第265話 光の監獄

 帝国歴525年1月14日。


 サナリアのアーベン。光の監獄にて。


 虚ろな目をしたウィルベルは、この場にいるようでいなかった。

 現実が自分の気持ちに追い付かない。

 夢の中にいるように感じている。

 本日で、こちらの監獄に入って三日目。

 彼は、今までの栄華を極めた華やかな住まいではなく、ボロ小屋のような継ぎ接ぎだらけの家に住んでいた。

 

 表に感情が出てこない彼は、交流会と呼ばれる監獄会に参加することになった。

 各層の人間たちが一同に集まる会で、交流所は中層の一角にある。

 彼は皆が集まる場所の外れに行って、端の席に座った。

 誰とも会話したくない。

 その意志が垣間見えていたが、そこにわざわざ女性がやってきた。


 「すみません。あなたはこちらに来たばかりの方ですよね」


 綺麗な顔をしているが、手が泥だらけの女性が話しかけてきた。


 「な、なんですか。私に何の用で」

 「いや、初めての方には積極的に話しかけないとね。ここでは、仲間になれませんからね」

 「仲間?」

 「ええ。そうです。ここに暮らす者は皆。家族のようなものなんです。協力しないと生きていけませんからね。そういう仕組みなんですよ。ここの生活はね」 

 「・・・そうなんですか・・・」

 「ええ。あなたは、あちらの方たちと一緒に来た人ですよね」


 女性が手で示した先にいたのは、家族の二人。

 バルナとシャイナは楽しそうに交流会に参加していた。

 ここに来たばかりだというのに、二人はこちらの生活に良く馴染んでいた。


 「あなたも、お二人と同じように馴染んでいきましょうよ」 

 「え・・・しかし・・・」 

 「ええ。私も同じですよ。あなたと一緒。最初こちらに来たときは、あなたと似たようなものでしたよ。全部が暗くなってね。考えも感情も何もかもですよね」

 「は、はぁ」

 「ここは私の居場所じゃない。何をするんだ。フュン・メイダルフィア。貴様のせいで・・・」


 言葉が酷い割には女性の顔は穏やかだった。


 「そう彼を恨んでここで生きていました・・・ですが、今では感謝しています。ここで人間らしい生活を送れるのですからね。見てください。あちらにある畑。あそこの畑は何もなかった場所なんですよ。私たちの力で作物が育つようになったんです」


 女性の手はあの畑によって汚れていたらしい。 

 手入れをしていても爪などには土の痕があった。

 

 「それであちらが倉庫でありましてね。皆が育てた食材を少しずつ蓄えて、一カ月に一度。皆で料理を作ってふるまうのが監獄会なのですよ。親睦会なのです。ほら、あなたも食べましょう。お鍋が基本ですからね。皆で食べやすくてとてもおいしいですよ」


 女性はウィルベルの手を引いて、輪の中にいれた。


 「父上。美味しいですよ。ほら」

 「バルナ・・・ああ」

  

 息子からもらった食事を一口食べる。

 素朴な素材の味だけがする料理。

 でもこれが今まで食べた料理の中で、最も美味しかった。

 一番の料理であったのだ。

 だから目から勝手に涙が流れた。

 

 「うまい・・・うまいな・・・これは凄い」

 「ええ。自分たちで育てるともっとおいしいですからね。あ、そうだ。忘れてましたね」

 

 会話の途中で女性は外れていき、手足の動かない男性を世話した。

 食べられない彼に、一つ一つ食事を与える。

 丁寧な介護に男性は感謝しながらご飯を食べていた。


 「そちらの男性・・・は・・・」

 「父上。ここでは名を聞いてはいけませんよ。そういうルールです」

 「そうです。あなた、ここは。一人一人が一生懸命に生きる場所なんです。過去なんて関係ない。今を生きるのですよ。必死に」

 「・・・そうか・・・そうなのか・・・」


 ウィルベルは、妙に納得した。

 全員が過去に何かをした人間たち。

 それが集まって悪だくみをすることなく、協力して生きているのは、そういう事なのかもしれない。

 生きるために生活する。

 それも皆で力を合わせて・・・。


 「そうです。私もそのように頑張っています」

 「え? な!?」


 ウィルベルの隣に来たのが、スカーレットだった。

 それと片腕を失ったイルカル。足を怪我しているシスもいた。

 

 「お前たち!?」

 「私たちは、この方たちとは違う中層にいます。ここよりは比較的楽ですが、でも厳しいです。施設も段階を踏んでいます。下層は本当に何もない。中層はある程度揃っています。そしてあなたがいる上層はほぼ揃っています。おそらく奥方様とご子息がいるからでしょうね。二人がいるから、あの男があなたには良き場所を与えたのでしょう。ストレスは少ないですよ。上層は、人から見られることもありません。ですが、あちらの場所はストレスがかかります。このアーベンの民に常にみられる生活をしていますからね」

 「ストレスか」


 交流会の場所は中層にあるために、一般人からは見えにくい。

 だからストレス値としては少ないのである。


 「そうか・・・私も頑張らないといけないという事か」

 「そうです。私も弟と父がいますからね」

 「なに!? なぜ、お前の家族が? ナボルとは関係がないはずだ」 

 「ええ。ナボルとは関係ありません。ですが、家族は一緒にいた方がいいとフュン・メイダルフィアが言ったようです。ですから私と同じ場所に二人がいます」


 淡々とスカーレットが答えた。


 「なんだと。恐ろしい奴め。関係の無い者まで・・・」

 「いいえ。違います。逆です。優しすぎなんです。彼は私の家が廃されることを知っていました。そうなると父と弟は、帝国で暮せません。一般人となり下がり。貴族として価値のない人間に、人並み以上の生活は出来ません。それに、あの二人は一般人となれば、価値がありません。戦うだけで、他に取り柄もない。だからここで暮らせば生きていけるだろうとして、私と共にここに送ったのですよ」

 「・・・そうか・・・人の更生か。狙いはな」


 スカーレットの話からウィルベルは分析していた。


 「ええ。改心せよ。ここで民の暮らしを味わいなさいとする刑の意味なのでしょう。彼なりのメッセージのひとつだと思います。私もここに来て数カ月。最初は恨みましたが、次第に生きねばならないと思い始めました。人としてです。今は憑き物が取れたように農業など、懸命に生活をしています。今の目標は、道具を買うですね。それには自分たちの作品を作って売らないといけませんからね」

 「道具? 作品?」

 「ええ。生地を買うにも、機織りなどの機械などを買うにも、自分で作った物を売ったお金で買わないといけないのです。ここは完全自給自足で、物も売り買いできるのです。良い生活をしたければ物を作ればいいのです。頑張れば普通以上の生活が出来ますよ。あなたも、奥様とご子息の為に、良い生活を送りたいなら頑張るといいですよ。では、お二人の為に・・・生きてください」

 「ああ・・そうだな」


 スカーレットが別人のようになっていた。

 たったの数カ月で、心が変わっているように思う。

 家族なんていらない。

 そんな風に言っていた女性が、今は不出来な弟と父の為に生きていた。

 

 「私も・・・彼女らのように頑張るか」

 「父上。一緒に生きましょう。頑張りましょうよ」

 「あ。ああ・・そうしよう。お前だけでも、外に出られるように、私も頑張ろう・・・バルナ。すまない」

 「え? 別に私は謝ってもらうなどは、父上と一緒にいられて幸せですよ」 

 「・・・ああ・・・そうか。そうだな。私も幸せだ。家族でいられてな・・・」


 ウィルベルは家族がそばにいることで、ここで頑張ることを決めた。



 帝国歴525年3月下旬。

 比較的天候と気温が安定しているサナリアに春が訪れていた。


 「父上。母上。こちらの畑に作物を作りましょう」

 

 畑の前で両手をいっぱいに広げているバルナが嬉しそうに言った。


 「ああ。そうだな。そうしようか」


 ウィルベルもそんな彼につられるように笑顔になった。


 「あなた。こちらのタオル。バルナにも渡してあげてください」

 「ああ。そうしよう」


 シャイナから受け取ったタオルをそのまま息子に渡して、ウィルベルは畑を耕す作業に移った。

 フュンは、彼ら一家には、最低限の道具一式を渡してあった。

 実の所フュンは、もっと良い物をお渡ししますとシャイナとバルナに告げていたのだが、二人がそれを断り、ここで暮らす者に近い環境で暮らしたいと言ったので、農具類も優れたものでもなく、ボロボロの器具を使用している。

 でも、ここの生活は自分たちが作った物を売れるので、徐々に良い物と交換していけるのだ。

 だから二人はちょっとずつ自分たちの力で生活を良くしていこうと考えていた。

 ウィルベルの大切な家族であるシャイナとバルナ。

 この二人が彼にとって、いかに重要な二人だったのか。

 それを噛み締めてほしい。

 大切にしてほしい。

 フュンは、ウィルベルがそういう感謝が出来る人物だと信じている。


 「父上。ほら。ミミズでました! ここの土、とても良い土ですよ!」

 「・・・そうか・・・そうだな・・・よし、バルナ。こっちを耕すから手伝ってくれ」

 「はい!」


 息子の弾ける笑顔に、ウィルベルは笑顔で応えたのだった。

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