第199話 次へ……

 「死にぞこないだろ。お前は! もういいだろ。諦めろザイオン」

 「ああ。もういいよな。お前はな。勝ったと思ってるからな。でも俺はまだまだやるぞ。いくぞ」


 全身にキレがない。

 ザイオンは、普段の半分ほどの速度で走っていた。

 遅すぎるその動きにパールマンは鼻で笑う。


 「お前は限界。そこまでの男なんだ。だから下がってればいいものを。死にに来たか」

 「俺は、最強を目指す者だ。お前に負けん。お嬢に負けたお前にな」

 「ふん。俺はまだ負けてない。奴とはいずれ決着を……それにお前よりも俺の方が強い。さっさとくたばれ」

 「ああ。そうだ。お前の方が強い。でも俺は目指す。最強をだ・・・でもそれ以上にだぞ、俺は、次へ思いを託す者なんだ」

 「は?」

 「今なら分かるぞ。シゲマサよ。お前もフュンに・・ああ。そうだ。シゲマサと俺は同じだ。だから俺はミシェルに全てを託すぞ。いくぞ、パールマン。今の俺は強いぞ」

 「何を言っている。いい加減にしろ。ザイオン」


 二人の武器が衝突する。今までは互角の打ち合いだったのだが。

 今回は。


 「な、なに」


 パールマンの大剣が弾かれた。

 攻撃特化のザイオンの渾身の一撃が、パールマンの重たい一撃を上回ったのだ。


 「俺は・・・お前を倒す。負けないぜ」

 「・・・ぐっ」

 「おおおおおおおおおお」


 ザイオンの強烈な横払い攻撃。

 それを防ごうと動いたパールマンの脇腹を持っていく。

 剣ごと押し込み。

 

 「ぐおっ。がはっ」


 脇腹数本を折った。


 「なに。この力。ふざけるなよ。ザイオン。はあああああ」

 「叫んでも俺には勝てんぞ。パールマン」


 咆哮と共にパールマンの全身に力が漲る。防御を考えずに攻撃だけをしてきた。

 互いの剣が壊れそうになるくらいに交わらせること五分。

 勝負は最初からついていたのだ。勝敗の行方など分かり切っていた事だった。


 「よくやったぜ。あんたは・・・俺の中では最高の男だ。強かった。間違いないぜ」

 「は・・・そうか・・・そういうことにしとくか」

 「ああ。満足だ。だから、あんたを終わらせてやる。俺の満足記念だ」

 「・・・ん!」


 剣も持たず、膝をついて座るザイオンは、パールマンよりも向こう、奥を見ると不敵に笑った。

 奥からこちらに向かって走ってくる人物がいたのだ。


 「そうだよな。ミシェル以外だっているんだ・・・・ああ、受け入れよう。俺の運命を」

 「死ね! ザイオン・・・・さらばだ、素晴らしき好敵手よ」


 パールマンの大剣がザイオンの腹を貫いた。

 大剣の先が地面につく程、深く刺されたザイオンは、最後の力を使ってその刀身を握った。

 手が切れようが、この剣は離さない。


 「ぐはっ・・・」

 「ん? ひ、引き抜けねえ。し、死んでるんだよな」

 

 ザイオンの体から、剣を引き抜こうとしても抜けない。

 力自慢のパールマンでも、死にぞこないのザイオンから剣を取り返せないのだ。


 「がはっ。パールマン・・・なめるなよ・・・俺たちの次世代を・・・いけ・・・ゼファー」

 「ザイオン、まだいきてやがっ・・・な、なに」


 パールマンは急に悪寒がした。

 猛烈な気配を感じて右隣を見る。

 すると、鬼の形相の男と出会った。


 「貴様。許さん」


 首筋に光る閃光のような槍が伸びる。

 パールマンは、その光によって反応が出来て、首に刺さる寸前で躱す。

 しかし、そこから鬼の男は、パールマンの体に蹴りを入れた。

 鬼の男にとってはただの蹴り。

 だが、パールマンにとっては、ただの蹴りじゃなかった。

 大柄な肉体の自分が持ち上がり、後ろにまで吹き飛ばされる。

 強烈な蹴りであった。


 「がはっ・・・な、なに。俺の体が、蹴りで浮くだと・・・あ、ありえん。くそ!?」


 吹き飛ばされていくパールマンを無視した鬼の男は、ザイオンのそばに行った。


 「ザイオンさん!」

 「・・ごはっ。この剣。俺が預かった・・・・これであいつの自慢の攻撃はできねえ・・・後を頼んだ。ゼファー」


 自分の腹に刺さった敵の剣を抱いて、ザイオンが言った。

 敵の攻撃力の源はこの大剣。

 だからゼファーが敵を倒すと信じて、力が残されていないザイオンは甘んじて敵の攻撃を受け止めたのだ。


 「ザイオンさん!! しっかり!!!」


 ザイオンの瞳の色が消えかかる。

 だからゼファーは大きく声を掛けた。


 「ゼファー」

 「はい!」

 「ミシェルを頼む・・・俺の弟子だ・・・頼む。お前にしか頼めん。真の意味でな」

 「真の意味?」

 「ああ。いずれわかる。だから頼む」

 「はい。もちろんです。必ずお守りします」

 「・・・ああ。安心だ。お、お前に託す。あとはこの戦場も・・・・だ」

 「ええ、もちろんです。我が必ず勝ってみせましょう。見ていてください。我が勝つところを」

 「・・・ああ。頼んだ・・・ぜ・・ふぁー」


 柔らかな表情だったゼファーが立ち上がる。

 パールマンを見つめると、完全な鬼へと変化した。

 異様な気配を漂わせる人間が、鬼へと変貌したのだ。

 この瞬間が『鬼神ゼファー』が誕生した瞬間である。


 ◇


 ゼファーはパールマンの前に立った。

 仁王立ちの構えでも、隙のない状態だった。


 「だ。誰だ。お前は」

 「名乗るわけがない。貴様はここで死ぬだけだからな」

 「なにを。生意気な! 俺はザイオンに勝ったのだ。お前程度に負けるわけがない。奴ほどの人間はいないからな。あれほど強い男はな」

 「その通りだ。ザイオンさんほど強い男はいない・・・それはさっきまでだ。思いを託された我が今・・・彼を越えた。我はもう許さん。貴様だけは絶対に許さん!」


 ゼファーから異様な気配が漂う。

 武人としての従者としての最高点の力を出し始めた。


 「我、従者であり。守護者・・・・そして太陽を守る戦士なり。主の為に戦い。ここからは、ミシェル殿を思うザイオンさんの為に戦おう。だから、貴様は我に勝てん。ゆくぞ! パールマン」

 「来い。戦って俺に強さを見せてみろや。この生意気野郎」


 ゼファーは槍なしで戦いに入った。 

 パールマンが武器を持っていない。

 正々堂々とした殴り合いにするのは、馬鹿なのかと誰もが思う。

 しかしそれでもゼファーには勝つ自信があるのだ。


 右の拳を叩きつけてくるパールマンに対して、遅れ気味にゼファーも右の拳を差し出した。


 「遅いぞ。お前!」

 「そっちがな! 貴様の目が節穴過ぎる。我の拳を認識していないのだ」

 「なに!?」

 「おおおおおおおお」


 後から出したゼファーの拳の方が先にパールマンに到達。

 パールマンは、引いてから拳を走り出す寸前での位置。

 力の入らない肩の上の位置に拳があった。

 そこで、ゼファーの拳と衝突。

 なので態勢が悪いからこそゼファーの拳に吹き飛ばされた。


 「なに? なぜだ。俺の拳の方が速いはず・・」

 「くらえ。乱打の嵐でいく」


 完全に崩れた態勢のパールマン。

 拳が後ろに大きく弾かれたことで、全身が後ろに倒れかける寸前だった。

 そこにゼファーが、急接近。

 彼の体の至るところを両拳で殴る。

 叩きつけるようにして殴る音は、戦場に響く鐘のようだった。 


 「お・・・重い・・・・なんだこいつは」

 「貴様が・・ザイオンさんを・・許さん」


 殴る姿は鬼。

 まさに敵を撲殺する勢いの恐ろしい鬼である。

 拳を引く。パールマンの血がついて来る。

 拳を叩きつける。パールマンの筋肉が壊れる音が聞こえる。

 この鬼神の攻撃を一身に受ける事になるパールマンは、一撃をもらう度に気を失いかけていた。

 ゼファーの乱打の嵐で、パールマンが地面に落ちる。

 そして、そこからの鬼は、馬乗りになって殴り始めた。

 これにより攻撃力がますます強化されたのだ。


 「ぐはっ・・・強い。何だこの男は」

 「許さん! ミシェル殿がどれほど悲しむか・・・貴様だけは絶対に許さん」


 相手の返り血を浴びる鬼は、仲間の為に怒っていたのだ。



 ◇


 これよりほんの少し前のクリスたち。

 ゼファーだけを呼び出したクリスは、彼にとある指示を出していた。


 「まずいです。あれは、どちらかが死にます」

 「なんですと。クリス。本当か」

 「ええ。ゼファー殿。シルヴィア様が出撃されましたが、あのままだとミシェル殿の方に行くと思います。なので、ゼファー殿はザイオン殿の方へ。間に合えば彼を救えます。お急ぎを。指示は追って私が出しますが、今の指示はとりあえずあの場に行ってください。ザイオン殿を頼みます。数騎を連れて行けばあなたならばあの円の中に入れる。相手の背後を突けばあなたならば余裕なはずです。急いでください」

 「承知。急ぎます」


 クリスがゼファーを送り出していたのだ。

 彼がこの戦場をコントロールしていた。

 そしてそこからカゲロイが現れる。


 「クリス。まずい」 

 「なんでしょう」

 「影の報告が来た。中央軍壊滅! フラムが捕虜になった。それでネアル軍が動きを止めて何かをする気だ」

 「・・・わかりました」


 緊急事態の中でもかなりの緊急事態。

 中央軍の壊滅など、戦争自体が一変するような危機である。

 しかし、クリスは真顔で今の言葉を受け入れていた。


 「れ、冷静だな。お前。この全体の戦場ヤバいんだぞ。負けるかもしれん」

 「わかっています! ただ、その情報だけで全体が負けるとは限らない。だからここで焦っても仕方ないです。策を考えます」


 クリスは最善を求めた。

 こちらが不利な部分。

 こちらの有利な部分。

 それら全ての戦場を頭に入れて、盤面で取れる作戦を頭の中に次々と出していく。

 いくつもの作戦が頭をよぎっては消し、よぎっては検討する。

 その中で、クリスは一番の策を取った。


 「カゲロイ殿。隣同士の戦場を移動する場合。その移動時間は」

 「一時間だな。軍で移動するとしたらな。俺たちだとそれの半分以下だ」

 「わかりました。では、一時間半で。この戦場に立っている者を我々だけにします」

 「な。出来るのか?」

 「出来るのかではありません。出来なければ、我々の負けです。ですからやり切ります。それにすでに目の前も終わりかけです。だから勝負を決めたい」


 クリスの決断した目に力強さを感じる。

 カゲロイは、クリスの目を信頼した。


 「今からシュガ殿をこちらに、急ぎ六千の騎馬をこちらに寄越してくださいと伝えてください」

 「なに・・そんなにか。でもまだ混沌の最中じゃ」

 「ええ。ですがそれでも寄越してください。それと、ソロンにギルダル部隊を殲滅しなさいと伝えてください。歩兵二千。騎馬二千の計四千あれば、相手の一万は消せるはずです。相手は大将がいません。指揮命令がぐちゃぐちゃになっている今ならばソロンでいけます。彼女は優秀です」


 現在、ゼファーがいなくなった状態でも、シュガとソロンの騎馬歩兵部隊は、ギルダルなしのギルダル部隊を殲滅し始めていた。

 二万あった兵の半分以上を殲滅し、あと残りを一気に叩くところ。

 でもそこから六千の兵を減らすとなると、数はこちらの方が不利になるのだが、それでもソロンだけでも相手を殲滅できるとクリスが判断した。


 「急いで。この指示をお願いします」 

 「了解だ」

 「そして、シュガ殿に指示を伝えた後。カゲロイ殿はもう一度私の所へ。別な指示を出したい」

 「了解だ」

 

 指示を出し続けるクリスは負けないための作戦を発動させていた。



 ◇


 「ザイオン。ザイオン!!!」


 リアリスが、剣の刺さったザイオンのそばに行った。


 「ぐ・・・だ、だれ・・・だ・・・みしぇ・・・いや、違う・・・そうか。リアリスか」

 「ザイオン!」

 「おう。心配すんな・・・ちゃんと見てるぜ・・・ゼファーが勝つところをな・・・ほら、勝ってるだろ。ははは」


 ザイオンの瞳は、世界を映していない。目に色が無かった。前を見ているようで見ていない。

 もう完全に目が見えていないのだ。

 でもそんな状態でも関わらず、ザイオンはゼファーが勝っていると信じていた。

 だから、リアリスは隣で泣いていた。

 最後の最後まで、仲間を信頼しているザイオンのその思いに・・。

 彼女の涙腺は決壊していて、顎にまで流れていた。


 「ザイオン・・・駄目だよ・・・ザイオン生きてよ」 

 「な・・生意気娘・・・・後は頼んだ。皆の事を・・・がはっ」


 血を吐いてもザイオンは絞り出すようにして話す。


 「・・・・ミシェルのことも・・・ゼファーのことも・・・ミラも・・・そしてお嬢も・・そしてフュンもだ・・・・あいつが俺たちの希望・・・フュンは俺たちを変えてくれる・・・漢なはず・・・ついていけ・・・リアリス・・・あいつこそが・・・俺たちの希望・・シゲマサもそう感じたんだ・・・だからついていけ・・たの・・・んだ」

 「ザイオン! ザイオン!!!」


 声に力が無くなっていた。でもザイオンは、笑顔になっていく。


 「俺は・・・ここまで・・・でも楽しかったぜ・・・みんな・・・んじゃ、ちょっくら先にシゲマサの所に逝ってくら。みんな、まだ来んなよ・・・特にミシェル・・・幸せになれ・・・」

 

 優しく思いを言い残してザイオンの心臓は止まった。




―――あとがき―――


小噺


ミシェルの師ザイオン。

彼女を育てた理由はただ一つ。

自分と同じような環境で育ったから。

スラム出身で、ミシェルは賊にはならなかったが、同じような子供時代を過ごしていた。


だから、ザイオンは、自分が出来なかったことを彼女にしてあげた。

特に勉強。授業だけは、しっかり受けようと言ったのだ。

ミランダも一応は貴族出身であるので、そういう教育をすることが出来る。

なので彼女は、ミランダから教養を学んだ。

ウォーカー隊にいながら賊特有の荒々しさがないのは、そういうことである。

普通の軍の将軍としてやっていける器を手に入れたのでした。

ザイオンの英断であります。



小噺2


ちなみにタイムは、普通の生まれです。

親がウォーカー隊に所属したために、普通な子でありますが里暮らしが長いです。

リアリスも同様で里暮らしが長いです。

ただリアリスの親は賊であるので、彼女は生意気です。



小噺3


ラメンテは、意外だと思うところですが、全員が賊ではありません。

普通の市民などが住むことがあります。

主な原因は、事業に失敗したり、農業が出来なくなったり、村が無くなったりした人です。

皆で協力して暮そうとするのがラメンテであるので、今のサナリアの先駆けですね。

規模は小さいですがね。

ラメンテを見たことで、フュンはサナリアをそういう場所にしようとした。

と考えてもいいです。

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