第二部 辺境伯に続く物語 サナリア辺境伯には裏の顔がある
第141話 帝国の親子
ガルナズン帝国の帝都ヴィセニア。
その居城にある皇帝の部屋に、緊張した面持ちの銀髪の兄妹がいた。
皇帝の部屋に入るなど、生まれてこの方一度もない事である。
皇帝が自分たちの親である事は知っている。
だけど、親子らしいことを一つもした事がないので、銀色の兄妹はこの部屋に来たことに緊張していたのだ。
皇帝と言うからには、さぞかし豪勢な部屋に住んでいるだろうと思われがちであるが、実際は普通である。
派手であるのは壁だけで、中身はそんなに派手じゃない。
むしろ、家具などが質素であった。
これはまさに歴代の皇帝が派手好きで、現皇帝が質素な人物であることが窺える。
机や椅子が新しい物ではなく、使い古された印象を受ける。
二人は、皇帝が話しかけてくれるのを待つ間にそのような感想を持った。
「そうか…『よくやった』とフュン・メイダルフィアに伝えておけ。ジークよ」
「はい」
さすがのジークも大人しく頷く。
「それとだ。もう少ししたら、あやつをここに呼べ。任命式と襲名のお祝いをする前にだ。余。自らが話しておきたいことがある。皇帝としてではなく、シルヴィアの父としてな。あやつの結婚の意思を確認しておきたい。シルヴィアの父だものな。ハハハ」
「はい。父上。そのようにします」
皇帝が自分の部屋に人を呼ぶなんて滅多にない。
その貴重な体験をしている二人は珍しくも共に緊張している。
特に戦姫よりも大商人の方が緊張しているのが珍しい。
「ははは。かしこまることもない。親子だぞ」
「はい。ですが、さすがに父上の部屋に入るなど・・・初めてでして」
「そうだな。余はほとんど人を部屋にあげんからな。あ奴ら以来だな・・・」
亡くなった二人の子供の顔を思い浮かべながら皇帝は、自分が座っているテーブルの前に二人を招いた。
そこに座れと手で合図を出す。
失礼しますと頭を下げてから二人は座った。
「まずはだ。おめでとうだぞ。シルヴィア!」
皇帝は手を叩いて喜んだ。
「・・え・・・え?」
「なにを驚いている。これであやつと結婚してもよいだろう? ん。結婚は不満だったのか?」
「いえ・・・あまりに突然に陛下からお祝いを頂いたので驚いただけであります。不満はありません。それはもう嬉しいことであります」
「これこれ。今は親子しかいないのだぞ。陛下など……水臭いぞ」
「あ・・申し訳ありません父上」
「うむ。ではおめでとうシルヴィア! 余は嬉しく思うぞ」
「あ、ありがとうございます。父上のおかげであります」
「はははは。そう言われると嬉しいな。お前は末っ子だ。とても感慨深いぞ。シルヴィア!」
豪快に笑う皇帝はただの普通の父親になっていた。
嬉しそうにしている父など初めて見ると兄妹は多少驚いていた。
「それで、ジーク。お前は何を企んでいる?」
「………」
「ふふふ」
黙るジークと笑う皇帝は睨みあうかのようにジッと見つめ合った。
互いをけん制しながら会話を進めていた。
「どう動くつもりだ。御三家戦乱でもする気か」
「・・・父上・・・察しているのですか」
「察するも何もな……そろそろだろうな。皆、現体制に。不満はないだろうが難しいだろう」
争う下準備のような状態が今の帝国だ。
権力が一つにならずに、三つに分かれている現状。
皇帝から子へと継承するには三つもルートがあるのは厄介である。
本来ならば、一つであるべき。
そしてそれが出来る人物が過去にいた。
彼女が生きてさえいれば………おそらく帝国は安泰だったのだ。
ウインド家が皇帝の家を継ぎ、彼女がヴィセニアを継ぐはずであれば。
帝国はより強かったであろう。
かろうじて王国の攻撃を防ぐような弱体化した帝国ではなかったはずなのだ。
「では、もしそうなった場合。父上は誰の味方に」
「ない。誰の味方にもならんと前にも言っただろ」
「そうですね・・・では質問を変えます」
「よい!」
「そうなった場合。父上は、黙って見る! ということですか?」
あなたが介入しないならば、戦いを静観するのかどうかが重要だ。
皇帝に介入されれば、ありとあらゆる手を尽くしても、最後を持っていかれる。
大胆にもジークは挑戦状のような質問をした。
「・・・ほう。それはいい質問だ・・・そうだな」
皇帝は、ここでベルを鳴らして、部屋の前にいるメイドを呼んだ。
「飲み物をくれ。三人分な。それと何か酒のつまみになるものをな。親子で食べたい」
「はい。陛下。取りに行きます」
メイドが頭を下げる。
「うむ。そこの兵たちにも運んでもらえ。用意は大目に頼む」
「わかりました。そのようにします」
部屋の表には、声が聞こえないことになっているのだが、皇帝は念のために人払いをした。
人の気配がなくなると皇帝は話し出す。
「ジーク! 余は譲るべき時を待っている」
「???」
「それは強き者でなければならん。そして、その強き者は余の力を越えてなければならん。だから、その時が来たら必ずこの座を渡す。余が生きていてもだ」
「「??????」」
ジークとシルヴィアが、皇帝の意思を聞いて目を丸くした。
「ジーク、シルヴィアよ。王国は強いだろ? 今は二度も撃退できたのが奇跡であると余は考えている」
「・・・そうですね。私もそう考えています。ネアルはまだ完全掌握していない王国の兵たちを操ってもあれほどの実力者です。ここから時が経てば、己の手足となる兵を育成し。帝国に向かってくるでしょう。その時の力は今の倍以上・・・もっと強いかもしれません」
シルヴィアの予想は重い。
王国の英雄ネアル・ビンジャーからの二度に渡る戦いを退けられたのは、帝国にとっては奇跡。
そう捉えて良い。
そして、今の彼は失った兵の回復を優先しているだけで、こちらを虎視眈々と狙いつづけているのは変わらない。
先の戦争と内乱で失った兵の両方を回復させることで次へと向かっていて、自国の兵の立て直しと内政に力を注ごうとしているだけなのだ。
今回の二度の失敗。
それが彼を成長させるきっかけになる。
次は力をもっと高めて、こちらに迫ってくるはずなのだ。
そうなると、まだ猶予はあると思われるが、こちらはまだ王家が三つ。
命令系統が整わない帝国では負けるのが目に見えている。
だから帝国が一つとなる時間が遅ければ遅い程、ネアルが有利となるのだ。
「そうか。シルヴィアもか。まあ、お前も戦姫だ。戦というものをよく知っておるからな。さすが」
「いえ。これくらいは当然かと」
「ふっ・・・そうか」
笑いながら娘を褒めると。
「そして本題だ。余が三家をまとめるのは不可能。何故か分かるか?」
皇帝は質問をした。
「はい。父上がその立場で我々を縛れば・・・」
「そうだジーク。余が一気に三家に叩かれる。以前の貴族共も一緒になってな。それではあの御三家戦乱の時よりも血が流れることになる。そして今は、王国の英雄がいるからな。あの当時は王国にも力が無い状態だったからよかったのだ。今は大規模で内乱など出来んぞ。隙を突かれて一瞬で敗北するだろう」
皇帝の話は核心をついている。
今ここで内乱など、あの英雄の良い餌になるだけである。
種を蒔いた瞬間に、刈入れを待たずして、種ごと持っていかれるほど、ネアルはきっと抜け目がないはず。
だからジークは。
「では、私はその内乱をさせずに。政争により奪取しようかと……戦いは水面下に持っていきたい。どうでしょう。父上?」
「なに?」
ここでジークがある言葉を発する。
それで皇帝は顔色を変えた。
「陛下・・・
「・・・お前、それをどこで」
丸くなった皇帝の目がジークだけを見つめる。
「私の部下がある男を捕らえましてですね。この名称だけ吐いて死んだのです」
フュンの戦いを邪魔してきた男たち。
奴らの組織の名称が
サブロウらが捕まえた男は、自白しないようにする訓練を受けていたらしい。
だが、ジークは以前にも同じ
美しき声を持つナシュアの華麗な拷問は、天使のような声とは裏腹に悪魔であったとされている。
「ほう……奴らから言葉を引き出せたとは、なかなかだ」
「やはり父上も知っておられる」
「うむ。昔に少しな。余は、やつらと戦うために、王家を作ることを決意して、途中からは帝国を一つにするのを急いだのだがな・・・・余の時代ではあまり上手くいったとは言えんな。婚姻外交はいい部分と悪い部分があるな」
「……なるほど。ではどのような組織なのかをご存じで?」
「うむ。闇に潜む組織。アーリア大陸を裏から操っていると・・・されているらしいのだ?」
「陛下も詳しくはご存じない?」
「うむ。奴らの事は、百年……もしくはもう少し前からいたかもしれないのだ。余の諜報部隊と同じような力を持っているために、敵を探し出せんのだ。いや、こちらよりも力が強いと見ていいな」
「・・・なるほど。では、また奴らと戦うことになりますね。フュン殿の命を何回か狙っているらしいのです。彼は奴らの標的の一人らしいのですよ。理由はわかりませんがね・・・でもまあ、彼の動向をたやすく知ることが出来るという事ならば、この帝国の内部にも・・・その組織の者がいるはずです」
「・・だろうな・・・しかしまた。時代の変革が来なければならんのか・・・」
皇帝は悩む。
協力は出来ない。
だが、このまま放っておけば、国が危ない。
暫し黙った後。
「よし。ジーク! 頼んだぞ。勝て! それだけ言う! 余は勝てとしか言えん!」
「はい。お任せを。父上。全てをこの風来の商人ジークにですね。お任せして頂きたいですね。必ず私の陣営。ダーレー家が勝利し、父上の皇帝の座を我が妹の席にしてみせますよ。は~~ははははは」
動き出すダーレーの家は、最弱であろうが皇帝の座を取りに行く。
「そうかそうか! それは良いな。はははは」
ジークが声高らかに笑い。
父親は少しだけホッとした様子を見せたのはよいが。
ジークの隣に座るシルヴィアは、『私が皇帝ですか!』と聞きたくてしょうがなかった。
でも二人が満足そうなので、シルヴィアは黙るしか出来なかったのである。
アーリア戦記 第二部 辺境伯に続く英雄の物語
―――あとがき―――
第二部スタート!
人質編が終わり。辺境伯編が始まります。
フュン・メイダルフィアの運命は、ここからが激動です。
ここまでの彼の人生はまだ序の口。
なぜなら、事件に巻き込まれるのが主だったのが第一部です。
ですが、第二部からは、事件の中枢に自ら入り込みます。
帝国でも立場のない人質から、辺境伯と婚約者になってますからね。
当然と言えば当然です。
成長した彼は、新たな力を手に入れて、前へと突き進みます。
第二部第一章は不穏な感じで帝国の闇が出ます。
第二部第二章はゆったりした感じで物語が進んでいきます。
そこから三章以降は、激動の時代へ突入する予定です。
楽しんでもらえるような物語になるよう。
作者は努力していきます!
ではこれからもよろしくお願いします。
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