街歩き
偽泥棒
街歩き
何ともなく街を歩いていると、全裸の中年男性が側溝に両足を突っ込みながら「面白い!」を連呼しているのが目に入ったので、私は話しかけた。
「こんにちは」
「こんにちは」
「あなたは何者ですか?」
「私は、ユーモアです」
ユーモアではなかったので、私は訂正した。
「いいえ、あなたは羞恥心です」
「分かりました。私は羞恥心です」
男が納得したのを見て、私はまた街歩きに戻った。しばらくは背後から「恥ずかしい!」と大声で連呼するのが聞こえたが、やがて聞こえなくなった。
また、歩く。すると、大きなピアスを空けた耳の上に桃色の髪が乗っかった今風の青年が目に入った。私はまた質問する。
「あなたは何者ですか?」
「私は、性欲です」
性欲ではなかったので、私は訂正した。
「いいえ、あなたは思い出です」
「どこが思い出なのですか?」
「いずれ分かります」
「分かりました。私は思い出です」
青年が納得したのを尻目に、私はまた街歩きに戻った。しばらくは背後から子供のものだろうか、何者かの泣き声が聞こえてきたが、やがて聞こえなくなった。
また、歩く。すると、前髪の異常に長い、眼鏡をかけた陰気な女性が目に入った。背負っているリュックには、何かのキャラクターの缶バッチが光に集まる蛾のようにひしめいている。私は質問した。
「あなたは何者ですか?」
「私は、焦燥です」
焦燥ではなかったので、私は訂正した。
「いいえ、あなたは楽観です」
「いえ、私は楽観ではありません」
「口答えをしないでください。あなたは楽観です」
「分かりました。私は楽観です」
私はその女の両頰を二回ほどずつ張ってから、街歩きに戻った。背後から何か声が聞こえた気がするが、意識を向けていなかったのでよく分からなかった。
また、歩く。すると、犬のフンが目に入ったので私は質問した。
「あなたは何者ですか?」
「私は、人生です」
「はい。あなたは人生です」
「分かりました。私は人生です」
私は街歩きに戻った。背後からは何も聞こえなかった。フンは喋らない。
また、歩く。すると、一冊の小説が目に入ったので私は質問した。
「あなたは何者ですか?」
「あなたは、何者だと思いますか?」
「私が、質問をしています」
「私も、質問をしています」
「正直なところ、あなたのことは分かりません」
「分かりました。では、あなたは何者ですか?」
「私は旅人です」
「本当に?」
「はい」
「本当の本当に?」
「自信がなくなってきました」
「では、あなたは旅人ではありません」
「分かりました。私は旅人ではありません。しかし、私は一体何者ですか」
「あなたは何者でしょうか」
「分かりません」
「何者でもないのでは?」
「そんなはずはありません。私は何者かではあります」
「では、なぜあなたは自分を定義できないのですか?」
「分かりません」
「では、あなたは何者でもありません」
「分かりません」
「分かりなさい。あなたは何者でもありません」
「分かりません」
私は小説を破壊した。乱雑に踏みつけ、すべてのページを破り、最後に食べた。不味い。それはおそらく小説ではなかった。本当のことなど一つも書かれていなかった。私は不機嫌なまま、街歩きに戻った。
また、歩く。すると、空を眺める老人が目に入った。私は質問した。
「あなたは何者ですか?」
「その質問に答える意味はありません」
「そんなはずはありません。あなたは何者ですか?」
「その質問に答える意味はありません」
「なぜ私の質問に答える意味がないのですか?」
「私は街であり、街を歩くあなたも街です。そこに区別はありません。ここにあるのは街だけです。自分同士で会話することはできません」
「しかし、私はあなたと会話しています。あなたは街ではないか、私は街ではありません」
「いいえ。あなたも私も街であることは変わりません」
「意味が分かりません」
「いずれ分かります」
「いずれ分かるものは思い出です。私は思い出ではありません」
「いいえ、あなたは思い出でもあります」
「旅人でも?」
「旅人でも」
「ユーモアでも、焦燥でも、人生でも?」
「ユーモアでも、焦燥でも、人生でも」
「分かりました。私は思い出であり、ユーモアであり、焦燥であり、人生であり、街です」
「いいえ、今のあなたで分かることができません。いずれとは今のことではありません」
「難しいです」
「それで合っています」
私は街歩きを止めた。もう二度と再開することもないだろう。
街歩き 偽泥棒 @fakethief
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