第250話 ダーレーの顧問 ミランダ・ウォーカー
帝国統一歴524年6月24日夕方。
ハスラの城壁で敵の船団とこちらの船団を比べていたジークは、今日の戦闘はないと確信していたのに悩んでいた。
悩んでいた内容としては、水上戦での戦闘条件の設定である。
それは相手の船団を全て消し去る事に重点を置くか。
それとも船団での戦いは負けてもいいから、ハスラの城壁まで敵兵を引き込んで勝ちに行くのかという事だ。
この二択が、この戦争の分かれ道だと思っている。
「ナシュア」
「はい」
「お前ならどう考える」
「私は、船団で敗北してもいいので、出来るだけ生きてもらいたいですね」
「生きてもらいたい?」
「ええ。出来るだけ兵士を確保して引いて、ハスラで防衛戦争が良いかと」
「そうか。でもな。あっちに怪しい動きがあるからな。それもいいんだが・・・ガイナルがなければな」
ジークはガイナル山脈の脇にあるルコットに兵が用意されていてることに気付いていた。
それがなかったら、その作戦でもいいと思っていた。
でもここでハスラに立て籠ると、あちらの対処に間に合わなくなる。
それが一番まずい展開ではないかと考えているのだ。
それは以前のハスラ防衛戦争の時のシルヴィアの判断ミスに近い状況だ。
「んんん。どうするか。俺しか今は戦局を見極める者がいないのがな。厳しい」
実はこの時、対局を見極める力を持つ者が各戦場に二人ずついた。
アージス大戦には、クリスとシルヴィア。
帝都には、フュンとミランダ。
この二つの戦場だけは、大将格の中でも大局を見極める者であり。
ここハスラにはジークしかいなかったのだ。
ナシュアも、フィックスも、マーレも優秀ではあるが、それは将としてであって、大局を見極める力が足りない。せめて、ルイスが傍にいれば違うのかもしれない。
口に不安を出さないが、珍しく弱気になるジークがいた。
「船の数が違う。今回の兵数は全開とは違うだろうからな。ここからどうすればいいか」
「ジーク」
「え? おお」
ジークが後ろを向くとミランダがいた。
急ぎ単騎で駆けつけてくれたのである。
「時間がない。いつもの冗談は無しだ。お前、あっちは気付いているか」
「ああ。ガイナルだろ」
「よし。兵はどうしてる。送っているか」
「一応、里に連絡を入れて送った。だが敵の数が分からない。里の兵では足りないかもしれない」
「わかってる。そうか里の兵だけか。そいつはあたしが面倒みたのさ。フュン親衛隊に行軍だけは任せてる」
「ミラ。この状態がきついぜ。動きたくても動けん」
「ああ、わかってるのさ。よくやってるぜ。ジーク」
「・・・そうか」
ジークが少しだけホッとした。
いつも痴話喧嘩のように話すミランダが、ここでの話し相手として、最高の相手である。
「実はよ・・・」
ミランダは、フュンのこれまでの行動を話した。
裏で動いていた四年前から今までの情報を洗いざらい出したのだ。
「は!? フュン君が?」
「そうさ。今伝えた内容が真実だ。今まで隠してて悪かったのさ」
「はははは。してやられてたんだな俺は‥‥ふっ。でも不思議と腹は立たないな。彼は結局俺たちの為に動いているんだな」
「そうさ。結局お前らの為よ。強いては帝国の為だな」
「そうだな。それで、なんで俺にその話をした」
「フュンがな。これからの為に御三家を一つにしたいってよ」
「ん?」
「ああ。黒幕さんに最後に話しかけるらしい」
「黒幕!?」
「そうさ。そんでそれを倒すためには、まずこの王国を退けないといけないのさ。つうことで、お前は海戦に集中しろ。ギリギリまで戦い。負けてもいい。ただ、兵の損失だけを気にしろ。出来るだけ生かしながら、撤退をするんだ。あの数の違いは苦しいからな。ヴァンとララにもそう伝えておけ」
「わかった。そうするわ」
「ああ。あたしがあっちを担当しよう。相手の軍を消滅させてくる」
「出来るのか。奴らかなりいるだろ」
「出来る。まあ心配するな。まかせとけ」
自信満々のミランダは、ハスラを後にした。
ミランダの提示したジーク側の作戦は時間稼ぎだった。
ハスラで防衛をするよりも海上で防衛戦争をして、引く。
その意図は恐らく。
「ガイナルで敵を粉砕しておいて。敵をハスラの城壁に誘き寄せて挟み込むか・・・・ミラ。出来るのか。お前の方がきついはずだろ」
彼女が作戦を最後まで言わなくても、ジークにはしっかり伝わっていた。
彼もまた彼女の弟子のひとりであるからだ。
◇
翌日の夜、ガイナル山脈の山の中。
敵の索敵範囲外での待機をしているウォーカー隊は二万。
万の軍で敵に見つからないように移動できるのは、彼らが山育ちであるから。
普段からテースト山で過ごす彼らにとって、ガイナル山脈くらいの山々では、隠れることなど朝飯前であるのだ。
「さて、ミラはどうするつもりなんだ。ウル」
「さあね。まあ、ミラだからね。気にしても仕方ないよ」
「そうなんだけどさ。気になったんだよ」
フュン親衛隊隊長マーシェンと副隊長ウルシェラがウォーカー隊を導いていた。
軍の将がいない現状と、無法者どもに近い彼らが、勝手をしないためには彼らの存在が必要不可欠だった。
「相手。どれくらい、なんだろうな」
「わからない。山の中だから正確には、数えられないんじゃない? 影部隊がやらないと。ここでやってもらった方がいいかしらね?」
「そうだな・・・じゃあ、指示をって・・・お!?」
しゃがんでいた二人。
マーシェンがウルシェラの顔の上にいる人物に気付いた。
「ミラ」
「よっ。よくやった。マー。ウル。二人ともここはあたしに任せて、親衛隊はフュンの所に行ってくれ」
「王子の?」
「ああ。あっちもやべえのさ。フュンの所も、戦争になるかもしれんのよ」
「戦争だって? シンドラの話じゃなくてか。また戦争?」
シンドラの話は聞いていたマーシェンが驚いた。
「ああ。ラーゼで起こるかもしれない。だからお前らの力が必須だと思う。そんで誰にも気づかれない方がいいから、山脈を越えてラーゼに入れ。隠れながら行ってくれ。そっちの方がフュンが助かると思うんだ」
「わかった。山越えな」
「ああ」
マーシェンの後に、ウルシェラが言う。
「ミラ。どういう状況なのよ? 王子危ないの?」
「ああ。それがさ・・・」
ミラの詳しい話を聞いた二人は、準備を始めようと動く。
「それは急いだほうがいいね。ミラ。編成していってくるね」
「ああ。頼んだ。あとマー。これ。お前、持って来てねえだろ。こっち側で戦うと思ってるからよ」
ミランダは、光信号の道具を渡した。
「サンキュ。ミラ。助かるぜ。こっちの戦線だからな。王子に連絡することないと思って置いてきてたよ」
「やっぱな。じゃあ、お前らにフュンは任せる。頼んだ」
「おう。まかせとけ」
こうしてミランダとフュン親衛隊は別れたのである。
結果として、彼らがラーゼに向かっていなければ、ラーゼの勝利はなかったであろう。
僅か千。されど千。
たったの千の兵数とは言い切れない功績が彼らにはある。
「よし。サブロウの影部隊いるか」
「おう。いる」
「ん・・・お、お前は」
ミランダが見た人物は、現在のラメンテの影部隊の隊長。
サブロウの片腕であるカゲロイと双璧を成す男。
マサムネである。
「マサムネか。久しぶりだな。どこにいたんだ? またいつもの調べものか?」
「俺は、ちょいと海にいた」
「海?」
「ああ。俺たちの先祖が外から来たって話を詳しく聞かされてからな。ちょっと気になって調べてたんだ」
「そうか。んで、どうだった」
「すげえ海だった。近海から少し先。そこは常に嵐だ。ありゃ・・・よく生きてたな。サブロウのジジはよ」
「そうだったか。やべえんだな。その海」
「ああ。俺たちの船じゃ、外に無事に出られないだろうな。なんかすげえ船が欲しいな。冒険をしてみたい」
「ふっ。そうか。お前はいつもフラフラとどこかに出かけるからな。外に出たいってわけか」
「当り前だ。俺の好奇心は外に向かった。これを満たすには外に行かないとな。それが出来そうな奴の味方につく」
「ほう。帝国か? 王国か?」
ミランダは答えを知っていても聞いた。
「いや、俺はサナリアの王子につく」
「フュンに?」
「俺の冒険心が囁いてる。あいつ、外を見てる気がするってな」
「フュンが??? そんなこと言ってないぞ。あいつ?」
「いや。俺と同じ外の世界に目を向けているような気がする。あいつの都市。急速に発展し過ぎだし、海の町とも連携を取ろうとしている。これらから思いつくのは」
「・・・そうか。造船か」
「ああ。そうだ。船だ。外に出るには船が必須。それを開発しようとしている気がする」
「なるほどな。あいつ。それは皆に言ってないな。もしかしたら、自分の心の中に留めている決意かもしれないな……海か。おもしれえ。外の世界を見ようってことか」
「そうだ。だから俺もあいつの手助けをする。お前の味方ってわけだ」
「はっ。あたしに忠誠を誓ってくれるわけじゃないのか」
「あ? お前に忠誠を誓ってる部下なんているのか。このウォーカー隊によ」
「・・・いねえな」
「そうだぜ。お前が面白いから俺たちが味方しているだけだ。これは忠誠じゃない。俺たちのは友情だ」
「・・・その通りだ。あたしらは友だからな。友達同士で暮らしているようなもんだ」
「おお。だからやって来るぜ。偵察だろ。俺に直接指示するってことはよ」
「そうだ。頼んだ。どれくらいいるか。どこにいるか。それらを頼む」
「まかせろ。やってくる」
マサムネは、闇に消えた。
偵察技術ナンバーワンの影マサムネ。
サブロウに匹敵すると言われる影移動は音もなく速い。
彼の索敵から、ミランダの戦いは始まったのである。
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