。申し訳程度のサラダにスクランブルエッグ。美味いとか不味いとかではなく、朝食という義務をこなすだけの時間だ。一応美智子の手料理ではあるが、こんなのたいした料理とも言えないし、手間でもないだろう。


 いつもの通りにかかっていたテレビから流れてきたのは、不登校児の特集というなんとも朝の時間に似つかわしくないものだった。


「『理由はないけど行きたくない』だと? 一体親は何をしているんだ? そもそも子供は学校に行くものだ。それができなければ、拳骨を落としてでも言うことを聞かせるもんだ。だいたい今の子供は甘やかされすぎている。昔の子供を見ろ。不登校だなんて、そんな子供は一人もいなかったじゃないか」


 子供の自由意志? のびのびとしたフリースクール? 何を言っているのか、まったく理解できない。そんなことでこれから先の社会を生き抜いていけると、本当に思っているのか?


 子供も子供だが、何よりそんなことを与える大人が、教師が、親がとんでもない。


「おい」


 コーヒーのおかわりを持って来た美智子に声をかける。


「これを見てみろ。子供の自由意志だなんだと我が儘放題育てるからこんなことになるんだよな。拳骨でもなんでも落として、言うことを聞かせるのが親の役目だろう」


「もうそういう時代じゃないんですよ」


「そんなことはない。教師の体罰は問題だが、家庭内のことについては親がしっかり躾をできてないからこんなことが起きるんだ」


「あなた……」


 美智子はこれ見よがしに溜め息を吐いた。化粧もしていないたるんだ顔に、白髪の混じった髪を一つに結んでいるだけのみすぼらしい美智子。これでも若い頃は美人で有名だったのに。今ではその面影を見ることもかなわない。


「ココネのことですけど、最近成績が落ちているんです」


「そんなの勉強させればいいじゃないか」


「それが夜な夜などこかへ出かけてるみたいなんです」


「電話して連れ戻せばいいだろう」


「全然つながらないんですよ。どこで何をしているのか、聞いても話してくれないですし、本当に困ってしまって」


「お前は一体何をしているんだ。娘が帰って来ない、その理由もわからない。そんなこと、あっていいはずないだろ」


「私だって一生懸命やってるんです! それなのにあなたは相談にも乗ってくれない。早く帰って来てもくれない。こんな時くらい、一言言ってくれてもいいじゃありませんか」


 ヒステリックに半べそをかきながら言う美智子は醜かった。安物のエプロンは所々ほつれ、油染みか何かの染みが点々とついていた。そんなものはさっさと捨てて、新しく買えばいいものを。

それにしても情けない。娘のこともまともに見られんのか。専業主婦だというのになんという有様だ。


「はあ……」


 俺は大袈裟に溜め息を吐いた。


 出勤前の時間で面倒くさいことこの上ない。が、怒る時は怒る。わからせるべきことはきちんとわからせる。それも父親の役目だと言い聞かせ、娘の部屋のドアを開けた。


「おい」


「は!? ノックもなしに開けるとかあり得ないんだけど」


 娘はベッドの上に散乱した洋服を眺めているようだった。あちこちに洋服だの、バッグだのが転がり、床には足の踏み場もなかった。嫁入り前の娘の部屋がこんなことで恥ずかしい。女とは元来綺麗好きで、掃除など苦にも思わないはずなのに。


「親が子供の部屋に入るのに許可などいらん。何かやましいことでもあるのか?」


「信じらんない! 出てってよ」


「親に向かってその口の利き方はなんだ!」


「こういう時だけ父親面しないでよ、うざ」


「お前、夜な夜な遊び歩いているそうじゃないか。その服はなんだ? 勉強はどうした? 学生の本分は学業だろう」


「うるさい。関係ないでしょ」


「遊び歩いているその金は誰が出しているんだ? 行かなかった学校の金は誰が払ってると思ってるんだ?」


「親なら当たり前でしょ。いちいちうざいんだけど」


「当たり前なんぞない。汗水垂らして、俺が稼いできた金だ。そのありがたみも分からないようなら、この一ヶ月、お小遣いは無しだ」


「は? 意味わかんないんですけど」


「母さんにもそう言っておくからな。よく考えなさい」


「あり得ないんだけど? は? うざ」


 抗議の声を上げる娘を無視して、俺は部屋から出た。


「あ、あなた」


 背後で美智子が不安気な顔で俺を見ていた。


「聞いていただろう? 小遣いは一切禁止だ」


「あんまりじゃありませんか? ココネの年頃ではお友達との関係だってありますし」


「そうやってお前が甘やかすから、こうなっているんだろう?」


 つい声を荒げてしまった。自分で解決できないと俺に頼るくせに、そうじゃないああじゃないと口ごたえされることに腹が立っていた。


 だいたい美智子はいつもそうだった。俺に聞いてくるくせに、自分の中で納得する解決策でなければいつまでもグチグチと言い続けるのだ。


「とにかく、これで話は終わりだ。行ってくる」


 時計を確認すると、ちょうど八時になったところだった。俺は小さく舌打ちをして、家を出た。

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