第281話 新たな帝国には、この者たちが必要 ⑨

 フュンたちがいる家の前。

 

 「お袋。いたっ」

 「ほれ。ササッと歩け」


 ミレンが息子の腰辺りを叩いた。


 「ミレンさん。シレンはさっきまで重い荷物を持っていたので疲れているんです。無理させないであげて」


 そのミレンの隣にいる女性が、先程のシレンを労いながら反論してくれた。


 「ユリちゃん。お前はこいつに甘いよ。こいつね。甘ちゃんだからね。甘やかしたら駄目になるのよ」

 「ミレンさんが厳しすぎるんです。自分の息子にだけですよ。こんなに厳しいの」

 「そりゃな。こいつが悪いんだ」


 という声が外から聞こえてくると、玄関の扉が開く。

 入って来たと同時にミレンがフュンの前にまで案内した。


 「ほれ。この人に挨拶せい。シレン。ユリちゃんもね」

 「はい。えっと。母さん、この優しそうな人だよな。シレンです。どうも。よろしくお願いします」

 「私はユリアナです。お邪魔します」


 素朴な男女。

 ザ・村人!

 というイメージが色濃く出た二人が来た。

 麦わら帽子が良く似合う。

 二人とも帽子を脱いで挨拶をした。


 「僕はフュン・メイダルフィアと申します。シレンさんと、ユリアナさんですね。よろしくお願いします」

 

 座っていたフュンが、わざわざ立ち上がってまで挨拶をした。

 その事に、二人が驚く。

 村人でも、ここまで丁寧な人はいないからである。


 「フュン・メイダルフィア・・・なんだか・・・聞いたことあるな・・・」


 シレンが思い出そうと悩んでいると。


 「・・・ま、まさか・・・え!? そんなのって・・・本物」


 ユリアナの顔がワナワナと震えている。

 正体に気付いていた。


 「ん? どうした。ユリ?」

 「シレン・・・この人、私の間違いじゃなければ、帝国の大元帥じゃないかな・・・」

 「は!?」


 シレンはユリアナの言葉に驚いてから、フュンを見る。

 微笑んでいる青年は、普通の村人よりも少しいいくらいの立場の人にしか見えない。

 村の役人くらいの人物に見えるのだ。


 「この間。村に連絡が来てさ・・・そこに書いてあった気がする・・・フュン・メイダルフィアって人が・・・大元帥に就任したって」

 「じゃ、じゃあ。ほ。本物ですか? あなた様が大元帥!?」


 シレンが聞くと。


 「ええ。そうらしいです。僕には過分な役職なんですけどね」

 「フュン様! 駄目ですよ。あなたは大元帥です」

 「そうですよ。フュンさん、あなたが否定しても皆が許しませんよ」

 「え。やっぱりそうなんですか。ハハハハ」


 リナとマルクスは、困った方だと困惑する様子で、シレンは本物が目の前にいるのだと思った。


 「・・・マジかよ。こんなに優しそうな人がなるのかよ。そんなすげえ役職にさ」


 シレンの偏見で、帝国の偉い人間はもっといかつい顔をした人か、もっと厭らしい顔をした屑みたいな奴かと思っていたのだ。

 それが蓋を開けてみれば自分たちとそんなに変わらない青年が来たもんだから戸惑いが溢れていた。

 どこからどう見ても、ただの好青年にしか見えない。


 「・・・なぜ私たちの母と帝国の大元帥様が一緒に???」

 

 ユリアナが聞くと、フュンは嫌な顔一つせずに答えてくれる。

 相手の緊張感を取ろうと笑顔を崩さない。


 「ええ。それはですね。あなたたちのお母様たちに、帝国の大臣にならないかと打診しに来たのです」

 「「だ、大臣!?!?」」


 まさか自分の母親が大臣になる。

 二人の想像外の答えに驚くしか出来ない。

 

 「でも断られちゃいました。残念ですね」

 「え? 断った!? お袋。なんでだよ」

 「あたしらはもう無理よ。小さな村なら出来るけどさ。あんなに大きな帝国を支えるには歳さ」

 「でも、大元帥様が・・・言っているのに」


 ユリアナがぽつりと呟いた後に、続けて母に聞く。


 「お母さん。なんで?」

 「うちも無理さ。時代はうちらの時代じゃない。もう次の世代さ」

 「でも、大元帥様が直々にこちらに・・・」


 ユリアナが困った顔で、フュンを見ると、彼はまだ微笑んでいた。

 いつでも笑顔な人なんだと、ユリアナはホッとした表情に変わった。


 「そこでですね。あなたたちが、僕の所に来てくれないかと思いましてね。どうでしょう。一度帝都で働いてみませんか?」

 「え。俺たちが」

 「でも私たちは村人で・・・それはさすがに帝都なんて・・・無理では」

 「はい。でもあなたたちは村の事をやっているようですし。それの大きなバージョンだと思ってもらえればいいんですよね。それに最初は研修生のように、このリナ様とマルクスさんの下で働いてもらって、実力次第で役職を与えますから、安心して」

 「で、でも・・・さすがに」

 「俺はやってみたいです。いいんですか。俺でも」

 

 答えを出すのにためらうユリアナに対して、シレンは即返答してくれた。


 「はい。お願いしたいですね。一人でも優秀な人が欲しい。それが今の帝国です」

 「なら、俺は自分を試してみたい。小さな村じゃなくて、ここから羽ばたけるなら。チャンスがあるなら。やってみたいです」

 「ええ。いい心構えだ。大丈夫。僕も支援しますからね。不安があってもカバーします。相談してください」

 「はい。よろしくお願いします」


 フュンは幼い頃の自分と、彼を重ねていた。

 小さな国から大きな国へ行ったあの頃と、小さな村から大きな帝都に行くことは、ほぼ同じ事。

 恐怖心もあるけど、それ以上に期待。

 自分にこれから何が起こるのだろうとワクワクするような気持ちが止められないのだ。


 「それでは、ユリアナさんはどうしますか」

 「・・・私は・・・」

 「ユリ、行ってこい」

 「お母さん?」

 「うちは、フュン殿を信用している。それと今は生意気具合が消えたリナ様もだ。だからお前はあっちに行っても大丈夫だ。二人がサポートしてくれる。お前はうちが育てた子だからな。大丈夫。きっと出来る。頑張れ」

 「お母さん・・・うん・・・頑張ってみる」


 応援された娘は帝都で働くことを決意した。


 「フュン様、私もよろしくお願いします」

 「ええ。ユリアナさんもこれからよろしくお願いしますね」


 返事をしたフュンは二人に大事なことを言う。


 「それと二人ともいいですか。働く時にですね。自分は村人だから。この言葉を頭から消してください」

 「「???」」

 「あなたたちはあちらに行ったら、ミラークの村人じゃありません。一人のシレンとユリアナになります。それと大切なことは、村人だという身分。こちらも関係ありません。今の帝国の採用方式はですね。貴族中心でありませんので、働いている者の身分はごちゃごちゃになっています。実力で評価される仕組みに変わっていますので、それが言い訳になりませんのでね。いいですか」


 フュンが、村人という言葉を消せと言ったのは、実力世界に入るのだという事と、村人だから出来ないと言わせないためであった。

 村人だからそんなこと知らないとか、村人だから常識がないとかを言わせないためである。


 そこが意外だと思ったラルアナとミレンの母親組は、フュンを見た。

 ニコニコしている顔の裏に、厳しさを持つ男性。

 それが今度の帝国の柱となる男である。

 この男に任せれば、帝国は違った形になるのだと、確信する。

 ヒストリア、エステロ、ユースウッド。

 その三人の姿が、フュンの背中から見えた気がした。


 「それじゃあ、お二人を連れて行きたいので、今日準備してもらって、明日一緒に帝都に行きましょう」

 「「はい」」


 二人が用意している間。


 「大元帥殿。娘をお願いします」「あたしもです。よろしくお願いします」

 「はい。お任せを。でも出世させても文句は言わないでくださいよ」

 「もちろんですよ」

 

 ラルアナが答えた。


 「ところで大元帥殿。シルヴィア様はお元気ですか」

 

 ミレンが聞いてきた。


 「シルヴィア? はい。元気ですよ」

 「それはよかった。大事にしてあげてください」

 「は、はい。もちろんです」

  

 急にシルヴィアの話が出てきたので、フュンがたじろいだ。


 「彼女はうちらの希望ですからね」

 「そうです。あたしたちの夢が詰まっています」

 「シルヴィアがですか?」

 「そうです。シルヴィア様にです」

 「わかりました。僕にとっても彼女が希望ですからね。任せてください」

 「「お願いします」」


 二人が丁寧に頭を下げてきたので、フュンも頭を下げた。

 なぜか二人はシルヴィアの事を気にしていたのだった。



 ◇


 そこから一か月後。

 マルクスがフュンの執務室にやってきた。


 「フュンさん」

 「はい。どうしました?」

 「彼らは、逸材です。情報を精査して過去も調べました」

 「彼ら? 過去?」

 

 興奮気味のマルクスは、説明足らずであった。


 「あ、すみません。ユリアナとシレンの事です。彼らは内政のプロだ。リナ様の下につけるのも勿体ないかもしれません」

 「え? どういう事です」


 フュンの前に資料が並べられた。

 今までのミラーク村の情報と、その際の彼らの働きぶりを解析した資料である。

 こういう分野が得意なのが、マルクスという男である。

 情報分野におけるスペシャリストであるのだ。

 

 「どれどれ・・・・」


 フュンが分厚い資料を一気読みすると・・・。


 「その通りですね。これは凄い才能だ。彼らの時代に、村の特産物を作ってますね。これは布の織物? それで交易を開拓して、上手く内政までしている。それと・・・」


 フュンは高速で資料に目を通す。


 「ターク家の領土のミラーク。内政の上手くない家でしたから、何も考えない貴族が、余分に取り立てに来てますね。これは五年前からヌロ様があそこに入る前までですか。なるほど。こんな行き当たりばったりだから、ヌロ様の調整を必要としたのですね。まったく、タークはタークで内政が悪いですね」


 ドルフィンはドルフィンで武力が足りない。

 タークはタークで内政が足りない。 

 そしてダーレーはダーレーで、領土が足りない。

 三つの家はそれぞれ協力し合わないといけないことがよく分かる。

 フュンが一つにしなければ、やはり王国に負けるのは必然であった。


 「ふぅ~。それで、彼らは金銭を誤魔化すために、上手い具合に帳簿コントロールと、改竄を行っているんですね。ギリギリで生活しているように見せるんじゃなくて、実はもっと豊かなのに、少しだけ豊かにして、ある程度の増税だけで済ませているのか。これは・・・上手いな・・改竄は良くないが、この取りたての方が良くないですから、ここは不問としましょう。にしてもこれをあの若さでですか。機転が利きますね。僕とマルクスさんとそんなに年齢だって変わりないのに」

 「そうです。ですからあの二人は内政に置いて、この年代では右に出るものはいないかと。計算。考え。その両方が良いと思います。おそらくもう少ししたらリナ様もこちらに来て、推薦してくると思います」

 「・・・わかりました。ポストを用意しましょう。彼らの働きぶりが、すぐにでも目に見えてくるでしょうからね」


 フュンとマルクスは裏で彼らの事を高く評価していた。

 マルクスの査定能力は正確。

 それは子供の頃から、資料と実物の人間を見比べてきた実績があるからだ。

 フュンの事を資料で読んで、実際に出会ってから訂正しているのも彼である。

 

 「それで、彼らはおそらく内向きの仕事で総合的なものがいいかと思います」

 「総合ですか?」

 「はい。内務。総務大臣。これにしましょう。任せる部分を大まかなものにしてしまい。双方が連携を取りやすくしてしまうのです。二人で一つのようにです」

 「なるほど」

 「それをリナ様とヌロ様・・ちがいますね。レイエフさんに補佐してもらいましょう。それで、働かせながら成長してもらい、ここ数年で良い経験をしてもらいましょう。いずれは補佐がいらないくらいにまで成長させましょうか。まあ、そうなれば、大臣として独り立ちさせてもいいでしょうね」

 「・・・わかりました。そのマルクスさんの案を採用します。リナ様が推薦しに来たら、あなたとリナ様で決めていいです。任せます」

 「はい。承知しました」


 マルクスは最後にお辞儀をしてこの部屋から出ていった。

 完全仕事モードの時のマルクスは、誰よりも仕事の出来る男である。


 フュンは出ていった彼を見送った後。

 部屋の窓から外を見た。

 

 「これで帝国は、一新されましたね。古い慣習が消え。古い体制が消え。新しい考えが生まれ。そして、新しき人たちが集まった。これで、帝国は完全に新たな体制になったと言えるでしょう・・・ここからですね。勝負はまだここからだ。人が集まれば勝ち。だったらいいのですけれど、それだけではあの英雄には勝てない。だから努力するのはここからです」


 フュンは先を見据えていた。

 運命の決戦をするためには、いくつかの困難を乗り越えなければならない。

 勝利の為の準備にも努力がいる。

 

 フュンは気を引き締めて、次の世代と共に、新たな帝国を作り上げようとしていた。

 



―――あとがき―――


次回から、このラインとは違う話をします

次回は本筋から話が違うように見えるかもしれません。

ですが、物語の中心になります。

そちらを読むと、本編のとある流れを理解できるようになっている作りです。

過去から現在のように見せた。

未来への繋がりの部分でありますので、次回からのお話をよろしくお願いします。


次回から始まるのは。

ある男の物語と、あるオレンジの女性の物語です。

今まで語られなかった彼女の過去が見えると、本編のとある女性の謎の部分が、解けるかなって思います。


彼女が成長した結果。

師となり育てたのが、ジーク。シルヴィア。フュンです。

それ以外にもたくさんいます。

主な者だけでも、全てが帝国の重要人物となりました。

帝国には欠かせない素晴らしい師匠であります。


そんな彼女が誰に育てられたのか。

そんな彼女がどんな道を歩んだのか。

彼女の生き様が大陸の運命を決めたと、そう考えてもいい。

アーリア戦記では、英雄には数えられないけど、でももう一人の英雄と言ってもいい。

オレンジの女性のお話です。


ちなみに、この小説上では、フュン目線が中心でお話が進んでいるので、彼女は間違いなく英雄の一人として数えられています。

フュンにとっての英雄は、間違いなく彼女であるからですね。


次々回からは、そんな彼女の物語が始まります。

出会えた人達が今の帝国の基礎を作った。

皇帝とその伴侶を育てた女性の物語です。


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