第180話 戦の女神 ヒストリア・ウインド

 「気配が変だ。妙な感じがする」

 「ええ。おそらく敵に出くわしても、あなたには姿が見えない。なので私が戦います」

 「まかせろ。そんなものは勘で斬る」

 「駄目です。危険です。こちらから先手を取るにも相手の姿が見えないと・・・ん、動いた!?」


 屋敷の範囲外から敵が動いた。

 こちらへどんどん近づいて来る。

 敵が、屋敷に入ると影の気配がより強くなった。


 だから、窓辺にいたヒストリアとソフィア様が危険だと判断した私が、そちらの方に動き出したのだが。

 それよりも先にヒストリアが動いた。

 戦いの勘が彼女を正解に導く。


 「カルゼン。ソフィアを守れ」

 「え? は、はい」

 「体術。出来るだろ」

 「もちろんです」


 ヒストリアは、ソフィア様を抱っこしてから投げ飛ばした。

 放り投げた先はカルゼンだ。


 「ヒストリア! もっと丁寧にお願いします」

 「言ってる場合か! 部屋の奥にいけ。最終ラインはお前だ。身を挺してな」

 

 ソフィア様を守ろうとしてくれる二人の緊迫した会話の中で、その肝心のソフィア様は、空を飛ぶ間。


 「うわあああ。おもしろ!」


 こちらの気が抜けるような楽しそうな声を、部屋中に響かせていた。


 「おっと。大丈夫ですか。ソフィア様」

 「うん。ありがとねカルゼン」


 カルゼンは突然の出来事にも対応してソフィア様をキャッチしました。

 彼の体術もなかなかやります。

 気になっていましたが、優男に見えてカルゼンも強かったのです。

 気配が強者でした。


 「来る! ここは私が近い。私がやろう」


 ヒストリアとソフィア様がいた出窓の窓ガラス。

 そこから、石が飛び込んできた。

 出窓のガラスを割りながら無数の石がヒストリアを襲う。


 「どこの誰だが知らんがな。この私を殺るには、ちと数が足りん。あと速度も足りん。ぬるいわ」


 ヒストリアは、高速剣で全ての石を叩き切った。

 その剣技は鮮やかで、戦の女神リティスと呼ばれるにふさわしい女性でした。

 戦神に愛された女性。

 当時の帝国人はそう呼んで、親しみと畏敬の念を抱いていたのです。


 「ん!? 長いな・・・随分数を用意しているんだな」

 「そこの窓を押さえていてください。ヒストリアさん。私はこちらを押さえます」

 「おう・・・なるほど。敵が来てるんだな」


 第二弾でやって来る石の軌道が、部屋の奥にいるカルゼンとソフィア様を狙う軌道になっていた。 

 だからそこをヒストリアに任せて、私は別の窓のそばに寄る。


 『バリ――ン』

 

 皆には何も見えていない。でも窓ガラスは割れた。

 敵は影。私にだけ見える影でした。


 「あなたたちは誰ですか」

 「!??!」


 私に完璧に姿を見られていることに、侵入してきた影の二人は驚いた。

 二人が互いの顔を見ていた。


 「お答えは! 頂けないと。そういうことですね・・・じゃあ死にますか」

 

 私は暢気じゃありません。

 見下すような言い方で敵にその言葉をぶつけると、敵は身構える。

 がしかし、その構えの速度が遅い。

 一般人に比べたら早い。でも私の前に立つには遅すぎました。

 

 「竜爪! 死になさい」

 

 私は、手首に常備している鉄の糸を使いました。

 太陽の技にある。

 特殊武器の鉄の糸を巧みに操作して、相手を封殺する技があります。

 そして、その道具で使用する技を通称、竜爪というのです。


 「ぐはっ」「ぐっ」


 右の女を即座に殺し、左の男をきつく縛る。

 竜の爪は、人を切り裂くのに何秒もいりません。一瞬であります。


 「ヒストリアさん。まだ石は来ていますか」


 ここで私は背後で対処してくれているヒストリアに振り向かずに聞きました。


 「来てる。こいつで三度目だな。数が増えている! でも足りんわ。私を殺す気で来い!」


 攻撃に対してなぜかもっと来いと言っている彼女の剣技が、どんどん鋭くなっていたようです。

 石を斬る音が増えているのが背中越しで分かりましたから。


 「敵はどの程度いるのでしょうか。あなた。言わないと隣の女のようになりますよ」

 

 影の力を失い。表に出てきた男性に向かって私は脅した。

 怯える顔をしても関係ありません。

 私の大切なソフィア様を攻撃しようとしたのですから。


 「数は!」

 「・・・な・・七だ」

 「あなたたちは誰!」

 「い・・言えるか・・・言ったら死ぬ」

 「なぜ!」

 「こ・・これだ・・これが発動してしまう。例の物がないのに・・・まずい。もう発動するかもしれ・・」

 

 男は手首にある刺青を見せてきた。


 「発動とは何です?」

 「それ・・は、もちろん・・・」


 とびきりの殺気と共に攻撃が来たので、私が男から離れると。 

 ダガーが飛んできた。

 男の首に刺さり絶命する。


 「なに!?」

 

 私が窓の奥の外を見る。

 すると庭の奥の茂みから、五つの影が出てきた。

 私にしか見えない敵は、こちらに向かって歩いていました。

 だから石の攻撃が止んでいたのです。


 「攻撃が止んだ? なぜだ?」

 「ヒストリアさん。下がってください。あなたでは危険だ。相手の姿が見えていません」

 「ん? そうか。敵が近づいて来てるんだな。そうだな。数はまあまあいるな」


 ヒストリアは、敵の歩く動きが出たので、気配を察知した。

 おそらくヒストリアは、その場に止まられると気配を察知できないようでした。


 「気配感知だけでは戦えない。部屋でソフィア様をお願いします。私が外に出ます」


 私は、割られた窓ガラスから外に出た。

 すると、隣にヒストリアが来た。


 「だから・・・あなたは。話を聞きなさい」

 「いい! お前が下がってくれ。後ろを頼む。敵が見えているお前の方がソフィアを守れる。だから、私の背中は任せたぜ」

 「え?」

 「私が出る。任せろ! 背を預ける! ニシシシ」


 満面の笑みで、彼女は私に指示を出した。

 そのカッコよさは、私が出会った人物の中で一番でありました。

 

 「なんかモヤモヤしてる奴らが敵なんだろ。それでは、いく」


 雰囲気で見えている。それがその時の彼女だった。


 「覚悟しろ。見えん敵! はあああああああああああああああああ」


 もの凄い音量の咆哮。

 地響きしているくらいの音圧を出した彼女の目が暗く沈む。

 深く、深海の底へといくように、色が無くなり。

 彼女がさっきまで出していた闘気のような気配が消えた。

 戦う意思を見せていない姿に違和感を覚えるが。


 「き、来ました。ヒストリア! 構えて! まずい」

 「・・・・・」


 私の呼びかけに返事もしない。

 凄まじい集中力でした。

 忠告を聞いていなかった。

 

 そして彼女は、相手の姿が見えないのに、相手の動きが見えていました。

 

 「右。六歩・・・・斬」


 そう言った彼女が、右に流れて横一閃の攻撃をした。

 絶対に敵が見えていません。

 なのに敵の胴を真っ二つに斬った。

 一撃に対して込める威力がとても高い一閃。

 外せばその無防備さを露呈してまずいことになるのに、彼女は迷いもせずに攻撃をします。


 「左。前方十七!・・・・突き」


 猛烈な突進からの突き。

 見えていなければ攻撃できないピンポイントの攻撃。

 彼女は相手の喉を突き刺す。

 

 「む。動かんか・・・わからなくなった。靄も見えん!」


 今の攻撃後に、相手の動きが消えたことに気付く。

 その通りなのです。

 敵は彼女の動きに恐れ慄き、足を止めていた。

 だから気配を読めなくなったのです。

 そこで彼女は。


 「だああああああああああ」


 迫力のある声を出した。

 その直後からヒストリアは再び動き出した。

 相手がいる位置に正確に移動し始めた。


 「な、なぜ・・ま、まさか。あなたは、音で!?」


 敵は見えないだけで、いないわけじゃない。

 そこにいることが明確ならば、音を反響させて位置を特定させる。

 でも跳ね返った音なんてわずかだ。

 着ている服などで吸収するんだ。

 でもそのほんの僅かな音の違いを聞き分ける感覚と、戦いにおける研ぎ澄まされた集中力。

 この両方を持って、彼女は戦っていた。

 間違いない。彼女の才能は、群を抜いているのだ。

 人間の限界値にいる人だった。

 いえ、もしかしたら本当に神に近づいているような人かもしれません。


 「私の友人に手を出そうとするとはな。ゆるさん。覚悟しな!」


 彼女は気配だけを感知して、敵を殲滅しました。

 その強さはまさに神がかっています。

 戦の女神にふさわしい女性なのです。

 本当に、神の化身のようだったのです。

 私が出会った者の中で、一番強い人は誰ですかと聞かれたら。

 間違いなく彼女の名をあげます。

 

 『ヒストリア・ウインド』


 帝国の皇女にして、最強の戦士。

 ウインド騎士団と呼ばれる。

 当時の帝国最高戦力を持っていた女性です。

 生きていれば、彼女が皇帝であったのは間違いありません。

 人望。才能。

 全てにおいて彼女の右に出るような皇帝の子はいません。

 いえ、違うかもしれません。

 皇帝の子だけじゃないかもしれません。

 帝国建国以来の最高の逸材。

 それがヒストリア・ウインドであったと思います。


 

 「よし。表に出てきたな。こいつらが敵・・・誰なんだこいつら」


 死んで影に潜めなくなった敵らの遺体に向かって彼女はそう言った。


 「それで、さっきの男が見せていたのはこいつだな。人それぞれの場所に刺青がある・・・・蛇だな」


 ヒストリアはあの量の石を捌きながら、私と敵の会話を聞いていました。

 ということは余裕があったのです。

 とんでもない量の石の攻撃であったのに、彼女にとってはあれが少量だったということです。


 「蛇ですね」


 私とヒストリアが遺体を調べていると。


 「ちょっとお二人とも、何を冷静に・・・死体ですぞ」

 「へ~。この人たち、なんだか顔色が悪いね」


 少しだけ怯えているカルゼンと、全然平気なソフィア様も外に出てきた。


 「顔色が悪いって・・・死んだんだから当然だろ」

 

 ヒストリアは、ソフィア様のそばで答えた。


 「違うよ。死んだばかりで顔色が悪いって変でしょ」

 「ぬ。それもそうだな」

 「この人たち・・・何かの毒をもらってるのかな?」

 「毒?」

 「うん。そんなに急激に具合悪くなる毒じゃなくて・・・何かに反応している・・感じかな。たぶん」


 ソフィア様は診断能力がありました。

 死体を見る経験は数回。彼女は医師の仕事現場にも立ち会ったことがあります。

 興味があって里のお医者様の所にずっと通っていました。

 

 「何故毒を初めからもらっている? 戦う事を決めているだろうにな」

 「それは知らない・・・でもさ。この刺青・・変だね。んんん」

 「これがか。どれ」


 敵の右手にあった刺青をヒストリアが触ろうとしたら。


 「駄目!」


 ソフィア様が凄い剣幕で怒った。


 「どうした?」


 急に怒られても、ヒストリアは怒り返さなかった。

 

 「これが怪しい気がする」


 ソフィア様は刺青に対して触れないように指を指した。


 「ん。これがか?」

 「うん。変な感じがする。触らない方がいい。何か手袋のようなものが無いと駄目ね。直接はやめましょう」

 「・・そうか。わかった。やめておこう」


 ヒストリアは素直に下がってくれた。

 ソフィア様の勘を信じてくれたのです。


 「でも、この人たち。ヒストリアを狙ってたの? それとも私??」

 「さあ? でも攻撃位置は、明らかにソフィアだったな」

 「じゃあ、私なんだ。何で殺されそうだったんだろ。やっぱりそのいるかどうかわからない敵かな」

 「そうだな。ま、別にいいじゃないか。守れてよかったしな。ハハハハ」

 「そうだね。守られてよかったね。ラッキーラッキー。ハハハハ」


 と言い合った二人は肩を抱いて、鼻歌を歌い始めました。

 息が合い過ぎる二人なのです。

 友達になる速度も異常でしたが、仲良くなる速度も異常でした。

 


―――あとがき―――


ウインド騎士団。

当時の最高戦力の騎士団はたったの五千しかいません。

ですが、他の貴族共が持つ寄せ集めの軍では勝てません。

彼らは一個の軍として、規律性、機動性、連動性が桁違いでした。

それと団長と副団長二人が、個人でも異常に強かったのです。


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