01:東京都千代田区麹町一丁目2番 千鳥ヶ淵公園

 東京都千代田区麹町こうじまち一丁目2番。

 住所の地番は首都東京の中心地。そこに位置するは千鳥ヶ淵ちどりがふち公園。

 南北約450メートル、東西約20メートルの細長い形をした、夜の闇に包まれた公園をひとり歩く、……歩く。


『この2年数か月にわたって、我々国民全体と世界も含めて、人類はコロナと闘ってまいりました。ここで、いよいよこれまでどういう闘いをしてきたかということをしっかりと検証した上で、これからさらに感染症との闘いは続きますので、次に備えていく必要があります。』


 会議出だしの議長の挨拶。

 令和4年5月11日から令和4年6月15日まで全五回に渡って開催された、新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議の冒頭の言葉である。

 新型コロナウイルスの対応については大きく四つの時期に分けられる。


 1.新型コロナの毒性や感染力等の特性が明らかでなかった、2019年12月末から2020年5月末。

 2.新型コロナの特性や感染が起きやすい状況についての知見が深まり、地域や業種を絞った対策を講じた2021年6月頃から2021年2月頃。

 3.アルファ株やデルタ株といった変異株に対応した2021年3月から2021年10月頃。

 4.オミクロン株が発生した2021年11月頃から現在に至るまで。


 ウイルス毒性が判明していない段階では医療従事者などには、特に精神的、肉体的な負担が大きく、その献身的な努力により治療等の対応がなされていた。

 ウイルスから身を守るマスク、グローブ、ガウンなど個人防護具については主要生産国の中国から輸入減や各機関での備蓄が十分でなく、検査や入院外来を通じた医療提供体制の構築に影響を与えた。

 感染が拡大する中で新型インフルエンザ特措法を改正し、新型コロナを適用対象とした上で4月7日に初の緊急事態宣言。最初は7都府県だったが4月16日には全国がその対象となった。

 その後、感染対策の徹底や外出自粛の要請など国民の協力により5月25日には緊急事態宣言の解除。

 2020年の夏場にかけて、大都市の歓楽街を中心に感染者が増加し、一部地域では計画的に確保した病床が不足する事態に。

 春先の高齢者を中心とした感染拡大とは異なり、感染者数だけではない、医療機関や保健所の負荷も考慮した感染状況の評価が必要となった。具体的には陽性だと分かったが、その後入院するのか、自宅で療養するか、あるいは宿泊先で療養するか、保健所や医師等と相談の上で決定するが、その辺りがなかなか決まらない人が増えていった。その為、保健所業務のひっ迫が明らかになり、これに対して事務的な支援なども進めていった。

 その後、感染リスクを高めやすい場面に関する知見、「5つの場面」の提言が専門家からなされ、飲食をする場面が主な感染拡大の要因となり、2021年1月の政府から2回目の緊急事態宣言が行われた。


 公園の中を進む足取りは暗い、夜の闇の中。

 視界に入ってくる、街や車の照明のわずかな明かりを頼りに、ただ、ただ、歩く。


 新型コロナウイルスは、定期的に一定の変異を繰り返していたが、従来株よりも感染しやすいアルファ株、そしてデルタ株へと2021年3月ごろから置き換わることで、急速に感染者が増加した。

 一方、ワクチンや治療薬など新しい武器が出てきており、それらを活用して重症者、死亡者をできる限り抑制しつつ、感染拡大防止と社会経済活動を両立させることが課題の時期となった。

 2021年2月に開始された医療従事者等を対象した先行優先接種に続いて、4月から高齢者への優先接種が開始。7月末までにワクチン接種を希望する高齢者への2回目接種と言う目標はおおむね達成し、さらに夏以降、職域接種の実施などによりまして、青壮年層への接種も進んだ。

 しかしながら猛暑のため、熱中症患者の方が増加し。地域によっては救急搬送の受入先が見つからず、十分な医療サービスが受けられないまま亡くなる事例が発生し、コロナ医療以外の一般医療も含めて、医療提供体制の逼迫が生じた。だが同時に、自宅や宿泊療養施設で療養する患者に対する訪問診療なども含めて、中和抗体薬を活用した治療も行われた。

 その後、延期されていた「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」の原則無観客での開催を経て、感染状況が急速に改善したことから、緊急事態措置を終了。

 そして、第四期となるオミクロン株の登場により、国内でも急速に感染が拡大。

 ただオミクロン株は感染力が強いものの、デルタ株と比べると重症化リスクが低い事が示唆されたことから、オミクロン株の特性を踏まえた対策が求められるようになった。

 2022年初めから、国内での感染が急速に進み、連日過去最多の新規陽性者数を記録する中、1月9日から、政府はまん延防止等重点措置を広島、山口、沖縄を適用し、その後、対象地域を拡大。

 オミクロン株の特性を踏まえて、濃厚接触者の待機期間の短縮、高齢者施設の感染防止策、検査の徹底などを行い、全国新規陽性者数減少、療養者、重症者及び死亡者数の減少が継続したことから、3月21日をもってまん延防止等重点措置を終了。

 そして、2022年9月28日の現在に至るまで、新型コロナウイルスの感染拡大の中でも行動自粛を伴う行政措置は行われていない。


 歩みは東京国立近代美術館分室を経て、夜の闇に包まれた森林の中へと進む。


『我々が相手にしているのはコロナ感染症であって、重症から軽症の感染、有症状の感染者もいれば、無症状の感染者もいれば、非感染者もいます。』


 議事録では会議開催までの時間軸を踏まえた上での今後の議論がなされていた。


『既に様々なところで指摘されていますが、今回の検討に当たり、2010年4月の新型インフルエンザ対策総括会議の報告書を読みましたが、報告書の多くの教訓は今回のコロナ対策にも当てはまるもの。2010年ですから、10年経過しても、対策や体制を十分に整備しなかったのは何故なのかという理由も検証し、今回改めて次なる感染症対応をしたほうがいいのではないかと思いました。』


『東京都の行動計画を見てみますと、想定の流行規模とか被害想定は、都民の30%が罹患するパンデミックを想定しているわけです。そこでは、1日の最大患者数が37万3200人、新規入院患者が3,800人、最大必要病床が2万6500床という想定をしていたのです。もしこの2013年の行動計画がちゃんと準備できていれば、今回の2020年から起こった新型コロナウイルスの流行で日本の社会の回し方、経済の回し方が大分違ったものになったのかなと思います。』


『当初の頃は、私も記憶にありますが、タクシーに乗るのも何となく嫌な感じで、ポケットには常に小さい消毒液を入れて、タクシーで乗り降りするたびに手指消毒をして、マスクももちろんしました。それはなぜかというと、リスクコミュニケーション不足というところがあったのだと思うのです。それから、若者は感染しても軽症で済むからということで、行動自粛が、我々高齢者に比べると、かなりたかをくくっているような行動で、コロナが蔓延しているにもかかわらず、繁華街で路上飲みをしたりということがある。これは何だろうと思うと、今回の資料のように、行政側としてはこういうことをやったのですと非常によくまとめていただいているのですが、それが国民にちゃんと伝わったか、ここがなぜ伝わらなかったのかというところを十分に検証しなくてはいけないと思うのです。』


 これら構成員の発言を受けて、座長の発言。


『今回のコロナパンデミックは全く新しい経験で、教科書がありません。その中でいろいろな対応をしないといけない。専門家に意見を求めても、専門家も情報がないと判断できない。こういう得体の知れない感染症危機と闘うには、風通しをよくして、アカデミアを動員して知恵を集めないといけないと思います。』


『日本から論文が出なかったのは、多分、データがないのです。だから、専門家といえども書けないわけです。現場の情報を集めて共有する、専門家会議だけではなくて、研究者、国民にも提供して、議論を起こすことは、司令塔をつくる上での条件だと思います。ぜひその点も検証していただければと思います。』


 以後も参加した構成員の、それぞれの立場から問題提起が成され、第一回の会議は終了した。

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