第153話 辺境伯就任パーティー 予想
「ヒルダさん! お久しぶりですね」
「ええ。フュン様。お久しぶりでございますわ」
「ん??? フュン様!?」
ヒルダからの丁寧なあいさつに、こういう場でたじろぐことが少ないフュンが、後ろに後ずさった。
彼女の後ろから、一人足りないがいつものメンバーが現れる。
「おう。久しぶりだな。あんた」
サナはいつも通り。
「おい。やめとけ。フュンさんは辺境伯だぞ。俺たちよりも格が上だ。無礼すぎる!」
だからマルクスは、態度を改めろよと、肘でサナを小突いた。
「え? いやだって、この人はさ。こういう感じが好きなのかと思ったのさ。フランクが好きなんだよ。な!」
「なわけねえだろ。貴族よりも上の人になったんだぞ。馬鹿が。格下が偉そうにすんなよ」
「いやいや、サナさんの言う通りですよ。僕はそっちが好きです。ありがとうサナさん」
馴れ馴れしい態度の方が好き。畏まられて距離が遠くなるのが嫌い。
どれだけ偉くなってもフュンとはそういう人間なのだ。
「ほらな。あんたはそういうと思ったぜ。あんたからはさ。武人の匂いがするからさ。こういう感じがいいんだぜ!」
「僕が武人ですか。嬉しいですね。サナさん、僕って強くなりましたかね!」
「ああ、強い。9くらいはあるんじゃねえのか。だいぶ強くなったよ」
「本当ですか。やりましたね僕。ハハハハ」
10点満点中の9。
あの頃のゼファー並の強さになったらしい。
おそらくは駆け引きが出来る分、今のフュンは子供の頃のゼファーを圧倒するだろう。
「フュン様。今までしでかしてしまった無礼をお許しください」
話に割って入ったヒルダの顔が真剣だった。
「無礼??? ヒルダさんが僕に無礼を働いたことなんて、一回もないんですよ」
「いえ。あなた様を田舎者と罵った事。心から詫びていきたいと思います」
「ああ、それは真実なんですよ。実際に田舎者だったんです。あ、今も田舎者ですよ」
笑顔いっぱいで答えた。そこに嫌味などはない。
だけどヒルダの態度が変わらない。低姿勢を貫く。
「いえ。よくありません。シンドラの姫として。帝国の人質として。ここはしっかり謝らなければなりません。あなたからのお許しをもらわねば……帝国の辺境伯となられた方に失礼を働きすぎました。申し訳ありませんでした」
「んんんん」
『何にも悪くないのに』と思っているフュンは腕を組んで困っていた。
深々と頭を下げたまま、彼女の顔が上がってこない。
これは、許しをもらうまでは、頭を下げ続けるようだぞとフュンは感じた。
「困りましたね……それではですね、一つ条件を加えて、今までの無礼とかいう奴を僕が許しても良いですか」
無礼だと思っていなくとも、ここでそう言っておかないと、この人はいつまでも許しを乞うだろう。
フュンは許すとかもないですけどもと、思いながら言っていた。
「はい。何なりと申し付けください」
困ったことにまだヒルダは、頭を下げたままだった。
「では、ヒルダさん。サナさん。マルクスさん。そして今はいらっしゃらないタイローさん。この四人と僕は友達ってことでお願いします。話し方も前のままで。いつもの感じになってください。僕らはそういう関係がいいんです。この生きにくい帝国の貴族社会の中で。僕にだって友人がいたっていいですよね? 僕は、以前にヒルダさんのお誘いを断ってしまったのが申し訳ないので、それであなたの無礼とやらを打ち消しにしませんか。僕をあなたの仲間に入れてくださいよ。これで後ろめたさはないでしょ。僕があの時は悪かったのです。どうです?」
「そ・・それは・・・」
ヒルダは変わった罰をもらう。
罪はない。
そう言われてもヒルダの心が晴れることはなく、頭を下がたままにしていたのだが、思いもよらない考えの今の言葉で、顔だけは上げてみた。
笑顔のフュンを見上げる。
「はいはい。ヒルダさん。前の事はね。お互いの事として、水に流しましょうよ! というよりもですよ。元々僕が気にしていないので、ヒルダさんはまったく気にしなくてもよいのですよね。そうでしょう? 僕、気にしてないんですよ!」
ヒルダには謝るような罪がない。
これがフュンの本音である。
「そ・・・そうですか。では、これからもよろしくお願いしますわ。お友達と言う事で!」
「ええ。ですが、ヒルダさん。それではいけませんよ。ヒルダさんはいつでも自信に溢れていなければ、ヒルダさんではありませんからね」
「そうですか。そうですわよね。おほほほ」
「そうです。良い調子ですよ。いつも通りになってくださいね」
「ええ。わかりましたわ」
明るくなったヒルダと、フュンたちはしばらく会話を楽しんだのであった。
彼女らとは最初の茶会で出会い、貴族集会で親睦を深め、就任パーティーで、ついに友となったのでした。
フュンにとっては、貴重な貴族の友達である。
「まあまあ。楽しく飲んでいきましょうよ! ヒルダさん。サナさん。マルクスさん!」
「そうしましょう」「おう。楽しく飲もうぜ」「俺もいいのかな」
三人とフュンは一緒になってお酒を一口飲む。
談笑を暫し挟み。
フュンが三人に聞く。
「そうだ。そうだ。タイローさんは?」
「さっきまでは一緒だったのですけど。何やら急用ができたらしく、先程出て行きましたわ」
ヒルダが答えて。
「あいつ。最近付き合い悪いからな・・・どこ行ってんだか」
サナが言うと。
「お会いしたかったのに悪い事をしましたと、フュンさんにお伝えくださいって。俺は言われてました。さっきのヒルダのせいで忘れてたわ……あいつ、申し訳ないって、何度も言ってましたよ」
マルクスが説明してくれた。
「そうですか。用事……ですか。それは仕方ありませんね。彼にも何かがあったのでしょう。いや、彼は何かを起こすのでしょうね。やはり・・・彼は・・・残念ですね」
それ以上の言葉は紡がなかったフュン。
急に会場の窓ガラスを見て、物思いにふけった。
◇
『くっ。ここまで、敵と共に侵入し。あちらの姿が全く見えないなんて。この私を超える影移動。敵はどれほどの影の達人なのでしょうか。凄まじいです』
敵の後をつけるナシュアは、地下牢三階まで侵入していた。
相手の気配は6つ。内2つが自分の能力を超える影移動をしている人物である。
姿が見えない。でも靄は見えている。
その気配を追いかけて数分。
背後にいつもの影がやってきた。
「姉御」
「フィックスですか」
「はい」
自分と同じようにフィックスが、物陰に隠れて隣にしゃがみ込んだ。
「ここまで来ても気配だけっすね」
「ええ。そうです。あの影……一体誰が、あのような完璧な気配断ちと影移動を」
「俺の知る限りじゃ、サブロウかミラしか・・・」
「ええ。ですがお二人ともフュン様のパーティーの方にいるのですよね」
「そうっすね。さっきはいましたよ」
フィックスは二人を確認していた。
料理が並べられた机の前で、何を食べるのか悩んでいたミランダと、エリナとザイオンと話しこんでいたサブロウの二人をちらっと見ていたのだ。
「では、やはりあの影移動をしている者は、敵で間違いないのですね!」
「そうなりますよね。あっちの四つは見えてるんすけどね」
フィックスが指さしたのは前方で影移動している四つの影。
敵の姿が見えるということは、自分たちよりも実力のない影であることは確かである。
「そうですね。あちらの四つの影。こちらの影移動を視認できていません」
「え?」
「ええ。あそこの人たちは探知の力が弱いらしいです。私の存在に気付いていません。たぶんあなたの事も見えていないでしょう」
「それは好都合じゃありませんか。ラッキーすね」
「ええ。ですが、あちらの二つの影は、こちらの存在に気付いています」
「げ!?」
別な方向にある気配の二つは、こちらの存在に気付いている。
気付いていてなお、こちらを野放しにしているのが不気味である。
「気付いていながら、ここまで私に何もしてきません。だからここから先、危険な香りがします」
「・・・まずいっすね。それは」
「ええ。この影たちがやることは決まっておりますでしょう。にしても、これは・・・・中に誘われているのかもしれませんね」
「・・・そうっすね。ここは戦う準備だけは念入りにした方がいいっすね。姉御」
「ええ。そうです。フィックス。一つの油断もしないでください。いつものようにお茶らけてはいけませんよ。真剣にいきます」
「わかりました。姉御」
「・・・・・」
姉御とは呼ばれたくない思いがどこかにある。
ナシュアは、慎重にヌロがいる場所まで潜入していくのであった。
―――あとがき―――
次回。
現政権にとっての最大級事件が起きる・・・。
という予告をして今回は終わります。
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