第273話 新たな帝国には、この者たちが必要 ①
時は少し遡り。
帝国歴525年 5月1日。
この日、帝都で重要な試験があった。
それが、帝国の兵士採用試験である。
なんとこの試験。
身分を越えた採用をする条件に加えて、成績優秀者だといきなり将にもなれるものだと帝国に連絡がされるところ。
実は、それが帝国全土にまで伝わるのに、連絡ではなく噂で広がったのだ。
この試験が、一斉連絡よりも先に噂で浸透していったので、各地の腕自慢たちが一挙に帝都に集まることになった。
集まった人数は5万人ほど。
出世したい者や、自分の強さを知りたい者など、それこそ兵士でもない者たちも、集まったのである。
制限のない受験資格であるのと同時に、推薦枠もあって、他の者から推薦を受けた人間は最初から資料があったりして、採用の際の参考になったりしている。
そういう情報を事前に頭の中に入れているのがクリスで、フュンはその場の雰囲気を楽しんで人となりを見ようとしていた。
集まった人数の五万人は、さすがに多すぎるため。
帝都の内部での試験待機は、帝都民の普段の生活の邪魔となるので、帝都近郊に布陣するようにして人を並べた。
こちらの試験は、フュン・メイダルフィア発案で行なわれた試験。
だから、彼らは身分を越えた採用がなされることは、本当の事だと信じていた。
なにせ元は彼が属国の王子であったことは百も承知の事実。
そんな彼が今や、正式発表はまだだが、帝国の大元帥まで登り詰めているからだ。
「第一試験は、ランニングですね。今からお昼まで、帝都の城壁。外回りを3周してもらいます。終了時間は12時に設定するので、お好きな速度で走ってください。ただし、その直後から第二試験がありますから、間に合うように走ってください。では、ここから十分後。開始しますよ」
フュンの指示が五万全員に伝わった。
◇
「あのさっきの指示を出した男が・・・フュン・メイダルフィア。なんだよ。もっと怖い顔した奴かと思ったぜ。帝国を一つにした男がさ。あんな優しそうな顔と声の奴だったのかよ」
第一試験を走り出した男の名はデュランダル・ギミナー。
ドルフィン家に所属していた一般兵で、小部隊の隊長であった男だ。
貴族出身者だけが上にあがりやすいドルフィン家。
いかに優秀であろうとも、出世欲にまみれた貴族共を越えて、昇進することは不可能。
足の引っ張り合いも日常茶飯事で、彼の名声は上に轟かなかった。
だから彼はただの小隊の隊長止まりであった。
彼の最高指揮数は、50人程度である。
しかし、彼と共に戦ってきた部隊は、誰も死んだことがない。
それに彼の小隊は、相手の部隊長を幾度も倒している。
実績から言って、せめて千人単位の長くらいにまで出世してもよかった。
ターク家やダーレー家であれば、さらに上のクラスにまで出世したかもしれない。
将の素質を持つ勿体ない逸材である。
「この試験・・・意図はあるだろうな。朝っぱらから走らされる意味。それはどんな意味があるんだろうな。そこに意味はないかな・・・たぶん」
冷静な頭に熱い魂を持つデュランダル。
軽いランニング程度の走りで全体の中盤あたりを走っていた。
◇
「めんどくさいです・・・」
スカイブルーの髪の女性がため息をついていながらも走っていた。
「アイス様、そんなこと言わないで。ね。アイス様も一緒に頑張りましょうよ」
隣を走る馴れ馴れしい女性は笑顔である。
「リースレット。私はサナの顔を立ててこちらに来てます。彼女が私なんかを推薦したばかりに・・・ああもう正直、試験などどうでもいいんです」
「ええ。でも~。だってぇ。アイス様。サナさんの為に来てるんでしょ。だからいいでしょ。この試験、頑張ったって。将にならなくてもいいから記念受験だと思って、一緒に頑張りましょうよぉ」
リースレットは陽気で明るい性格をしていた。
「はぁ。というか。あなたメイドですよね。なぜ兵士でもないのに、それほどやる気があるのですか? なぜこの試験に? あなた、戦う気なの?」
「ええ。やってみようかなって思いましてね。この試験。受けてもいいのが別に兵士じゃなくてもいいんでしょ。それに前から、なんだか家にジッとしているのもつまらないと思っていたので、ず~っとサナさんに稽古つけてもらってたんですよ。あたし、戦士の見込みが有るらしいですよ。メイドなのに凄くないですか」
「はぁ。サナは・・・いったい何を考えているんでしょうね。リエスタ様のメイドに何を教えたのでしょうか。それにリエスタ様も、何をお考えになってこの子をこちらに派遣したんですかね?」
リースレットはリエスタ付きのメイドの女性だ。
リエスタとは、ターク家の当主スクナロ・タークの一人娘だ。
まだ若い彼女はすでに豪気を兼ね備えた豪傑である。
「リエスタ様はですね。あたしを笑って送り出してくれましたよ。『頑張って来い!』って言われました」
ニコニコのリースレットは、主に快く送り出されたらしく。
記念受験のつもりの彼女に対して、主であるリエスタは、『何だったら、合格して将にでもなって来い』とも言ったらしく、スクナロにも似た豪快な女性なのだ。
「アイス様だって。サナさんに言われたから来ているんでしょ」
「そうですよ。強引にね。なぜ、サナは私を勝手に推薦したのでしょうか。私は別に出世など興味がなく、あの子の後ろにいれば、それだけでいいのに。でも、サナが推薦したのに、私が行かないなんて、サナの面目が丸つぶれになるでしょう。ですから嫌々でもこちらにいるのですよ」
アイスは、サナの幼馴染で、ジミック家という弱小貴族出身である。
サナとは歳が近いためにいつも一緒に育ってきたのだ。
サナの家は名門スターシャ家。
帝国の名門と呼ばれる貴族らは、鼻持ちならない者が多い中でスターシャ家は違う。
ハルクをはじめ、サナもだが。
彼らの家は、強さを基準にして人と付き合うので、貴族出身、平民出身などの身分の違いにさほど興味がない。
だから、弱小貴族の子であるアイスの事もただの普通の幼馴染としてのお付き合いをしていたのだ。
彼女はそこに深く感謝している。
身分が低く、弱い立場であるアイスは、普通に生きていれば馬鹿にされるはずの人生を送るはずだった。
でもそばにいるのがサナであったから、多少のやっかみはあったものの。
大きくいじめられたりすることはなかったのだ。
だから彼女は、サナのそばに居られれば、他に何もいらないというほどに、別に出世することに貪欲でもなかったのだ。
彼女の役回りは、サナの供回りである。
そしてサナの役回りは、リエスタの指南役である。
そしてさらにリースレットがリエスタのメイドである。
だから彼女らは全員が顔見知りではある。
「アイス様、なんだかこの速度遅いですよね。チャチャッと前を走りましょうよ」
「リースレット。あなた体力はあるの?」
「ありますよ。これくらい、十周しても疲れません」
「はぁ。体力馬鹿なのね。あなた」
「ええ。有り余ってま~~~す」
能天気な彼女のお守り役になっているアイスであった。
◇
一周目が終わる頃。
「なるほどな。この程度で、脱落していく奴らもいると」
デュランダルは現在後方の位置で全体が見えるように走っていた。
自分のペースは、11時30分に到着予定のペース。
だから、これ以上遅く走る人間は脱落者であると計算しているのだ。
彼は、体力を使って動きながらも冷静に物事を分析することに長けていた。
「朝の6時から走らされてだ。昼の12時。ここに意味はないな。おそらく。それよりも俺が気になるのは、12時から次の試験が始まるってことだ。ってことはつまり・・・体力の温存をしておけってことだよな・・・たぶん」
デュランダルは色々考えながら試験に参加していた。
◇
二週目が終わる頃。
「アイス様、そろそろ先頭にいきましょうよ」
「ああもう。さっきから同じことを。あなた、諦めなさいよ。もう少し大人しくなりなさい」
「だって、ここの速度が遅くてぇ。前を走って先頭の景色が見たいですぅ」
「はいはい。それ意味ないから、やめておきなさいよ」
「意味がない?」
「そうですよ。この試験の意味は、先頭を走れという試験じゃありません」
「そうなんですかぁ。走らされているのにぃ。前を走ったら気持ちいいじゃないですかぁ」
馬鹿丸出しであると思ったアイスだが、さすがにそんなことまでは言えなかった。
「ええ、これが競争試験だったら、12時なんて縛りがありません」
「へ~、そうなんですね」
「これはですね。目標に対して、その人物がどのようなアプローチをするかの過程を見る試験でしょうね」
「過程?」
「も~う。分からないのですね。いいですか、よく聞いてくださいよ。説明してあげますからね」
アイスは、面倒見がいい部分がある。
リースレットに呆れていても、親切に教えてあげるのだ。
「あなたのようにですよ。むやみやたらと前を走りたがる者や、早くにゴールすれば評価が上がるのだと勘違いしている者が先頭集団を走っています」
「へぇ」
「この試験。大元帥は12時から次の試験があると言いました」
「そうでしたね」
「ということは、12時までにゴールをしろと言う事を示唆しているのと同時に、12時までに全てを整えておけとのことを言っているのです」
「整える?」
リースレットは何も考えずにこの試験に参加しているのである。
「人はそれぞれ考えが違います。あなたのように、何も考えずとも上手く生きていける者もいれば、ちゃんと物事を考えている人間もいます・・・とまあ、あなたのような方の方が少ないでしょうね。本来、人とは生きる上で考えているものです。ですが、この考えには違いがあります」
アイスはこの試験にフュンの思考を感じていた。
試験自体に具体的な指示がないのは、自主性を重んじているから。
ああしろ。こうしろ。
などの細かい指示がないので、その細かいルールの部分を自分で決めていいのだ。
「なのでこの試験。ゴールを自分で決めるのです。例えば、あなたのように先頭に踊り出て一番でゴールを目指す者。これも正解ですが。体力のコントロールをしながら、余裕を持ってゴールを目指す者。こちらも正解であります。そして、12時。この時間制限はそれらを柔軟に考えろという猶予期間であります。例えば、先にゴールを目指して、ゴールしてしまい。そこで休んでいても正解です。それに対して、途中まで急いで、体力を失ってしまったと自分で判断して、どこかで休憩しても正解なのです。だから答えのない問題に対して、自分で答えを見つける試験。それがこれでしょうね。だから何をしても正解なのです」
「え。それじゃあ。前に行ってもいいんですね!」
「はぁ。だから聞いてましたか。無駄な体力を使わない選択肢が一番の正解です」
「でも。どれも正解だって」
「言いました! 私、言いましたけど!! あなた、気付いて。12時になったらすぐに次の試験に行くのです。これは体力管理も加味されているのです。自分の体力面と会話して、無理をしないようにする。それが目的です」
「でもでも。あたしは無理じゃないですよ」
「わかりましたよ。いいですよ。前に行っても、ただし、体力の全てを使ってはいけませんよ」
「え。いいんですか。じゃあ、いってきま~~~~す」
両手を横にいっぱいに伸ばす独特な走行で、彼女は先頭を目指していった。
「はぁ。あの子。リエスタ様のメイドなのよね・・・なんでメイドに受かったのかしら??? 頭、空っぽじゃないのよ」
失礼な言葉を残して、アイスは軽く走り続けた。
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