第43話 王子の友達

 アンとサティと共に、フュンはルーワ村に到着した。


 ここルーワ村は、マールダ平原の中にある廃村であった場所。

 ちなみにマールダ平原とは、年中雨季と言っても良いほどによく雨が降る地域で、降り注ぐ雨の影響は、平原全域の土にある種の力を与えていた。

 それは湿り気のある土壌という形である。

 さらにその土壌には粘り気もあるようで、作物を育てるのには十分とも言えそうであるのだが、帝国の農業はこの土壌では、あまりうまくいっていない。

 雨と土が作物の生育環境に影響しているのかもしれないと以前からこの土壌を研究している帝国の学者たちは予想している。

 

 そんな中。

 ここでも育つサナリア草はたくましかった。

 やはり雑草に近い生命力がどんな土壌、どんな天候にも負けないのだろう。

 

 フュンはサナリア草のある畑の地面をしゃがみ込んで触って、土の状態を確認し、それが終わると立ち上がってサティに話しかける。


 「この土壌は凄いです。粘り気がかなりありますね」


 親指と人差し指で土を摘まむとなかなか指から土が離れない。


 「そうですか。では、こちらのサナリア草だと、原材料として使用できないのでしょうか? 別物になってますか?」


 サティが聞く。


 「いえ。この目の前にあるサナリア草は、今のところは僕の故郷のものと同じ見た目をしています。ですが、もしかしたら効能が変わってるかもしれませんから、今から試作品を作ってみますね」

 「はい。フュン様。お願いします」

 「それじゃあ、数本引っこ抜いて……。その前に、アン様。ここの畑の草を半分にしてもらってもいいですか」


 三面ある畑の内。

 中央にサナリア草が植えてあり、フュンはその左隣の畑に指をさした。



 ルーワ村の三面の畑。

 左は何もしない予備のスペース。

 中央はサナリア草の第一段階の畑。

 右は別の試験用の空きスペースであった。

 未だに成功するかどうかわからない村で、いきなり全てを解放して、実験するのはあまりにリスクがあったので、小規模の開拓から始めることをサティは決めていたらしい。

 彼女は実に堅実な考えを持っていて、計画は一つずつ、足場を固めながら進んでいた。

 

 「いいよ。切るのって何でやればいいの」

 「えっとですね。綺麗な刃の鎌か何かで、スパッと草を切らないと駄目ですね。でも今回は根元の方を切りましょう。草の半分を切るのは初めての人には結構難しいので、根本の方から切りましょう。僕がやるわけじゃないので、そっちの方が良さそうです」

 「そっか。それじゃそうするよ。数人でやってみるね」


 サナリア草は、真ん中の繊維が一番切りにくくなっている。

 草の先は日光に当たろうとして、伸びることに集中しているからか、柔らかすぎて切りにくく、草の根の部分は、上に伸ばしていこうとする力と土台となろうとする力で、ちょうどよい固さである。

 なのでそのちょうど中間にある真ん中は、両方の性質を持っていて、上手く切るには難しい技術が必要となる。

 少しでも刃が引っ掛かると草に傷がついた状態になりやすいのだ。

 鎌を上手く操り、綺麗に草を刈れるフュン。

 これらは幼い頃から鍛え上げた技術である。


 そして、ここで三人の仕事は別れる。

 アンは畑の仕事を、サティは村の見回りを、フュンはここで育ったサナリア草の傷薬のお試し開発に入った。


 ◇


 フュンが建て替えたばかりの小さな小屋に入ろうとすると、村を護衛する男女がフュンに近づいてきた。

 寝癖がついた男性は、ショートカットの女性にしっかり歩きなさいよと叱られていた。


 「あんた。王子じゃん」

 「おお。王子さん。お久しぶりっすね」

 「はい・・・・ええっと・・・???」


 フュンは二人の顔をよく見たのだが、誰なのかがよく分からない。

 しかし、あちらは知り合いの感じを出している。

 困った表情のフュンのそばに、男女の二人組は立った。

 

 左の頬に小さな傷がある快活な男性と、その男をリードしながら動く女性。

 この雰囲気を一度経験したことがあると感じるフュンだが、イマイチ思い出せずにいる。

 男性が肩をグルグル回しながら話しかけてきた。


 「肩っすよ。肩。王子さん、俺の肩を治してくれたでしょ」

 「ああ。あの時の方ですね」

 

 フュンは、あの時を思いだした。

 目の前の男性は、ハスラ防衛戦争の初戦『ガイナル山脈補給拠点戦』の時の怪我をした男性であった。

 肩が外れた脱臼の怪我である。


 「あれ以来、肩が外れたりしましたか?」

 「いいや。王子さんに言われたとおりに安静にしてたら、大丈夫だったよ」

 「そうですか。それはよかったですね。それで、お二人はなぜここに?」

 「あたしたち、ここの護衛の任務に就いたんだ。ああいう戦争はあたしたちにはまだ早いってさ。あたしらもまだまだ若いからさ。最初に下積みを積んでおけって。ザイオンさんが言ってたのよ。だからここに来たんだよね」

 「なるほど。さすがはザイオンさんだ。あまり無茶をさせないのですね」

 「まあね。俺の肩のこともあるからさ。ここで護衛の任についている人たちも、あの時の怪我人部隊で途中離脱のメンバーさ」

 「なるほど……それはちょうどいい休憩にもなりますしね」


 この二人を除いて、護衛のメンバーは6人だ。

 四方に二人ずつ配置して、村の規模の割にはしっかりとした護衛を置いていた。


 「ザイオンさんはそこもしっかり考えてくれてるんですね。さすがは、ミラ先生の片腕だ」

 「あの人……そんな高尚な人じゃないと思うけどな。そうだ。王子さん。王子さんの名前って何? 俺たちって王子さんで覚えているからさ。名前、知っておきたいんだよね」

 「あ、はい。僕はフュンです。フュン・メイダルフィアと申します」

 「あたしはウルシェラ」

 

 名を聞きたいと言った男性よりも先に女性が名を言い出した。

 自分が先に言いたかったのにと思った男性はウルシェラを少しだけ睨む。


 「俺たちもそういや名乗ってなかったわな。俺はマーシェン。歳は17だ。こいつと一緒な」

 「僕、歳を言ってなかったですね。僕は16です。お二人の方が年上だったのに、今までの会話、失礼でしたね。申し訳ないです」


 互いに相手に教えていない部分があり、二人は捕捉するかのような言い方をした。


 「何だ。そんなの別に気にしないでくれよ。俺は王子さんとタメみたいに話したいぜ」

 「バカ。超失礼でしょ。あんたみたいな奴と一緒にされたら王子が困るでしょ」

 「いえいえ。僕はいいですよ。同じ目線で会話ができる人が僕にはいませんから、お二人が友達みたいになってくれると助かりますね」

 「ほんとかい。なら俺はこのまま王子さんでいくぜ。なぁ王子さんはここに何しに来たんだ?」

 

 マーシェンは、フュンの肩に肘を乗っけて、早速馴れ馴れしく話しかけた。

 その態度が嬉しいフュンは笑顔である。


 「調子乗んな。バカ! ごめんね王子。でもあたしも楽な感じで行くね」


 ウルシェラはマーシェンの頭を引っぱたいて話す。


 「んだよ。お前も結局は馴れ馴れしいんじゃん。ま、王子さん、よろしく!」

 「はい。お願いしますね。ウルシェラさん。マーシェンさん」


 作業の手は止めないフュンは試作の準備をし始めた。

 すり鉢とすりこぎを取り出して、草をすり潰しながら話の続きをする。


 「それで、ええっとですね。何をするのかって話でしたよね・・・僕って今、こちらの村で試作品を開発しようとしているんですよ。その話って聞いてます?」

 「それって、ここで事業をするって話の奴?」


 ウルシェラがフュンに聞く。


 「ええそうです。石鹸とか傷薬とかの商品を僕が作ることになっているんですが。それを量産できるかを視察しに来たんですよ。それでまず初めの段階で、こちらのサナリア草が同じ効能なのかどうかを今お試しするところですね。はい」


 と言ってフュンは傷薬にしようとサナリア草を猛烈な勢いですり潰している。

 その手際の良さに二人は驚いている。


 「へぇ~。王子さん。そんなことも出来るんすね。相変わらず珍しい人っすね」

 「まあそうですね。でも本来こっちが僕の性に合ってますからね。愚鈍でダメな王子って、故郷で言われていたのは、こういう事をしていたからですよ。メイドさんや兵士さんたちの治療とかやってたのも良くありませんでしたね。たぶん。あははは」

 「そうなの。それのどこが愚鈍でダメなのかしら。私は立派な事だと思うけど…」


 ウルシェラはフュンの手際の良さにさらに驚いていた。

 あっという間にすり潰したサナリア草は緑のジャムのように粘りが出ている。


 「まあ。僕が王子だったからってやつですかね。僕が普通の子だったら褒められていたんでしょう。たぶんですけど」

 「そうか……でも俺は王子さんに助けられたよ。だから感謝するよ。ありがとう王子さん。あなたがその認定を受けたからこっちに来れたんだろ。それなら俺はラッキーだったってことだぜ。はははは」 

 「なんであんたが、運良くなるのよ。王子の不運でしょうが。人質なんて!」

 「いてえ」


 ウルシェラの鋭いツッコミは、マーシェンの頭にやって来た。

 脳が少し揺れる。


 「いえいえ。僕は運がいいですよ。お二人と友達になれましたしね。僕は決して、人質になったことが悪い事だったと捉えてませんよ。だから僕もマーシェンさんと一緒でラッキーですよ! あはははは」

 「「お、王子!? あんたって人は・・・・いい奴だな」」


 二人は、とても楽観的なように見える王子を尊敬した。

 苦境も何もかもを受け入れて、それでも前だけを向いているフュンを、年下でも尊敬に値する人物なんだと思ったのだ。


 「いやぁ。俺はあんたのダチでいいのかな。そんな気になって来たよ」

 「あたしもだ。なんか悪い気がしてきた」

 「いえいえ。お二人とも友達でお願いしますよ。それに僕に友達って少なくて、困ってますからね。僕が王子ってのは考えないでくださいよ。あははは」

 「そ、そうか。なら俺は。やっぱ友達がいいな」

 「そうね。王子がそうして欲しいなら、あたしたちはそんな感じでいくわね」

 「はい。お願いしますね。はい。できました!」


 フュンは話しながら傷薬を完成させた。

 緑が若干濃いように感じるフュンは、もしかして効能が変わっているのかと思った。


 「う~ん。濃いですね」

 「濃い?」


 フュンの持つすりこぎの先にウルシェラの顔がある。


 「はい。この色は深緑ですよね。いつもなら、これよりも少しだけ明るい緑色なんですけど。育った環境が違い過ぎるんですかね。僕の屋敷では、サナリアの土を使っているから、サナリアと同じ色で作れるんですけど、こちらの土で育ったサナリア草は別物かも知れませんね。んんん。これはどうなってるんだろう。そうだ、この村で誰か怪我している人っていますか?」


 フュンが聞くと。


 「ウル。怪我人って、いたっけか?」


 マーシェンがオウム返しのようにウルシェラに聞いた。


 「マイドンさんが腕を擦りむいたって聞いたね。左腕に出来たばかりの傷跡が少しあったよ」

 「そうですか。良かったらその人を連れてきてもらってもいいですか? これを試したいですね」

 「わかったよ王子さん。俺が連れてくるわ。ちょっと待ってくれ」

 「お願いします」


 フュンはマイドンがここに来る前に、自分の指先を少しだけ切った。

 

 「な、なにしてんの。王子」


 急にフュンが自傷したことで、ウルシェラは慌てる。


 「え、これは自分の指でまず実験です。自分の体の感覚でやってみないと、よく分かりませんからね」


 傷をつけるとんでもないと思っているウルシェラと、いつものことだからと平然としているフュンは、見つめ合った。

 ニコッと笑った王子に若干引いたウルシェラであった。

 フュンは、その傷に傷薬を塗る。

 いつもと変わらない染み方に一安心して、二分後にサッと傷薬を拭いた。

 

 「血が止まってますね。そして、早くに回復している気がしますね。傷が塞がっているようにも見えますしね。もしかしてこれは、かなり効能が上がっている? まさか、こちらの方がより良い土壌なのかもしれませんね」

 「へぇ。そんなことわかるんだ」

 「まあ。僕は何百、何千とこれを作ってきましたからね。違いが分かってきますよ」

 「ふぅん」


 その後、マーシェンによって連れてこられたマイドンに対して、フュンはこの傷薬を使用する許可を得てから、塗ってあげた。


 「マイドンさん。明日傷を見せてもらってもいいですか?」

 「はい。わかりました。必ず来ます」

 「ありがとうございます。たぶん明日もここにいるので、よろしくお願いしますね」

 「どうもです。ありがとうございました」


 マイドンは丁寧なおじさんであった。

 何度も頭を下げてもう一度職場に戻っていった。


 「よし。後は、サティ様とアン様の所にでも行って・・・そうだ。お二人はどうしますか?」

 「ああ。俺たちは持ち場にいくわ。お仕事頑張って。王子さん」

 「あたしも。王子、頑張ってね~」

 「はい。ではお二人も頑張ってください。また、それでは!」


 フュンはまだこの村でするべきを事をしなくてはならなかったのである。



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