第297話 予定通りのタダ働き

 ノーシッドの北にある林。

 その東側に布陣しているのがファールス家。


 「貴様らは、後方配置だ。我ら正規兵が戦う」


 ファールス家に従軍したウォーカー隊は、戦闘開幕前に宣言された。


 「しかし、俺たち傭兵は何のために・・・」

 

 どこかの若者は食らいついたが、それは意味がない。

 そんなことも分からないから、彼は若い。

 と思うミランダはあくびをしていた。


 「ふぁ。あいつ、若いな」

 「お前なぁ、それはお前にだけは、言われたくねえだろ」

 

 ザイオンが指摘した。

 

 「そうか。でもあいつ若いだろ。青二才だ。お偉い奴の言う事を正義感や正論で変えられると思っている。んなもん無理だ」

 「まあな。だから若いんだろ」

 「そうさ。でも一つ。そんな状況を変えられる方法がある」

 「ミラ、どんな方法だよ?」

 

 エリナが聞いた。


 「そりゃ、あいつよりも偉くなる事さ。だから立場と地位、名声が必須なのさ」

 「あいつよりもってことは、豪族にでもなればいいのか?」

 

 ザンカが聞いた。


 「そうだな。でも豪族はむずいぞ。商人か農民で裕福になってからだからな! あれになるには、なかなか難しいよな。意外と一番難しい立場だな。農業とか商業ってさ。大変だよな。貴族と違って世襲したって苦しいしな」

 「じゃあ方法がねえじゃんか」


 エリナがまた聞いた。


 「だからよ。一個だけ楽な方法があるんだよ」

 「そいつはあれぞ。貴族をぶっ倒して、自分がその地位に入るのぞな。なあ、ミラ」


 サブロウが影から出現してきた。

 ミランダの後ろに立つ。


 「おうよ。サブロウ。当たりだ。それにここにも来てくれたか」

 「ああ、影に入って、ミラに情報を入れればいいのぞ?」

 「そうだ。あっちにも配置しているだろ?」

 「あっちはシゲマサを入れ込んでいるのぞ」

 「サンキュ。相手の動きとかを教えてくれ。まあ、あたしらはあんまり戦闘しないだろうけどな」

 「おうぞ。まかせとけぞ」


 サブロウは再び影に消えた。

 戦闘に置いて一番重要な事が情報収集である。

 戦うべき時か否か。

 戦場の流れすらも読めるのである。

 ウォーカー隊の最大の強みはこのサブロウ率いる影の部隊がいた事である。


 「ミラ、どうすればいいんだ。俺が指示を出せばいいのか」

 「ああ。基本形は全てザンカに任せる。ただ、戦場が変化したらあたしが指示を出す」

 「わかった」

 「お! 始まるらしいぞ」


 空に向かって花火が撃ちあがった。

 戦闘開始の合図だ。

 

 ファールス家とハルナン家の戦いは、宣言戦争と呼ばれる戦いで、ヴァーザックらがサンデー家とストロー家に対して行わせたものとほぼ同義である。

 互いがどの日に、どの時間帯で、どの場所で戦争をするのかを、事前に協議で決めて行う戦争の事だ。

 正々堂々と戦い、相手を打ち負かしたら相手の権利を奪える。

 だから、あらかじめ戦争前に条件も出している場合が多い。

 今回は、謝罪と家のお取り潰しである。


 これらが豪族や貴族らの基本の考え方であった。

 だからこそ、ミランダはこの考えが嫌いである。


 「馬鹿だよな。戦争って急に始まるのによ。ちょっと待ってくれなんてものはないのさ。ドンと始まったらどうするんだ。そんな普通の戦争が起きたらどうするんだ? 王国との戦争はそういう普通の戦争だぞ。もし王国が来たら、こいつら役立たずじゃねえのか」


 貴族らのアホさ加減が気に食わないのだ。



 ◇


 「前進だ」


 ファールス家の将が前進を指示。

 全体が西へと進んでいった。


 歩きながら会話が進む。


 「アホだな」

 「ミラ、どうした?」

 

 ザイオンが聞いた。


 「林が戦場。敵は西から。あたしらは東から。これが宣言戦争で決まった事だ。ということは、その他は決まっていない。なのに・・・・。ここの続きがどういう事か分かるか。ザイオン」

 「そうだな。別に真正面から戦わなくてもいいってことか」


 ザイオンは武闘派だが、別に頭が足りないわけではない。

 戦いが基準で物事を考えているが、別に全部正直に戦えばいいっと思っているわけではない。


 「その通り。別に西に向かって素直に敵と遭遇する必要がないのよ。ザンカ。お前ならどう考える」

 「俺なら、待ち伏せがいいな。どうせ向こうから来るのが分かっているなら、良い配置で戦闘できる所で戦いたい」

 

 ザンカはシンプルに答えた。

 

 「うん。それも正しい。ザンカもいいぜ。さすがだ」

 「も? という事は、ミラ。お前は違うのか」

 「そうだな。あたしだったら、ウォーカー隊だけで、あいつらに勝つことが出来る。こんなに人がいらねえ」


 二千の傭兵に、千の正規兵。

 合計三千の兵が進軍している状態で、ミランダは五百の自分たちで勝てると豪語した。

 敵もこちらの兵数と同じ三千の兵なのだが、それでも自分が勝つと思っている。


 「あたしなら、隠れる。とにかく、ここらの隠れられる場所を調べて、敵をピンポイントで消していく。少しずつ狩っていくのさ」

 「それは戦争じゃないのではないか?」

 「ん? どういうことさ?」

 「いや、隠れて戦うなど・・・なぁ。騎士道には・・・」

 「ザンカ。いいか。お前はもう騎士じゃない。戦士だ!」

 「なに?」

 「ザンカ。生き方に正々堂々があっても、戦いに正々堂々はない。勝てばいい。何があっても勝てばいい。これはお遊びじゃない。生死を懸けている戦いならば、なおさら、生き残るためにどんな手を使っても良いのさ。だから勝つ方法はより勝率の高いものを選ぶ、そして仲間が一人でも多く生き残る道を探るのさ。ザンカ。いいか。一番大切なのは仲間の命だ。勝利よりも命。次にともに戦う仲間が一人でも多くいれば、また戦えるからな。それに勝ちってのは、最後に立ってる奴が勝ちでいいんだ」


 ミランダの辿り着いた答えは生きる事。

 これが勝ちである。

 自分の両親は敗北者だ。それはこの生きることが出来なかったからだ。

 何も残さずに無残に死んだ。

 意味の無い死であったと彼女は両親のことをそう評価している。


 「なるほど・・・勉強になるな。その戦い方は習ってなかった」

 「ああ。これは覚えておいてくれよ。ザンカ。そして、みんなもだ。あたしらは一心同体の仲間だ。この糞みたいな世の中で、唯一の身分の関係のない軍。それがウォーカー隊だ。貴族も平民もスラムも騎士も義賊も。んなもん。関係ない。あたしらはウォーカー隊という仲間である。という自負を持ってくれ。あたしらは絆でこの世を渡り歩くのよ。いいか。みんな!」

 「「「おお」」」


 傭兵集団ウォーカー隊はこの太い絆があったことで、帝国の軍隊よりも強かったのである。

 優秀な将。素晴らしい作戦。固い絆。

 この三つの柱とミランダという大黒柱のおかげで、帝国でも最強クラスに位置することになる。



 ◇


 戦いが始まる直前の指示で、ファールスの正規軍は、傭兵らを信じず、自分たちだけで戦いを始めた。

 馬鹿だなと。 

 ウォーカー隊の面子が戦いの行方を見守ろうとすると、あっちも同じ考えだったのだ。

 だから、初回の激突は、豪族の正規軍同士の戦いとなった。

 あれだけ傭兵を雇ったのに、まずは面子を大事にする貴族っぽい戦い方をしたのだ。


 「だからアホなんだよ。これだったら平地でやれ。なんでわざわざ林の中で戦うのさ?」 

 「おいミラ。見えてんのか? どうなってる」

 「そりゃあな。お前に乗ってんだ。見えてるぞ。あいつらはアホだ」


 ミランダはザイオンの右肩に乗って、双眼鏡で戦場を覗いていた。

 木々が邪魔な部分もあるが、両軍の戦いは見えている。


 「ミラぞ。あっちは引くらしいぞ」


 サブロウが影から出現した。


 「ん? 引くだと?」

 「ああ。シゲマサから向こうの指示を聞いた」 

 「そうか。了解。こっちも撤退の準備すっか」

 「じゃあ、俺は偵察に戻るぞ」

 「おう。サブロウ、無理すんなよ。こいつら馬鹿だからな。気張る必要もない」

 「了解ぞ」


 サブロウはまた影となり偵察活動に戻った。


 「サブロウって奴はすげえな」

 

 ザイオンが聞いた。


 「ああ。そうだろ。あたしの目に狂いはないのよ。仲間になってくれたら助かるんだがな」

 「仲間じゃないのか?」 

 「まだな。正式には仲間じゃなくて、手を組んでいる状態だ」

 「そうか。でも欲しい人材だろ?」

 「そうだぜ。偵察。これは戦いにおいて非常に重要だ。しかもサブロウは細かく相手の情報を拾える。欲しいぜ」

 「そうだな。仲間になってくれたらいいな」

 「ああ」


 ミランダはそのままザイオンの肩に乗ったまま、味方の指示を聞いて撤退を開始した。



 ◇


 会議が始まった。

 豪族の軍団長が話す。


 「次、お前らにも戦ってもらう」

 「なぜ、先程の戦いは参加させてもらえなかったんですか」


 一人の青年が質問をする。


 「それは当然。我々の力を示すためだ」

 『示せてねえじゃん』


 ミランダが思う事だが、これは傭兵団たちも思っている。


 「しかし、私たちがいれば」

 「黙っていろ。傭兵風情が・・・貴様らは数合わせなんだ。大した実力もないくせに、口を挟むな」

 『じゃあ、力を借りるなよ』


 これもミランダが思っているが、傭兵団も思い始めた。


 「それじゃあ、おっさん。あんたは、どんな戦いに巻き込む気なんだ?」


 ミランダが前に出て聞いた。

 軍団長の目の前に少女が登場する。


 「なんだ。この小娘は」

 

 ミランダを見て睨む。


 「こいつがウォーカー隊という団長です」

 「は!? 子供だぞ」

 「はい。しかし、こいつの後ろには屈強な兵が、五百もいるのです」

 「そ、そうなのか」


 交渉をした男と、団長がミランダの前で話し合う。

 聞こえない声で話しているつもりだろうが、ミランダには聞こえていた。


 「んで、どんな作戦であんたはあれと戦うんだ?」

 「それは、貴様らが前面に出て、私たちが側面から攻撃だ」

 「ほう。じゃあ側面を取る方法は!」

 「側面を取る方法だと?」

 「そうだ。この場合、この戦場では相手の側面を取る方法は少ししかない。それに難しい。あんたはそれをどうやってこなすのよ」

 「それは、お前たちが正面で戦えば・・・いずれ横が取れる」

 「却下だ。そんな方法では側面は取れない。他は?」


 ミランダの方が指揮官のような口ぶりであった。


 「なに? 貴様、何を偉そうに」

 「あたしは、採用の時に、そっちに条件を加えている。あたしの納得のいく答えがない場合。このままウォーカー隊は戦闘不参加とする。ここから離脱する!」

 「な、そんなことは許さんぞ」

 「許すも許さんも、隣のおっさんに聞け。ほれ。そっちのおっさんの指紋付きの血判だ」


 ミランダは紙を渡さずに、軍団長に見せた。


 「なに。くっ。契約書がなぜ・・・」

 「あんたら面子が大事だろ。約束破りは豪族としての信用を失うぞ。あたしらは別に傭兵だからいいけどよ。いいのか。ファールスの軍は、契約の際の約束を破るらしいって噂が流れてもよ。信用度ゼロだ。この先傭兵は集まらんだろうな」

 「・・・では、作戦はどうすればいいのだ。貴様が納得する策とは」

 「あたしは、お前らが正面。そんで負ける振りをしろ」

 「なに?」

 「お前らが囮になり、ある地点まで誘寄せる。そこからあたしら傭兵が後ろと横から包囲して殲滅する。これで終わりだ」

 「そんな騎士道に反する姑息な事。誰が出来るか」

 「じゃあ、勝てなくてもいいんだな。その程度の覚悟か」


 ミランダは、ファールス軍の程度を見極める。

 だから切り返して質問をする。


 「一つ聞こう」

 「なんだ」

 「お前ら、この先。この戦いだけが、お前たちの戦いだと思っているのか」

 「どういう意味だ」

 「あんたらは、目の前の相手だけが敵だと思っているのかって聞いてんだ」

 「???」

 「そうか。わかったぜ」

 

 ミランダは背を向けた。

 仲間の元に戻ろうとする。


 「あたしらはここで去る。あんたらとの契約はここまでだ。この先の戦い、頑張んな。じゃあな」

 「貴様ぁ。帰らせるか。傭兵たちと共に戦え! 金は払ったのだ」

 「前借分は来てやったぜ!」

 「なんだと貴様。何もしてないぞ」

 「はぁ。ここの傭兵たちも可哀想だ。こんなアホについて行かないといけないなんてな。いいかみんな。命を大切にしな。こんな奴らを守る必要もねえぞ。危なくなったら逃げなよ」

 「貴様。言わせておけば」


 ミランダの背に向けて、軍団長が剣を伸ばす。

 しかしそれを察知しているのが彼女である。

 振り向かずに、背にある長刀を少しだけ引き抜いて、相手の剣を受け止めた。


 「あんた程度の腕前じゃ、あたしには勝てねえぞ」

 「な。なに!?」

 「覚えておけ。この天才ミランダ・ウォーカーは戦っても強いのよ。頭だけじゃないのさ。生きていたら、また会おうぜ。さいなら~」


 ミランダはそこから移動して、有象無象のファールス正規兵を抜けて、隊に声を掛ける。


 「帰るぞ! 野郎ども」

 「「「おおお」」」

 

 ウォーカー隊は総隊長の言葉を信じて、戦場を後にした。


 ◇

 

 帰り道。

 影からサブロウが出現。


 「ミラぞ。結果、お前の予想通りの展開ぞな」

 「そうだな。サブロウ、偵察はいらねえから、シゲマサに・・じゃないな。あいつは真面目だからしっかり仕事をしちまうからな。マサムネに、勝敗の行方だけ観察させておけ。どっちが勝ったとかの漠然とした奴でいい」

 「了解ぞ。じゃあ、あいつ以外は引かせるぞ」

 「ああ。サブロウも休んでくれ。初めて戦場を偵察したからさ。疲れたと思う。だからゆっくり休んでくれ」

 「おうぞ」


 サブロウは再び影に消えた。

 

 「ミラ。あたいらはどうすんだ」

 「ああ、ここからはあたしにまかせて休んどけ。この都市は罠にかかってるからな。こっからが大混乱よ」


 ミランダは不敵に笑いながら、ノーシッドに帰っていったのだった。


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