第97話 火種
大会終了後。
サナリアの宮殿で祝勝会が開かれた。
主役はズィーベとなり、彼を中心に会は、お祭り騒ぎになっていく。
サナリアの重役たちが集うこの現場にフィアーナはいない。
当然あれほどの不快感を示していれば、この場にいることなどありえないし。
そもそもここにいても何の役にも立たないであろう。
それに今、ズィーベの周りでおべっかする人間たちに腹を立ててキレるのは間違いない。
だからこそ、具合が悪いと言って自宅に帰っておいて正解だったのだ。
会場の端。
静かな場所で、ゼクスとシガーは並んで立食していた。
遠くで楽しそうに笑うラルハンの様子を窺う。
「シガーよ、ラルハンは、王子の事。あれでよいとでも思っているのか」
「そうだな。たぶん思ってるな。でも私はこれではいけないと思っている」
「そうか。お前もか……」
「うむ。だが、ラルハンは満足そうなのだぞ。最近さらに王子に近寄っているからな。私たちは王に仕えているのだ。王子に肩入れするべきでない。目をかけるなら王になってからだ」
「…うむ。それはそうだな」
二人は四天王のラルハンが、最近ズィーベに肩入れしていることに疑問を抱いていた。
四天王は王に仕えながら王とは少し距離を置き、その行動の歯止めになるための存在。
深く肩入れしてしまえば中立の意見を言えなくなってしまうのだ。
いつまでも憂いていてもしょうがないので、二人は別な世間話をした。
「ゼクス、フュン王子の現在の様子を知っているか」
「うむ。あれだろ。ササラ港の事件を解決したとかか」
「それは、半年以上前であるぞ。情報が遅すぎるわ」
「え。いや我は情報部の仕事を知っておらんしな」
ゼクスの情報が遅いことにため息をついたシガーは皿を置いて、ゼクスの肩に手を置く。
「そうか。なら教えておこう。最新の情報ではな。お前、先の大戦が終わったのを知っておるか」
「先の大戦・・・ああ、アージス大戦とかいう奴だな。あれはもう終わっていたのか」
「そうだ。王子はその戦争の右翼の大将として参戦したらしい」
「なに!? 軍の将じゃなくてか。軍の大将だと!?」
「そうだ。そして帝国は勝ったらしい。しかも王子のおかげでだ」
この情報はサナリアの諜報部隊による情報で、帝国の情報を抜いた結果である。
実際は引き分けであるが。
ジークの進言により、帝国は勝ちとしたのだ。
防衛戦争での勝利を強調していたために、この情報を鵜呑みにしたのである。
戦争過程を調べられるほど、サナリアでは帝国の奥深くにはいけないのだ。
「…な、なに!?」
王子の活躍に驚いたゼクスが今度は皿を置いた。
「王子が・・ああ成長したのですね王子・・・ああ、なんと喜ばしいことだ・・・」
「ああ。そうだな。それに王子はもうあの頃の王子ではないようだ。王子は帝国で重要人物となっていくぞ。おそらくだが、このまま行けば人質を超える人物になるかもしれん」
「そうか・・・フュン様が・・・・嬉しいな」
ゼクスは、「もう自分の弟子とは呼べないな」と、想像を超えてきた王子の活躍に喜びを隠し切れずに笑っていた。
しかし二人でズィーベの様子を見るとすぐに顔が曇る。
「我らは選択を間違えたな」
「そうだな……まあ、後悔しても仕方ないのだ」
シガーは気持ちを切り替えようと話題をずらす。
「お前、これは聞いていたか。と知らないんだったな。あのゼファーも武功をあげたらしいぞ」
「ほんとか!?」
「ああ、ゼファーも軍の武将になっているみたいだ。ウォーカー隊の右翼将軍だったらしい」
「そうか。そうか。うんうん。やはり我の自慢の甥だな。王子の従者にした我の目に狂いはなかったな。はははは」
ゼクスは、ワイングラスを持ち上げて、空に向かって乾杯した。
甥のこれまでとこれからを祈って。
◇
祝勝会終了後。
ズィーベは自室に戻る。
黒い布で顔を隠している人間がすでに部屋に入っていた。
イスに座るズィーベは、手招きをして、自分のそばにその人間を置いて会話に入る。
「それで、どうだったのだ?」
「はい殿下。帝国では戦勝記念の式典をしているそうです。そこでフュン王子も恩賞を貰ったようですよ」
「はははは、あの兄上が、恩賞だと!? 帝国も落ちぶれているのだな。いや、王国が情けないのか。あの兄上に負けるなんてな。雑魚だぞ。兄上はな」
「そうですよね。あんな王子でも活躍できる戦争など……ああ、そうか。そうなるならば。もしかしてサナリアが強いのでは、私たちはこんな小さい場所に留まっていてはいけないのでは」
「ふふふふ。そうだな。帝都も近いしな。急襲すればすぐに落とせるな」
ズィーベは窓から夜の輝きを得ていた。
部屋を照らす月の光。
薄暗い部屋でズィーベが光を浴びると、相手の男は満足そうな顔をした。
「この光のように、静かに強かに。ズィーベ様なら、何でも出来ますよ」
「ああ、そうだな……俺ならば帝国を乗っ取ってもよさそうだな。もはやサナリアには敵がいないのだ。俺の相手はもう帝国くらいしかいないだろうな・・・・」
そばにいる人間は、まだけしかける。
「はい。乗っ取ってしまいしょうよ・・・・あ、そういえば、帝国から接触がありました」
「ん? どこの者だ」
「それがよくは分からないのですが、相手の身なりがよいらしく。貴族か・・・それとも王族か。それともそれらに仕えている者なのか。まあ、とにかくお偉い方からの情報で、噂の範囲でありますが、真実に近いとみてよろしいかと」
「ほう。それで何の情報だ」
「それが、フュン王子と、シルヴィア皇女が婚約しているとか」
「な!? なに!? シルヴィア……たしか戦姫だよな。第五皇女の」
ズィーベは、窓を見るのをやめた。
「あやつは、属国の王子で人質なのだぞ。結婚などできるものか」
「そうなのですが、そのような噂が裏の裏の裏では出回っているのだとか」
「なんだ・・・それは? 結局裏ではないか」
「ええ。まあ。あと、それと怪しい動きが王国にもあるとかですね・・・」
「本当か。全部確かめねばな……もし、そうなったりでもしたら、我がサナリアはどうなるのだ? まさか。再度の人質でも要求してくるのか、いや、それとも将来の私の子とかにでも・・・なぜこの私が…あの愚鈍な兄に足を引っ張られなければならんのだ。あの出来損ないめ・・・いい加減にして欲しいぞ」
怒りが言葉の中に滲み出ていた。
「そうでございますね。王子の子や、王子自体の王位も危ういかもしれませんね」
「・・・やはり、あの愚図の兄は殺すしかあるまいか。いや、それともいっそ、もう人質など考えるのも面倒だ・・・帝国を倒す・・・・いや、乗っ取るべきか。その情報を出している奴を探し出せ。我らも何かを仕掛けられるかもしれんぞ」
ズィーベは、先を見据えて、指示を出した。
争いの足音は徐々にフュンの元に忍び寄っていたのだ。
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