第258話 日常から作戦開始

 王家会議から一か月が経った頃。


 「はいはい。待ってくださいね~」


 メイフィアに顔を出したフュンは、帝都にある本店で久しぶりの接客をしていた。

 店内にいる女性たちは、うじゃうじゃといて、華やかだけど咲き過ぎていた。

 店内の至る所に美しい花が咲けども、これ以上は新たに咲く場所などない。

 お客さん同士が邪魔になり、店内で動けるスペースが少なくなっているのである。

 

 そんな狭い場所で、店員に接客して欲しい人がベルを鳴らしたのだ。

 フュンが人込みをかき分けて、その女性の元に行く。


 「あ・・・フュ。フュン様だ!?」


 呼んだはいいが、フュンが来るとは思わなかった客は、開いた口の前に手を置いた。


 「ええ。フュンですよ。あなたのお名前は?」


 いつものフュンが挨拶をした。


 「カ、カルナです。ほ、本当に来てくれたぁ。フュン様ですよね」

 「ええそうですよ。カルナさんは、ここの化粧品を使ってくれているのですか?」 

 「はい。もちろんです」

 「常連さんなんですね。ありがとうございます」

 「こ。これからもこちらに来ます」

 「はい。また来てくださいね」

 「はい絶対来ます・・・きゃあああああ」


 と言ってカルナは世間話だけで去っていた。

 緊張のせいで話したい事が吹っ飛んでいったらしい。

 彼女は遠くの方で友達と会話する。

 

 「カッコいい・・・どうしよう。心臓が・・・痛い」

 「あんた。お店のオススメを聞くんじゃなかったの? それにそんなことで死ぬんじゃないよ。フュン様と会話しただけよ」

 「だ・・・だって・・・・本物と話せたから・・・緊張で死ぬかと・・・・鳴らしてみてよかったぁ」


 友達同士でそんな会話が起きていた。

 しばらくお店の中で立っていると。


 「あ! ヒスイさん。お久しぶりですね。でも手紙が来てますからね。久しぶりでもないか。会えてるようなものです。いつもありがとうございますね」

 「い、いえいえ。辺境伯様には、大変な迷惑を・・・」 

 「迷惑?」


 フュンの前に来てくれたのは、ヒスイ。

 以前辺境伯就任の際に出会った女性で、手紙のやりとりをしている。

 一回だけの関係かと思ったヒスイだったが、何と手紙は数回続いて、今も続いているのだ。

 それはなんでもない事柄から、肌の調子についてや、メイドたちの不満などを話せているのだ。

 一介のメイドが、辺境伯と手紙のやりとりをしているのである。

 それにフュンはなんでも話を聞いてくれるので、何を書いても答えてくれるのである。


 「だ・・・だって。今も・・・」


 お店の中にいる女性らの視線が怖い。

 恐ろしいほどの視線が自分に集中している。

 

 「僕はですね。ヒスイさんのおかげで商品開発できていると言っても過言じゃないんですよ。あなたのような方のおかげで、商品を改良できてますからね。一般向けはヒスイさんのおかげです。ええ。大変お世話になってます」

 「い、いえ。こちらこそ。いつもお手紙ありがとうございます。嬉しいです」

 「そうですか。僕も嬉しいですよ。ハハハ」


 誰にでも平等。

 それがフュン・メイダルフィアであり。

 それに彼は、女性にとびきり優しいのである!

 二人で会話を楽しんでいると、ここで話に加わりたい女性が入ってきた。


 「フュン様」

 「ああ。マイアさん。お久しぶりですね」

 

 美しき踊り子のマイアは、フュンの腕に絡みついた。

 しなやかな手が流れるようにして動く。

 

 「ええ。ここの所、こちらにいらっしゃらないから。会えてませんよ」

 「そうですね。忙しいものですみません・・・ああ、そういえば、あの商品どうでした? 屋外用と屋内用のやつ?」

 「ええ。バッチリですよ。とても素晴らしいものでした。使った子たちの顔は輝きに満ち溢れています」

 「本当ですか。よかったです。皆さん満足されてね」

 「ええ、素晴らしい商品ですよ。一般にも商品化したらよいのに・・・」

 「そうですね。今は増産出来ないので、そのうちですかね」


 彼女が言う商品は、踊り子や遊女用の場に合う化粧品である。

 肌をよくするよりも、綺麗に映えるようにするもので、屋内で輝くものと屋外で輝くものの二種類を彼女たち様に販売した特別な商品である。

 戦争や修行で忙しいのに、フュンは様々な種類のものを開発していたのだった。

 

 そんな影の功績のあるフュンは抜群の人気を誇っている。 

 今は、メイフィアの店員が懸命に入場制限までして、何とか店内の動きだけでも良くしているのであった。

 

 「それで、フュン様。私たちのあの興行。本当によろしいのですか。大変じゃありません。無償でやるというのに、私たちを雇うとなると。大赤字では?」

 「そうですね。でもいいんです。予算はサナリアから出しますから。気にせず。マイアさんたちは皆さんに見せてあげてください。あの綺麗で美しい踊りでですね。戦争で疲れ切った皆さんを元気づけてください」

 「はい。ですが……帝国の全てを回るのですよ。それこそ莫大な費用が掛かるでしょうに」


 マイアがこれほど気にしているのには訳がある。

 それは、龍舞を主軸とした興行を行い、帝国全土を回る計画があったからだ。

 今回。

 マイアたち踊り子が、各地で龍舞を披露することになっていて、その際にお金を取らない無償の形で披露するので、その費用が膨大であるのに、お金を取らないために心配してくれているのであった。

 踊り子を雇うお金。踊り子を各地に連れていくお金。

 各地で泊まらせるお金だってかかる。

 下手をしたら国家予算並みのイベントなのだが、それを気にせずにとフュンが言うので、信用したという話である。


 「フュン様。その。龍舞の方なんですよね」

 「龍舞の方?」

 「ええ。太陽の人という話がこちらにも流れてきて・・・龍舞は、特定の方を待つと教わりましたので。それがあなた様だと陛下のお達しにありまして・・・」

 「はい。そうなんですよ。あれですね。陛下が通してくれた話ですね。うん。それでですね。今回の興行の意味はですね。あなたたちの踊りの中にある太陽の戦士たちの舞踊。それを見せて太陽は帝国に帰って来たぞというアピールでもあるんですよ。お願いしますね。マイアさん」

 「そうでしたか。そういうことなんですね。わかりました。フュン様。このマイア。あなたの為に踊りますよ」

 「はい。お願いします・・・あ、そうだ。どこから回るとか決まりました?」


 龍舞興行の案を考えたのはフュンだが、細かい部分を良く知らないのは、いつも通りである。


 「えっと。まずはラーゼに向かうと。そこで友好の証として踊り。次にバルナガンですね。主無き。バルナガンの慰問のような形で。次に細かい村を経由しながらハスラ、リーガ、ビスタとぐるっと回ってササラから北上してシンドラも行き、ククルで最後です」

 「ええ。それで全部ですね。期間は? 二か月くらいの予定ですか?」 

 「大体はそういう感じみたいです。長くて三カ月かもしれません」

 「そうですか。今が八月の終わりですから・・・ん。間に合うでしょう。いいですね」


 フュンは期間計算をした。

 何かに間に合うようにして興行を行わないといけないらしい。


 三人で談笑した後。

 最後に。


 「マイアさん、興行。頑張ってくださいね。皆さん、喜んでくれると嬉しいですね」

 「ヒスイさん。手紙。待ってますからね! また会いましょうね~」

 「「はい!」」


 フュンは手を振って見送った。

 二人は会えたことに満足して帰っていったのである。



 ◇


 ジークの商会『モンジュ大商会』

 珍しくやる気に満ちているジークが、四人に命令を通す。


 「フィックス。キロック。イグロ。ナシュア。こいつは大変だぜ。これから、俺たちの仕事の中でも、大変なことをする」

 「旦那ぁ。何するんですか」

 「キロック! 気合いを入れろ。気合いを」

 「旦那が・・・張り切っている時は・・・・嫌な予感がします」

 「そうだそうだ!」


 キロックとフィックスが言った隣では、イグロが黙っていた。

 ここでも物静かな男である。


 「ジーク様。何をする気なのでしょうか」

 「ああ。フュン君からの依頼でね。これだ! 見てくれ」


 ジークがまとめた資料を全員が読む。


 「マジっすか。これ・・・やべえ。忙しすぎる・・・死ぬかも」


 フィックスは、スケジュールを見た瞬間にがっかりした。


 「なるほど。ナシュア。これはな」

 「ええ。キロック。難しさよりも大変さがありますね」


 顔を見合わせた二人は頷いた。

 

 「そうだな。これはイグロとナシュアにやってもらうしかないか」


 ジークは、この仕事を二人に任せる気だった。


 「そうですね。私とイグロが、踊り子の皆さんよりも先に進んで、泊まる場所や興行場所を確保していって、興行を成功させるしかないですね。イグロ、大丈夫でしょうか」

 

 ナシュアの言葉に『うん』と頷いてもイグロは黙っていた。

 ここでも寡黙な男である。


 「そうこいつは興行だ。龍舞興行。戦争から解放されて、各都市の慰問という形だが。この興行の真の意図は違うし。それと俺たち商会の意図も違う。いいか。俺たちは物を売るぞ。ここが売り時だ。だから流行を調べろ。どんどん各地で売り上げるぞ!」

 

 ジークだけが張り切っている。


 「それならば、ジーク様」

 「ん? なんだ。ナシュア」

 「サナリアの商品がいいのでは?」

 「サナリア?」

 「ええ。あそこの物はほぼ流通していません。自分たちで経済を回していましたから、こちらに回しているのは化粧品のみです。でも、あちらは工作物も良い物が多い。特に武器や防具。鍛冶師の仕事が良い。アン様がいるから当然であります」

 「そうか。アンが監修している奴だな。農具とかだな」

 「はい。村や町も巡る予定になっていますから。ちょうどよいかと」

 「わかった。フュン君に話をつけておく。ナシュアは出発の準備を頼む。キロックは踊り子の人たちの調整。イグロは馬車などの移動物の管理を。フィックスは・・・いいや」


 ジークの指示はフィックス以外にだった。


 「なんで俺だけ仕事ないんですか」

 「お前。無理だろ。色々言ったら最初の仕事忘れんだろ。お前は俺の護衛でいいや」

 「なんか俺だけテキトーだ! 不公平だ!」


 仕事したくない癖に、仕事が無いと不満なフィックスである。

 どっちがいいんだよと、ジークが言ってから皆に宣言する。


 「まずは、準備を開始する。これがナボルを殲滅する一手となることを忘れないでほしい。俺たちは、この興行を必ず成功させないといけない。よし。やるぞ!!!」


 ナボル殲滅作戦。

 その肝となるのが、龍舞興行であった。

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