第275話 新たな帝国には、この者たちが必要 ③
14時。
「それでは皆さん。ここから、こちら側とそちら側に別れてください」
フュンが立つ場所から左側と右側に人を分けた。
大体半分くらいの人数で割った形である。
「そしたらですね。一時間後。集団模擬戦闘をします。こちら側が紅組。こちら側が白組です。あとで色分けのバンダナを渡します。それでは以上です」
「「「え!?」」」
条件も何もない宣言に、もれなく全員が驚いた。
「ええ、戦いますよ。時間が来たら教えますので、それまでは自由です。ではまた~」
フュンは質問を受け付けずにどこかへ行った。
◇
戦闘開始まで、各自休憩だと思うのが普通の人間。
相手に勝ちたいと思った人間は、他の者たちと会話をして探りを入れ始めた。
一人では集団戦闘には勝てないからだ。
仲間を増やそうとするデュランダルは、色々な人間を誘っていくが、やはり集まるのは平民クラスの人間だけだった。
貴族の身分を持つ者は、平民とつるむことはない。
それと元貴族たちも同じようなものであった。
フュンたちが貴族改編を実行したために、今までの恩恵のような身分が無くなった者たちがいる。
でも貴族じゃなくなっても、帝国人であるし、それに今も貴族である人間にだって身分が保証されているわけではない。
だからこの試験に参加している者が多いのだ。
でも人間そんなに簡単に割り切れない。
元貴族の者たちも、身分が関係ないと帝国から突きつけられても、彼らは平民よりも位が高いと思ってしまっているし、この試験に参加しているのも、元の地位くらいにまで、自分の権力を強化しようと思っているのだ。
「あんたら。無理か。俺と一緒に戦ってくれればな・・・まあ、いいや。今いる人間たちで戦えればさ。なんとか出来るだろうからな」
デュランダルは交渉が上手かった。
利を諭し、実を取る。
その戦略を仲間になってくれた人間たちに授けたのである。
彼が集めたのは平民出身者で、百の数である。
中々の兵数を手に入れて満足していた。
「頑張ろうぜ。これも勝ち負けじゃないと思うんだ。ここは、集団の強さを見せる事が重要だと思う。模擬戦闘。こうは言わなかった。集団模擬戦闘だって彼が言ったんだ。という事は個々の力じゃないのさ。集団の力を見せつけないといけないのよ。たぶんな」
デュランダルは自分の考えが合っているだろうなと確信していた。
それは今までの試験から来る答えにも近い。
「よし。連携を取るぞ。俺が指示を出す。連携はこんな感じだ」
早々に人を集められたので、デュランダルは皆に戦術を組み込む時間があった。
◇
「次。戦うんだ! やった。何しようかな」
リースレットはここでも暢気だった。
ついに体を動かす時が来たのだと、ワクワクが止まらない模様。
ウキウキしすぎて、体を左右に揺らしていた。
「あなた。この試験の意味を考えなさい。一人では駄目ですよ」
「え?」
「集団。彼はそう言いました」
「戦闘じゃなく?」
「なんで重要部分を聞いてないのですか。集団戦闘! 彼はそう言いました。人の話を聞きなさい」
「は~い」
いつもメイドやリエスタから言われている事を聞くと、さすがにしょんぼりし始めるリースレットである。
「という事は少なくとも小隊クラスの人数が必要です。五十分以内に人を集めましょう」
「はい。わかりました」
二人が協力することは確定であったらしい。
何も言わないでも互いの為に行動を起こしていた。
四十分後。
「人が・・・集まらない。まずいですね。私が集めたのは・・・」
アイスが集めることが出来たのは、たったの六人だった。
交渉下手っというよりも、彼女は人見知りである。
知らない人と会話するまでに勇気がいる人物で、一人一人に話しかけるにも、深呼吸してから話しかけていたので、時間が掛かってしまったのだ。
「アイス様ぁ。どうですか。この人たちが一緒に戦ってくれるってぇ」
相変わらず空に向かって手を振る彼女は、大勢を連れてきた。
彼女の後ろには百五十人の人間がいる。
「な!? なんですか。その人数は!? どうやってそんなに」
「え。あたしが話しかけたんですよ。一緒にやりませんかって、そしたらどんどん人が増えましてね。人の輪って増えるものですよね! 人類は皆。友達なんですよ。ええ。ええ。話せばわかります」
人懐っこいのがリースレットである。
アイスは、ウインクをした彼女の事を初めて尊敬したのであった。
「そ、そうですか。それじゃあ、基本戦術で戦いましょう。私が皆さんに動き方を教えます。この人数で協力すれば、そんなに簡単に負けることなど、ないでしょうからね」
アイスの的確な指示により、一人一人が集団戦闘の戦術を理解していった。
◇
「はじめ!」
クリスの掛け声から始まる戦闘。
こちらの集団は、一万五千対一万五千の大規模な戦いである。
ただし、準備期間が一時間。
全体の司令官を決めていないので、内部でどのように動いても良いのである。
フュンは全体が見える高台で戦場を見渡した。
「フュン。お前、やばいのさ。これは全体が烏合の衆になるだろ。ぐちゃぐちゃになるぞ」
「はい。それが狙いでもあります。僕の試験の意味を理解していない人はそうなります」
「それにこいつら、体力もないだろ。さっきの問題で頭も使ったばかりで、きつい状態なのさ」
「ミラ先生。それも狙いです。両方酷使した状態で戦闘。しかも集団です。戦争三日目あたりの想定ですね」
「そうかよ・・・・試験でやる内容にしちゃ、きついのさ。鬼だな、フュン」
軍師ミランダの指摘通り。
これは通常であれば、ただの一個人同士が戦ってしまう状態なのだ。
そうなると、戦場に規律のきの文字もない戦場となるのだが。
そこがフュンの狙いであり。
そんな人間が、軍でも上に立つ人物になれるなど、ちゃんちゃらおかしい話だと決めつけることが出来るのだ。
だからここで集団で戦わない奴はいらない理論を発動させることが出来る。
「あれは・・・非常に面白い動きをしますね。あそこ、指揮官は誰です」
「あいつは・・・デュランダルだな。ほれ。これが回答用紙だ」
「もう採点してるんですね」
「ああ。重要なのはもうやってる」
カゲロイが答えた。
影部隊と太陽の戦士たちは、各試験で優秀そうな人物をピックアップしていた。
特にマラソン試験の時に影になりながら追跡して、念入りに調べているのである。
だから採点は優秀な人物から終わっているのだ。
「そうですか。どんな方です?」
「えっと身分は、平民だな。ククル出身だ」
「ククルですか。ドルフィン家だ」
「そうだな。平民だから、出世が出来なかったらしいな。上に上げる報告を他の人間たちが握り潰しているみたいだ」
「へぇ。駄目駄目ですね。まあそれもどうせ貴族の連中でしょうね。ああ、そんなことを下の者がするから、ウィルベル様の元に将がいなかったのですね。なるほど。周りの貴族連中も同罪ですね。帝国の足を引っ張るという意味でもナボルと変わらないや」
フュンは辛辣な意見をスラスラ言っていると、次に面白い動きの集団を見つけた。
指揮を取っているのは、空色の髪の女性である。
「あれは! あそこの人は誰です。女性ですね。それともう一人も女性だ」
「ああ。そいつは・・・特徴がこれだな。アイスだな。ジミック家の一人娘だ」
「ジミック? 貴族ですか」
「そうみたいだ。あまり名が通らない家だな。だから弱小だな」
「へえ。立身出世のためにこちらに?」
「違う。あの人は、サナの推薦でこちらに来た人だ。この資料に書いてある」
「サナさんが推薦!? 知らなかった・・・僕に言ってくれればいいのに」
サナはフュンに黙って彼女を推薦したのである。
彼女はフュンの事を友達だと思っているから、押し売りにならないように遠慮していたのもあるし、アイスの実力を色眼鏡なしで見てほしいと思ったのだ。
「ああ。推薦状もあるらしいぞ」
「本当ですか。カゲロイ、それを持ってきてください。見たいです」
「わかった。タツ! 持って来てくれ」
「うっす」
カゲロイの後ろに控えていたタツが推薦状を取りに行く間、フュンは気になるもう一人に目を向けていた。
「カゲロイ。彼女は? あの動き、非情に面白いんですけど」
ぴょんぴょん跳ねるようにして戦う女性。
強さが尋常じゃないのは、見ているだけでよく分かるが、それ以上にアイスが戦いたい場所の誘導を上手くやっている印象を受ける。
戦いたい場所を先に乱して、すぐに引いて集団に戦わせる。
そして集団の中でも弱点になりうる場所の戦いにちょっかいをかけて相手の隊列を乱しに乱しまくる姿に面白さを感じていた。
「あれは・・・補助型の戦い方だ・・・タイム・・・いいえ。シュガに近いかな。副将に欲しいな。彼女の動きを上手く補佐しているし、そもそもあのアイスって人も欲しい」
「それは・・・これだな。リースレット・・・え!?」
「ん。どうしましたカゲロイ?」
カゲロイが止まってしまったので、フュンは彼の方を見て聞いた。
「あの人。メイドだ」
「メイド!?」
「ああ。戦闘経験なしって書いてるぞ」
「戦闘経験なしで、あれですか・・・化け物ですね。ある意味初陣ですよね。あ、あれで初陣ですか!?」
彼女の動きに迷いがない。
初陣であるのに体が硬直するような緊張感がないのだ。
それでいて、小隊が決定的な動きが出来るようにアシストしている。
なにより戦いの勘が鋭いようだ。本能のままに戦っている。
「名前は!」
「リースレット・ヒューガだ。リエスタ様のメイドだってさ」
「リエスタ様だって!?」
フュンが驚くと、続けてミランダが。
「リエスタか・・・そいつはスクナロの娘だな。それなら、戦えてもおかしくないか・・・あの娘の所ならな・・・」
そう呟いた。
「ミラ先生は会ったことがあるんですか」
「一度な。面白い奴なのさ。それに強いぞ。あいつ」
「そうなんですね。おいくつでしたっけ」
「15だったはずだ」
「15ですか。その歳なら戦えてもおかしくないか・・・って、結構若いですね。スクナロ様の子供ですよね」
「ああ。ウィルベルをはじめにさ。エイナルフのおっさんの子らはよ。貴族としては晩婚なんだよ」
「そうですよね。リエスタ様の歳がもう少し上でもいいはずですもんね」
「ああ。でも仕方ねえ。王貴戦争。御三家戦乱。兄弟らがその両方を経験してるとさ。結婚してもいい家を見極めるのに時間が掛かるのもあるし、そんな暇がねえってのもあったんだ。なにせ、あいつらの半分は結婚してねえんだぞ」
「確かに」
皇帝の子で結婚しているのは、ウィルベル。スクナロ。シルヴィアだけである。
「でももういいのさ。お前らの間に子供がいるしな。皇帝の系譜は守られてるんだわ」
「まあ、そうなりますがね。最大貴族の柱を失う形だけは避けたいです。一度リエスタ様にお会いしたいですね」
「そうか。じゃあ、気をつけろ。あの女は甘くねえ。面白い分な」
「そうですか。どんな人だろ」
「お前は気にいると思う。たぶん、あっちもお前を気にいるだろうな。思考がスクナロそっくりだ」
「そうなんですね。それは会うのが楽しみですね」
という会話を繰り広げている間に、戦場は山場を迎えていた。
気になった人物が指揮を取っている部隊同士が、戦場の中央でぶつかったのである。
この戦場で最高の戦いが起きた。
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