第45話 ウォーカー隊の戦いから、次へ

 行き詰っていたのは、前よりも後ろ。

 王国軍の前方にいたノインたちよりも、後方のアスターネたちの方が大混乱に陥っていた。

 逃げるべきなのは分かっている。

 でもその方向にも敵がいて、立ち止まるしかなかった。 

 ウォーカー隊流の独特なリズムでの戦いによって、王国軍には対処の方法がなくて、苦しんでいたのだ。


 「こ、これは・・・」


 マサムネとの死闘を繰り広げているアスターネ。

 背中や顔には汗が噴き出ていた。

 相手の強さ。軍の混乱状態。双方から来る焦りのせいだった。

 判断を早くするために、ざっと倒されている味方の数を数える。

 二千以上は軽く撃破されているのが見えた。

 指示を出したくても相手の攻撃に切れ間が無い。


 「まずい。これはどうやって引けば・・・」

 

 悩んでいた所。

 アスターネの耳に入ったのがマサムネの謎の指令だった。

 

 「ほらよ。みんな、この信号弾で理解しな」


 もう一度黒い光が、空に向かって撃ちあがる。

 すると攻撃してきた敵の兵士たちが一斉に散り散りになり、その場から消えていく。

 優勢だったのに、なぜ!?

 迷ってもアスターネは決断した。


 「に、逃げるなら・・今なのかしら」


 彼女は、先程までいた見晴らしの良い場所まで戻ることにした。


 その頃。

 動き始めた味方後方によって、ノインの方面も退却を決断した。

 矢の嵐が収まりつつあって、逃げるのも楽になる。


 ◇


 「はぁはぁ。なぜ消えたの? 相手の考えがわからない・・・ん!?」


 先頭を走る後方軍の様子がおかしい。

 走る勢いに陰りが出ていた。

 それと同時に、ノイン側も逃げる方向の脇の異変に気付いた。


 「なに!? どこにいた!? さっきまではいなかったぞ。なぜ横から敵が??」


 王国軍の後方から中盤。 

 そこに帝国軍が左右の木々から出現した。

 逃げている最中に、横から殴られるのは厳しい。

 守りを固めたくても、逃げる事を優先しているために、左右を守れない。

 だから、足を止めずに、反撃もせずに、ただただ逃げるしかなかった。

 王国軍の退却はグダグダなものに変わっていった。

 それは、ウォーカー隊流の出入りの激しい戦闘によって、引き起こされた現象だった。


 逃げていく王国軍を待ち伏せているウォーカー隊は、至る所に配置されている。

 部隊が細かく分けられていて、敵から見つかりにくい場所に潜伏していたのだ。

 今は、兵千で敵の横っ腹を叩いていて、次の場所にも兵士たちが控えている。


 ミシェルの軍とヒザルスの軍は合わせて三万五千で、敵軍の数は四万である。

 だが、この戦いをしているのは、その中にいたウォーカー隊一万と、狩人部隊が五千。

 残りは裏の山に待機してもらって、もしもの場合に備えていた。

 それはこのウォーカー隊の高速戦闘について来れないと判断したための温存でもあった。

 

 だからこの戦い。

 一万五千が四万と戦っている戦いである。

 各地に配置されたウォーカー隊流の配置型の罠が発動していたのだ。


 作戦は至ってシンプル。

 ミシェルが一万を指揮して相手にちょっかいをかける。

 そこから皆をバラバラに退却させて、ミシェルだけが四千の兵を率いて逃げる事で、敵の注意を引いておびき寄せる。

 その時に、残りの六千が散り散りになって、敵の進軍していった道の脇で待機。

 ミシェルが目標地点に到着すると、五千の狩人部隊で初撃を加えて、敵を足止め。

 それと同時に、裏からマサムネの影部隊が強襲。

 そしてある程度混乱させると、王国軍のこの場から立ち去りたい気持ちを利用して、退却させる。

 それで、先程の一番最初の六千の兵たちが、逃げている敵の横を殴り続ける作戦だった。


 王国の四万の軍も、この戦い方は想像できなかった。

 相手が正規軍の戦い方をしてくれたら、彼らだって混乱せずに対処が出来ただろう。

 しかし相手は元賊でもある者たち。普通の軍の手段では対抗できない。

 彼らの荒々しい戦闘スタイルが、この戦場を支配した。

 ノインとアスターネは、各地から突然現れるウォーカー隊にちょくちょく攻撃を受けてしまい、元にいた場所に戻る頃には兵士を一万も減らす羽目になった。



 無事に戻れた二人は、会議を開く。


 「・・・うちら、こんなにも簡単に、罠に嵌ってしまったのね」

 「そうだな。俺が追いかけてしまったのがまずかった。俺のミスだ。すまない。アスターネ」 

 「いいえ。うちも罠の存在を偉そうに言っていたわ・・・あれが罠じゃない事が罠だったのね」

 「そうみたいだ。俺たちの視線を上にばかりに向ける。それが、ここを空にした目的だったみたいだ。実際の狙いは、誘き寄せからの待ち伏せか・・・奴らの方が一枚上手だったな」


 ノインは先程までいた道を見た。


 今いるここが戦うには一番良い場所。 

 しかしそこを捨ててまで、思いもよらないだろう攻撃を仕掛けることが帝国軍の目的で、本当の狙いは山全体をフル活用することだった。

 ゲリラ戦法と、待ち伏せが合わさったような戦い方。

 王国軍は、この場所に戻って来れたことが奇跡だと感じる。

 敵の数がもう少し多ければ、確実にこちらの軍が消滅していただろう。

 それほどの攻撃であった。


 「ふぅ。どうするべきか・・・そうだな・・・ここに兵を置いて、固めるか」

 「賛成だわ。ここを固めた方がいいかもね。ひとまず防御に徹しましょう」

 「そうだな。それとネアル。違うな。本陣は今ヒスバーンがいるのか。あそこに連絡を入れよう。援軍も持って来てもらった方が良いかもしれないからな」

 「ええ。そうしましょう。ここからなら、南側の連絡は簡単にできるはずよ。うち、やっておくわ」

 「ああ。頼んだ」

 

 王国軍は、ガイナル東の要所で防御を固めることを決めた。

 現在は昼過ぎ。

 夜までには完璧な布陣を作り込んで、敵の攻撃を防ぐ。

 そしてこの情報を本陣に伝えようと伝令兵が移動を開始した。

 

 ◇


 王国の連携は順調とはならなかった。

 それは、この行動を取ると、予測していた人物がいた。

 マサムネである。

 

 敵への攻撃を中断した瞬間から、マサムネは影部隊と共に敵の連絡路を先回りしていた。

 それは、東の要所と、ガイナル山脈中央南の要所の間の山の中で、敵が通るであろう道を最初から地図で把握していたのだ。

 マサムネの得意分野に、地図がある。

 彼のもう一つの顔である冒険家という面が、その得意分野を伸ばすきっかけとなっていたのだ。

 ガイナル山脈の地形であれば、頭に入っている。

 だから、どこを通れば最短距離で本陣に帰れる道かを理解しているのだ。


 「やっぱりな。俺の想像通りだ。モモ」

 「はい!」

 「あれ、三人だけか?」

 「うん。そうみたいだよ」 

 「そうか。なら、捕まえるぞ。連絡を遮断して、連携させない! とにかく俺たちの役目は、防波堤なんだ。ラーゼへの侵攻。またはハスラへの攻撃もさせない。あいつらは、あそこで釘付けにしておけばいいんだ。そうすりゃ、他の戦場で片が付くはず」 

 「はい」

 「やるぞ」


 マサムネとモモ。

 それと複数の影部隊で、敵の伝令兵を狩る。

 殺すのではなく、捕虜として捕まえる。

 殺してしまえば足がつきやすくなって、敵がこの状況に気付くのが早くなる恐れがあったからだ。

 敵がガイナル山脈の詳しい情報を知るにしても、出来るだけ遅くなってほしい。

 マサムネの考えは遅延行為である。


 ◇


 マサムネが伝令兵を捕まえている頃。

 王国軍が布陣している場所を眺められる山頂から、ミシェルとリアリスの二人は敵を見つめていた。


 「マサムネ様の言う通りの展開・・・これは防御陣ですね」

 「うん。そうだね。でもこれは鉄壁だよね」

 「そうですね。これは簡単に崩せないですね」


 敵の陣営を上から見ると分かる。

 人の配置を整えて、その場を鉄壁の陣形に作り替えようとしている。


 「ミシェル。さっきみたいな襲撃。次もするのかな」

 「いいえ。しないと思いますよ。あれはマサムネ様がいて、出来る戦略ですし。それにあそこに敵が閉じこもった場合は難しい。なので、別な戦略を立てねばなりません。マサムネ様が戻られたら、話し合いをするしかありませんね。どうするかはそこで決めましょう」

 「じゃあ、あたしの狩人部隊で見張りをするね。裏で休んでてよ」

 「わかりました。お言葉に甘えます。リアリスも適度に休憩をお願いします」

 「うん。わかってる。まかせて」

 「はい。お願いします」


 リアリスはそのまま山頂からの監視を続ける。

 敵は、予想通りの守備に重きを置いた行動を取っていた。


 ◇


 そして・・・この日の戦い。

 ここからが本番である。


 帝国歴531年5月20日2時過ぎ。

 ガイナル山脈中央南の要所から、ネアル軍がゆっくり進軍を開始して、山を下り、もう一つの山を登って、敵がいるであろう山裾に向かっている途中。

 中腹に入って見晴らしの良い場所で立ち止まった。

 そこは、以前王国軍が補給拠点を置いた場所。

 ハスラ防衛戦争時にサブロウが攻め込んだ場所である。


 「いた。あれがゼファー軍だな」


 ネアルが下を覗き込むと、平地の部分にゼファーがいた。

 槍を地面に突き刺して、こちらを見上げていた。


 「姿が小さいはずなのにな・・・・なんだか、ゼファーだけが大きく見えるな。なんたる風格を持っているんだ。戦場に出ていると凄まじい気を放っている」


 あの時のゼファーは、相手を威圧するような闘気を出していなかった。

 王就任の時は、普通の人間のような気配だったのだ。


 「ですが、数はそれほどでもないのでは?」

 「ああ、そうだなブルー」


 数を数えると、三万五千ほど。

 こちらの軍が四万であり、予備には要所に置いた二万がいるので、合計すれば六万の兵である。頂上に伝令兵を置いて置けば、後で援軍を呼ぶことが出来るので優位な状態。

 しかも上を取ったので、こちらが勝ちにいける布陣だった。


 「奴との決戦になるか・・・フュン・メイダルフィア。クリス・サイモン。ミランダ・ウォーカー。私の楽しみがこの戦場にいないのであればな。彼こそが、この戦場での私の最大の楽しみとなり、最大の敵だ。さあ、貴殿は私を満足させる強敵となりうるのか。楽しみであるぞ、ゼファー・ヒューゼン! ハハハハ」

 

 嬉しそうに笑うネアルの脇でブルーはため息をついて頭を抱えた。

 いい加減、これは戦争なのだから。

 新しいおもちゃを手に入れたみたいな、子供のような顔をしないでほしいと思った。


 「よし。では、宣言から始めよう! 宣戦布告といこう」


 ネアルは大きく息を吸い込んだ・・・。

 英雄同士の戦いはここから始まる。

 

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