第三章 太陽の人と太陽の戦士の後悔

第173話 太陽の戦士 レヴィ・ヴィンセント

 「き、貴様は誰だ!」


 ゼファーは携帯式の組み立て型の槍を手に持ち、相手の喉元に槍先を近づける。

 

 構えの無駄のなさ。

 武芸の達人であればすぐに気づく。

 ゼファーには隙が無い!

 生半可な者が、今の彼と向かい合わせになれば、その圧力に屈してしまうくらいの力が出ている。

 なのに、こちらの女性には何も響かなかった。

 平然な顔を崩さずにゼファーを見つめ返す力を持っていた。


 「あ、あなたは」

 「みたことがあんぜ・・・つうかお前は!? お前は!!」


 シガーとフィアーナが気付いた。


 「誰だ。あんたは! あたしとサブロウの気配察知を越えてんぞ」 

 「おいらよりも強い影だと!? 信じられんぞ」

 

 二人は自分たちの影の力を超える女性に驚いてしまい、慌てるような形で話しかけていた。

 普段全く動じないサブロウもかなり動揺をしていたのだ。


 「いつつ。ゼファーも、もう少し優しく僕を・・」


 ゼファーの後ろでフュンが立ち上がる。

 

 「殿下。早くお下がりください。敵です。それも強い。この私よりも・・・」


 話すにも余裕のないゼファーは彼女の強さを肌で感じ取っていた。


 「え? いや、誰が来たんでしょうか。敵だとしても皆さんがいますからね。僕は安全ですよ。信じてますからね。皆さんの方がつよ・・・あ!?」


 フュンは立ち上がって、状況を確認した。

 ゼファーの背から少しだけ顔を横に出す。

 見えた女性の顔には見慣れた傷跡。

 首すじにある盛り上がった傷。

 そこで判断が出来たのだ。

 表情に変化のない顔に、相手を蔑むような冷たい目。

 でも暖かい心を持っている女性が帰ってきた。


 「レヴィさんだ!? え、レヴィさん。なぜこちらに!?」

 「はい。お久しぶりです。フュン様」


 女性は、フュンに対して深々と頭を下げた。

 ゼファーの警戒度が高いために、フュンが前に行こうとすると邪魔をする。

 だからフュンが『大丈夫ですよ』とゼファーの左肩を叩いた。


 「殿下!」

 「大丈夫。レヴィさんは僕の大切な人ですから。気にしないで。下がってください」

 「しかし・・・強さが・・・異常で・・・」


 敵として認識している女性の強さが異常。

 だから警戒を続けているゼファー。

 主の態度が味方に対する者でも、自分だけは警戒しようとしているのだ。

 でもその彼を押しのけて、レヴィの前に出たフュン。

 無表情から若干だけ穏やかな表情になりつつあるレヴィと会話を続ける。

 

 「なぜ? レヴィさんが? レヴィさんはご実家に帰られたと、ハーシェさんにお聞きましたけど」

 「ええ。そうです。帰っていました。私の実家とは」

 「実家とは?」 

 「あなた様しかいません」 

 「へ???」

 「色々な事を知りつつあるフュン様。ソフィア様との約定もそろそろであります。彼女の意思と私の思いをお伝えしてもよろしい頃かと思い。機会を待っていた所。今が落ち着いた頃なのだろうと思いましてね。ここのタイミングがよろしいかなと」

 「・・・え???」


 会話が成り立っていない気がする。

 フュンがそう思うと後ろから。


 「あんたは。そうだ! ソフィアのメイド・・・レヴィ!!! 懐かしいぜ」

 「ソフィア様のメイド長の方だ・・・」

 

 フィアーナとシガーが驚いていると、レヴィが無言で二人に頭を下げた。


 「おい。つうか、なんであたしらよりもすげえんだ。そのメイド長とやらがよ」

 「お、おいらの目にも、映らなかったぞ。ずっとフュンの背後にいたのかぞ」

 

 ミランダとサブロウの質問に。


 「そうです。このお方は私の太陽ですからね。太陽の戦士の一人である私の力の源。だから私はフュン様の戦士であらねばなりません」

 

 レヴィは淡々と答えた。

 

 「しかし、この私の気配を読めないのはいけませんよ。あなた方。フュン様をお守りするつもりならば、この太陽の技を見破れないといけません。そんなでは、夜を彷徨う蛇ナボルとの決戦をしてはいけませんよ」

 「なんだと!?」


 ミランダが言った後。すぐにレヴィが返す。


 「ええ。夜を彷徨う蛇ナボルとは、太陽から別れた組織のことです。奴らは、いわば支流です。本流である我らの技をただやっているような輩です。ですが、中々に強いのも事実です」

 「太陽の技・・・聞いたことがあるぞな」


 サブロウが聞いた。

  

 「ええそうでしょう。我らと同じアスタリスクの民よ。あなたなら知っていて当然。知らねば、それは先祖に教えてもらわなかったことを恨むといい」

 「ん!? アスタリスクの民? おいらのことぞな?」

 「ええ、ヤマトでしょう。あなたの祖先はね」

 「な、なぜ、ヤマトを!? なぜ知っている!?」

 「もちろん知ってます。サブロウ。その特徴的な名は、ヤマトの民の名ですからね」


 知らない話が空中を飛び交う。

 フュンの頭の中は疑問で一杯だった。

 そんな不思議そうな顔をさせてしまった事で、さっきまで冷静だった女性に動揺が走る。

 急に慌てて、申し訳なさそうな顔になりながら、フュンに再度話しかけてきた。


 「フュン様。申し訳ありません。一度に話をしてしまい、訳がわからないことを。少しずつお話するべきですね」

 「え?? いや、確かにそうですが。謝る事ではないですよ。それで、何故僕のそばに来てくれたんですかぁ」


 わからない時はシンプルに質問するに限る。

 フュンは冷静だった。


 「そばに来てくれた?」

 「ええ。会いに来てくれたんですよね」

 「いえ。いましたよ」

 「はい?」

 「あなた様のそばに常に一緒にいました」

 「・・・・え?」

 「あなた様が、大きくなるところも。人質になった時も。戦いに出た時も。常に私はあなた様のそばに張り付いていました。影ながらお命をお守りしていたのですよ。いつどこで誰が。敵となるのかを見極めるためにです。あなた様はお命を狙われる存在。だから必死に影に隠れていました」


 レヴィは常にフュンのそばにいたらしい。

 フュンも知らぬ事実である。


 「それで、幾度か表に出たくなった時もありました。でも全て我慢しました。いや、一番危なかったのは人質の時でしたね。アハトの屑を殺そうかと思いましたよ。ハハハ。あの男、フュン様を何だと思っているのでしょう。今も生きていたら、まずは戦って、ボロボロにしてから、裸にして街中を引きずり回していましたね。辱めを受けさせます。あの男には」

 「・・・え? ええ???」


 何を言っているんだとフュンの頭は思考停止した。


 「んだと。んじゃ、あたしとこいつが会った時もいたのかよ」

 「ええ。いましたよ。あの罠だらけのお屋敷の地下の時。話の聞かない女性ですよ。あなたはね。もう少し冷静にならねば、あと少しで私はあなたを殺すところでしたよ」

 「なんだと」

 「当り前です。フュン様が大切にしようとしたこの子を殺そうとしたのですからね」


 ミランダと話しているレヴィは、ゼファーの事を指さした。

 

 「なに。なんでそれを」

 「もちろん。全てを見てきています。あなたに育てられたこともです。あなたは丁寧に、フュン様を指導してくれました。そこは大変感謝しています。あなたのおかげで、サナリアでは受けられない。一流の教育をフュン様が受けることが出来ました。ありがとう」

 「あ。どうもです。それはご丁寧に」


 レヴィが急に頭を下げて感謝したので、ミランダもついつい感謝を返していた。

 お互いが丁寧にあいさつを交わしていた。


 「じゃあ、あんたは。おいらたちの影が見えてんのか」


 疑問があったサブロウは聞いた。


 「もちろん見えてますよ。中々良き影たちです。あなたの育て方は大変よろしいと思います。ただ、私クラスには無意味となる。それとですね。実はあの皇帝の影たちもまだまだなんですよ・・・なのに、名乗るとは許せない」


 何を言ってるんだと言いかけたサブロウが、しっかり質問を返した。


 「名乗るとはなんのことぞ?」

 「暁を待つ三頭竜ドラウドの事です。あれは本来。我々の事を指します。我ら暁を待つ三頭竜ドラウド。これは単純に言えば、アスタリスクの民の太陽の戦士の事を指します」

 「え?」

 「詳しく説明してもいいですが・・・その前に、私はフュン様に用があります」


 レヴィはもう一度フュンに体を向ける。


 「フュン様。お母君。ソフィア様のため。そして自分の為に。私はあなた様をお守りしていました。あなた様が人質になろうが・・・ハーシェが死のうが・・・ゼクスが死のうが・・・私は耐えてきましたが、そろそろ出番かと思いまして、あなた様の元に姿をさらしたというわけです」

 「は、はい。で、ではレヴィさんはずっと僕の影にいたのですか」

 「はい。そうです。ですが影にいたのではないです。太陽の庇護のもとにいただけです」

 「太陽ですか」

 「ええ。あなたとソフィア様は、太陽の人です。私にとって、暁を待つ三頭竜ドラウドにとって、アスタリスクの民にとっての希望の太陽です。そして現在。あなた様が最後の太陽となっている現状です」 

 「僕が。最後の太陽?」

 「ええ。後継ぎがいらっしゃらないので、最後の太陽です」

 「後継ぎも、何もまだ結婚が」

 「早くしましょう。結婚は。フュン様。あなたは継がなければなりません。意思と。血を」

 「はい? 血を?」

 「ええ。あなたならば、意思は継いでくれるでしょう。あなた様の魂は。ソフィア様にそっくりですからね。ですが、血はまだです。早くにお子をお願いします。ソフィア様はお一人しか産めなかったことを後悔していました。ですが、あなた様を産んだことは後悔していません。あなた様はソフィア様にとても愛されていました。それは十分ご存じなはずです」

 

 レヴィがフュンの頭を撫でる。

 この時の顔が無表情なままなのが、幼い頃を思い出す。

 フュンは、レヴィに微笑んだ。


 「そうですね。僕は知ってますよ。母上が僕を愛してくれたことも。レヴィさんが僕を大切にしてくれていたこともね」

 「ええ。もちろんです。あなた様は何よりも大切な存在です。では、私があなた様の謎を少しずつお話しましょう。それには、彼女の・・・ソフィア様のお話をしなければなりません。その前に、歴史をお話します。事情を説明してからの方が、昔話を理解しやすいです」


 そう言ったレヴィの昔話は、フュンにとって初めて聞く母の話であった。 

 この話を聞かされたフュンの最初の感想は、『何も母の事を知らなかった』である。



―――あとがき―――


第三章スタートです。

第三章は過去編です。

フュンの知らない過去。

母ソフィアの事です。

歴史を知ることが、次への第一歩になる。

それが第三章のテーマです。


それと今まで出てこない用語が結構出て来るので、最初は難しいと思います。

これらは徐々に分かる仕組みになっています。

第三章全話を通せば、なんとなく過去全体がわかっていきますのでご安心を。


では次回をお楽しみに。

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