第六章 帝国を守護する者たちから
第248話 サナリアの二星のおかげで事件に気付く
帝国歴524年6月18日。
サナリアの第一都市ローズフィア。
都市の活気は、主がいなくても変わりがない。
ただ、主がいた方がもっと活気がある。
そんな都市であるのがローズフィアであり、サナリア人である。
ちょくちょく買い物に出ている主を見かけることが出来るのが市場通り。
主自らが買い物に来るなど、他の都市ではありえない光景だが、この都市では当たり前の光景。
だからこそ感じる。
やっぱり寂しいんだと。
一日一回でもいいから後ろ姿だけでもいいから見ておきたい。
彼がいない。
その事がサナリア人にとって、心にぽっかり穴が開いたように感じるくらいに、とても寂しい事なのだ。
◇
本日は一人。
レベッカを妹に託して、市場通りを歩くニール。
ルージュが食べたいと言った飴細工を買いに行っていた。
彼は妹想いの兄なので、妹が食べたいと言えばすぐに買いに行ってくれる優しい兄なのである。
「む? ミル姉ねだ」
「あら、ニール君」
お店の前で商品を選んでいたミルファが振り向いた。
荷物をたくさん持っている彼女に、ニールは疑問を持つ。
「姉ね。どこか行くの?」
「ええ。今から帝都に行くところなの。さっきね忘れ物を思い出しちゃってね。ちょっと戻って来たの」
「戻った?」
「ええ。こっちのお土産買うのを忘れたのよ。渡してあげなきゃね」
「帝都で? 誰に?」
「アイネよ。彼女の所に行ってお仕事の調整するの。メイドの仕事の体験をしたいって子がいるのよ。学校にね」
「そうなんだ」
「そうよ。お仕事したい子にお仕事の紹介をするの。これも学校のお仕事なのよ」
「へぇ。そうなんだ」
「ニール君は、レベッカ様のお世話とお守りする事がお仕事なのよ」
「へえ。そうなんだぁ」
ニールは別にその仕事を仕事だと思ってなかった。
フュンたちを家族だと思っているから、レベッカのお守りは仕事じゃなくて当然の事だと思っている。
ミルファらの現在の仕事はメイドではなく、学校の先生である。
ローズフィアにある学校に勤めていて、フュンの願いにより、子供たちを成長させるためには様々な職種の人間が先生になった方がいいとのことで、彼女も先生になったのだ。
でも、彼女らはフュンのメイドでもあったので、彼の屋敷には自由に行き来しても良いとの通行許可が下りている。
顔パスで屋敷に入れる数少ない人間である。
「ニール君は? 何しに来たの」
「飴細工」
「飴細工? 買いに来たの?」
「うん。ルーが食べたいって」
「あら、優しいお兄ちゃんね。そうだわ。じゃあ、私が買ってあげる。ニール君の分もね」
「いいの」
「いいわよ」
「やったー」
可愛い子供と変わりない。
それくらい幼く見えるニールに、ミルファは飴細工を買ってあげたのだ。
妹の為に好きな物を買ってあげようとする優しいお兄ちゃんにミルファは手を振って別れた。
◇
フュンのお屋敷に戻ってきたニールは、買い物をしてもらった飴細工を袋に入れてきていた。
落とさないように慎重に歩く姿は、本当に子どもと変わらない。
でも彼はもう20歳を超えている。
大人と言ってもいいはずなのに、体は大きくならなかった。
「ニール君」
「う? ファイ姉ね」
屋敷のリビングにファイアがいた。
お茶を飲んでいる彼女は、アンとサティの話し相手を務めていた。
「ネル姉ねは?」
「ネルハは学校よ。もうすぐ夏休みだから、その準備」
「へえ」
「ニール君は、何してたの?」
「飴細工」
ニールは飴細工をテーブルに置いた。
「食べるの?」
「うん。ルーが食べたいって。ミル姉ねが買ってくれた」
「え? ミルファが?」
「ん???」
答えたのはファイアだったが、驚いた顔をしたのはファイアとサティとアンの三人だった。
「ニール。どういうことですか」
サティが聞いた。
「え? 姉ねとお店の前で会った」
「うそ。今いるよ。レベッカの所に挨拶するって」
アンが言った。
「ここにいる???」
ニールが首をかしげると。
「ミルファは、私と一緒にお屋敷に遊びに来ましたよ」
「え。だって。姉ね。さっき帝都で仕事だって・・・」
「それは明日になったって言ってたわよ」
ファイアの答えがよく分からない。
違和感を感じるニールは急ぎだした。
「え? 今、どこ」
「レベッカ様の所にいます」
「二人いるのはおかしい!?」
ニールは、飴細工をそのままテーブルに放置して、レベッカの部屋に向かった。
◇
お屋敷のレベッカの部屋にて。
「ちょっといいですか」
ミルファがレベッカを寄こせとポーズ付きで言った。
「ん? 無理」
ルージュが絶対に無理だと拒否する。
「なぜです?」
「泣くから」
ルージュがレベッカを抱っこしていた。
よしよしと軽く揺さぶって、レベッカの機嫌を整えている。
「でもいいでしょ。もう少しで、私。お仕事に行かないといけないから。少しくらい抱っこしても」
「ミル姉ね。変!」
「変じゃないですよ。ちょっとくらい、いいでしょ。レベッカ様に触れても」
「無理! 泣く!!」
ルージュが頑なに拒んだが、ミルファがしつこかった。
でも、ミルファはルージュにとって姉のような存在だ。
双子は、メイド三姉妹とも、アイネ同様の関係になっていた。
だからルージュが根負けして、レベッカをベッドに置くからそこから眺めるだけならいいよという事になり、ルージュが渋々レベッカをベッドに置いた。
すると同時に、廊下を走ってくる音が聞こえる。
「ルー!」
「ん?」
部屋の扉が勢いよく開いた。
「そいつは、姉ねじゃない。レベッカを守れ!」
「え?」
ルージュが慌てて隣を向くと、ミルファが、レベッカに対して攻撃を仕掛けていた。
右手に隠し持っていた暗器を取り出しながら掌底を食らわせる。
手首から長い針が飛び出ていた。
それでレベッカの喉を刺すつもりだ。
反応が送れるルージュ。駆けつけているニール。そして、ぼんやりとしているレベッカ。
三者三様で敵に相対していた。
「死ね。太陽の後継者」
針がレベッカの喉元に近づく。
絶体絶命。
ルージュの反応でも、もはや何にもできない。
体を目一杯敵に伸ばしても間に合わない。
レベッカの死は確定的だった。
ただ、それは普通の赤ん坊であればの話である。
ここでレベッカの目が輝いた。
「だっ!」
胡坐の形でベッドに座っていたレベッカは、知ってか知らずか、敵の銀色の針を見つめてから、体を傾けて右に転んだ。
「なに!? 攻撃をかわしただと。赤子が!?」
「へっ」
確実に仕留められるはずの攻撃を躱されたことで驚く敵に対して、レベッカは、鼻で笑った。
赤子の癖に敵を馬鹿にする素振りを見せたのだ。
そして彼女は、倒れ込んだ状態から、左足で敵の右手を蹴り飛ばす。
ただ赤ん坊だからちょっと小突いた程度の威力だが、それでも赤ん坊にしてはその身体能力は異常であった。
「ちっ。何だこのガキは!?」
敵が戸惑っている間にルージュが攻撃を仕掛ける。
真横からのダガーを滑らせた。
敵の腕を切り落とすつもりで振り切った。
「くっ。こちらも速いか。だが。ふん!」
敵は身を翻して、ルージュのダガーを蹴りで叩き落とした。
「え?」
ルージュは、自分の最速の攻撃が上手くいかなかったことに驚いても。
「ルー。レベッカを!」
ニールが敵の上を取っていることに気付き。
行動を変更。態勢を変えてレベッカを持ち上げた。
キャッキャッと喜ぶ彼女に困惑しながら、ルージュは敵との距離を取る。
「誰だお前! レベッカを傷つける奴は許さん!!!」
「くっ。小さいガキがもう一人・・・・ニールか」
ニールの気配を察知した敵は、三人から離れた。
「ん? 我らを知っている?」
ニールがダガーを構える。
「姉ねの顔をした敵! ナボルだな」
「ほう。なぜわかった」
「姉ね。さっきお店にいた!」
「くっ。初歩的なミスか。出かけたはずなのに。この都市に戻って来たのか!?」
荷物をまとめて出かけたはずの本物のミルファは、一度ローズフィアから出てサナリア平原に向かったのだが、ここで気付いた。
『お土産忘れた』である。
だから彼女は市場通りに戻っていたのである。さすがに敵もその行動だけは見極められなかった。
下調べもして今日の彼女の行動を調べ上げていたのだが、まさか彼女が戻るとは思わず、この屋敷に来てしまったのが致命的なミスとなった。
でもこの出来事は、ほんの僅かだけそちらに運が傾けばひっくり返る事件である。
敵は確実にレベッカを殺せたのである。
と思っているのは敵だけで。実際に殺せたかは分からない。
現に敵の攻撃を躱して、無事でいられたのはレベッカ本人の力によるのである。
「すぅううううううううううううう」
ニールは急に息を吸い込んだ。
「ぱああああ――――ぱああああ――――ぱあああ」
大声で緊急警報を鳴らした。
変声術が得意な双子。
都市やフュンのお屋敷にある警報を真似ることが出来るのである。
ニールは咄嗟の判断で真似したのだ。
「なにをしている?・・・ん!?」
警報から三秒後。
疾風と共に登場した男が敵の背後を取った。
後ろから手が喉へと伸びて来るのに敵が気付く。
その手には、隠しナイフがあった。
喉元に迫る寸前で敵は自分の武器をナイフにぶつけた。
「気配がなかった。くっ」
敵もなんとかして武器を伸ばして防ぐ。
「そうか・・・ならこいつはどうかな」
背後の男がそう言った後。別な男性が天井から落下してくる。
「サティ様。アン様だけじゃない。私たちはレベッカ様もお守りする」
落下する勢いと共に長刀の一閃が輝く。
敵は鋭い一撃に対して、体をひねって躱そうとしたが、肩を軽く斬られた。
「ぐはっ。鋭い。なんだ、この男・・・男?」
中性的な顔立ちに、華奢な容姿。
ポニーテールの髪型の茶色の髪。
一見すれば女性のようにも見えるが声が太く、男性だった。
「エマンド。あなたは離れなさい。今からきてしまう、サティ様、アン様を頼みます。それと各地に影を配置です。この敵! 逃がしません」
「わかった。頼んだぞ。ジスター」
「ええ。お任せを」
鞘を持ち上げて、長刀をしまう。
「ニール君。ルージュ君。レベッカ様を頼みます」
「気をつけろ。ジスター。こいつ只物じゃない」
「わかっています。ですから、レベッカ様の事を気にしてられません。背後を頼みたい」
「わかった」「まかせろ」
後ろにいる二人に会釈をすると、ジスターは敵に二歩近づいた。
「なんだ。お前。一人で俺と戦う気か。これだけ人がいるのにたったの一人かよ」
「ええ。私一人の方がいい。皆さんを巻き込む恐れがありますからね。それではいきます」
敵に勝つ自信しかない男の名はジスター・ノーマッド。
太陽の戦士の間で、最も強い戦士である。
長刀を扱う彼の異名は『夜叉』
太陽の戦士なのに、異名を持つのは彼のみである。
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