第114話 思い出はやはりここにある

 「王子。お怪我などは! 大丈夫ですか!」

 「あ、あなたはマーシャ!? さっきの声はマーシャだったのですね。懐かしいです。少し・・瘦せましたね・・・ごめんなさい。きっと・・・この国のせいだ・・・」


 五年前に旅立ってから、彼女の現在の状況を察したフュンは悲しげに言った。


 「はい! 私たちが助けに来ました。今からその扉を開けます」


 しかし、マーシャは努めて明るい。

 どんなに国が暗くとも、どんなに自分が辛くとも、王子がいれば元気になってしまうのである。

 

 牢獄内の三つの扉を開けるための鍵をすでに持っているマーシャは、最後の扉を開けようと別の鍵をポケットから取り出して使用する。

 マーシャは最後の鍵までちゃっかり調達していたのだ。

 そして、その後ろにいるのは変装した執事や兵士ら。

 10名ほどの人間たちが、フュンをなんとしてでも助けるために外にいる兵士を必死の思いで蹴散らしたらしい。

 息の上がっている皆は、その際の怪我を負っていても、フュンの無事を確かめて笑顔であった。


 「・・・み、皆さん・・・・・無理をしたのでは」


 フュンが駆けつけてきてくれた者たちに声をかける。


 「無理? さて、俺たちって無理なんかしたっけ?」

 兵士カイルが服についた汚れをはらってとぼけていた。

 「あぁ? 俺はまだまだいけるな。だから無理じゃない! まだいける!」

 隣の傷だらけの兵士フランが強がった。

 「私もです。まだまだ若いものには負けませんよ」

 その後ろの紳士ターランも負けじと強がる。

 「あなたは執事なんだから何もそんなに張り切らんでも」

 上手く敵を倒した兵士ノノアが笑いながら言った。

 「「「ははははは」」」


 最後に皆で怪我を押しても笑っていた。

 自分たちのここまでの仕事ぶりに満足していた。


 「皆さん・・・・」

 「あ、鍵が外れた! 開きましたよ。王子! さあ、逃げましょう」


 マーシャが最後の檻の鍵を開けた。


 「ですが、こんなことをしたらあなたたちが・・・」

 「いいのです。私たちはあなた様に感謝をして、尊敬している者たちです。心を救われた者たちなんです。あなたの為ならば、この命を差し上げてもいいくらいなのです。そして、それが国に対する裏切りになったとしても決して後悔しません。私たちはあなたが殺されるのを黙って見ることだけは絶対に出来ませんから」


 マーシャの言葉に、この場の全員が頷いて、真っ直ぐフュンの顔を見つめる。

 その顔を見たら、ここでうだうだ言うわけにはいかないと、フュンは彼らの顔を見て答えた。


 「・・・そうですね。わかりました・・・そこまで皆さんが決心してくださるのであれば・・・僕は受け止めます。僕は皆さんのその思いと共に生きますよ。でも皆さん。いいですか。僕の為に死ぬことを考えるのではなく。僕の為を思うなら、共に生きるのですよ。いいですね」

 「「「はい! 王子!」」」


 フュンは助けてくれた10名と共に王都からの脱出を図った。



 ◇


 王宮の北の外れへ。

 西から大きく回って移動した一行。

 兵士をやり過ごすことに成功しているのは全てフュンの指示通りに動いていたから。

 そのおかげで、フュンたちは、最後の関門まで来ていた。

 庭にいる巡回の兵士が王宮内の方に移動するのを見守る。


 「ふぅ。あれが最後ですね。そろそろ交代なんでしょうかね。戻っていきますね」

 「王子。なぜ兵士と戦わないで、私たちはここまで来られたんです? 王子の言ったとおりの道だと誰とも会いませんね」

 「まあ、この王宮は元々僕の家でもありますからね。道を知り尽くしているだけですよ。それと兵士さんたちの警備ルートもですね。ですが・・・なんか今回の兵士さんたちは、人数が少ない? しかもちょうどよい具合にここのルートの警備が減っていますね……」


 あまりにも少ない警備の数に、フュンは首をひねって悩んでいるが、実はこの時の王宮の警備は、半分以下の人数が配備されていたのである。

 それは、皆の努力の結晶。

 マルフェンとメイドの三人が兵士たちと協力して、上手く見張りを誘導していたのだ。

 そして所々で緩い警備になっている原因。

 これは、シガーと連携したイールたちの兵の組織である。

 実は、兵士部隊は二つに分かれていて、メイド執事派とシガー派に別れていたのだ。

 奇しくも、互いが協力関係になっておらず、各々が独自に行動を起こした結果。

 意図せずに、見事な連携を発揮していたのである。

 フュンを直接助けるのは実行部隊だけじゃなく、影ながらも実行部隊を支える支援部隊が、この脱出作戦を支えていたのだ。


 「え!? ルートをですか?」

 「そうですよ。僕はですね。皆さんがお仕事を頑張っているのをただ覚えていただけなんですよ。マーシャ。あなたも一生懸命メイドの仕事を頑張ってましたね」

 「・・・は、はい」


 褒められてマーシャは顔を赤くした。


 「あははは。そんなに恥ずかしがらずともお仕事を頑張っているのは良い事ですよ。僕はね、皆さんが頑張っている姿を見て、一緒になってここで頑張っていたんですね。何も出来なかったあの小さい頃を思い出しますね。鍛える方法を良く知らずに……ガムシャラにゼクス様と一緒に頑張ってましたね。小さな頃の僕は・・・そうだ・・・そうですよねゼクス様。僕はどんな時でも頑張らねばならないのですよね」


 物思いにふけるフュンの後ろで、付き従っている執事や兵士らは、王子が王宮の内部構造を隅々まで覚えていることに驚愕する。

 それに加えて、警備の仕事をしている兵士たちのことまで覚えていることに驚きを隠せずにいた。

 平然と笑っている王子を見て、自分たちが思っている以上に素晴らしい人だったんだと思った。



 人をよく観察する王子は、奥にある木を見つめている。

 皆に分かりやすいように指を指した。


 「いいですか。あそこの木の下の茂みには、僕と母。そのメイドさんや執事さんしか知らない、外へとつながる道があります。なので今から外へ出ますよ」

 「え?」 

 「マーシャ。なんでって顔をしてますね。あそこはですね。僕の母が勝手に土を掘って、勝手に道を作ったんですよ。まあそれでメイドさんと執事さんに怒られてましたね。ですから、僕と彼ら以外は、誰もあそこに抜け道があると思いませんよね。あははは。ん? そ。そうだ・・・まさか・・・」


 フュンは自分で言っておきながら、この道を知っているのは今現在だとマルフェンと五人のメイドたちであることを思い出した。

 ならば、ここのルートの警備が少ないのは、マルフェンとメイドたちが関与しているのか。

 と頭の中にチラッと彼らの顔が思い浮かんだのである。


 「…王子の母君がですか!?」


 マーシャの言葉で我に返り、フュンは笑顔で返す。


 「はい。あそこから、母はよく王宮を抜け出してたんですよ。まあ、あの時は王宮じゃないんですけどね。ある日、あそこの木の下に自分で穴を掘って、ここは窮屈だっと叫んで、城下町へと出て行きましたね。それからよく王都にいる人々とおしゃべりしてました。面白くて変な人でしたからね。ああ、ずっと忘れていたのに、ここに帰って来たら思い出しましたよ。あははは」

 

 後ろについてきている仲間たちはなぜこんなにもフュンは余裕であるのだろうと思う。

 それにぶっ飛んだ話もしているし、こんな誰かに追われるかもしれない場面でも、フュンは至って冷静でもあるのが不思議であるのだ。

 兵士の姿が消え、ルートが安全になるとフュンが皆に指示を出す。


 「それじゃあ、逃げますよ」

 「「はい」」

 

 フュンたちは母が掘った穴から、王宮を抜け出した。

 そして・・・フュンの思考はゼファーと同じような方向に傾く。

 やはり彼らは一心同体なのだ。


 「ここから王都の外に出るのにはリスクがありますね。王都を監視する兵が四方にいますからね。では一旦、僕らが隠れられるような場所はありますかね?」

 「それなら、僕の実家の……お店が」

 「じゃあ、そこに行きましょう。お邪魔しますね。ニジェロさん」

 「はい。王子。今すぐ案内します」



 ◇


 フュンたちは王宮を離れて、市場の果物店に辿り着く。

 執事ニジェロの親は、緊急の事情を察して皆を中に入れてくれた。

 二階のニジェロの部屋で話す。


 「ニジェロさんのお父さん、お母さんですね。ありがとうございます。僕はフュンです。少しだけお世話になります」

 「い、いえ。私共はそんなにお礼を言われるような……それにあなたは王子じゃありませんか。ご命令してくださればいつでも」

 「僕が……民間人であるあなたたちに命令、あれ? ニジェロさん! 駄目ですよ。お父さんとお母さんに無理やり言い聞かせたんじゃないですよね?」


 フュンがご両親からニジェロの方に振り向いた。


 「だ、大丈夫です。無理には言っていません」

 「そうですか。ならいいんですけど。しかし、まあ、助かりましたね。では皆さん。僕はここから移動しますのでね。ニジェロさんのお家にしばらくいてください」


 皆にそう伝えると。


 「駄目です。王子が一人でなんて駄目に決まってます!? どうしてもと言うなら、私も行きます」


 マーシャがそう言うと、周りの人間たちもついて来ようとする。

 立ち上がって決意を表明する。


 「いえいえ。皆さんは待機で。僕はゼファーを助けに行かないといけません。皆さんが言うには地下牢にいるんですよね。そうだとしたら隠れながら地下へと行かないといけません。ですから僕が行く方がいい・・・一人で行った方が闇夜に紛れやすいのです。僕はこういう事を習ってますからね。皆さんがいると気配断ちを発動させられないのですよ。だから一人でも大丈夫です」


 皆を安全な場所に移動させてからフュンはゼファーを助けに行こうと思っていたのである。

 二人で一人なのだ。フュンにとってゼファーはそれほど大切な存在。

 こんな場面で彼一人を置いていく判断は取れないのである。


 ここで互いの主張での説得がしばし続く。

 すると玄関先からニジェロの母が慌てて部屋の中にやってきた。


 「だ、誰かが来てます。王子を探しているって。今うちの旦那が対応しているので、すぐにお逃げを。時間を稼ぎますから」


 脱出したフュンたちは身の安全から一転して、危険な状態に変わったのだった。

 


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