第33話 ハスラ防衛戦争 Ⅱ

 「こ、これは」


 上空に現れた無数の黒い球。

 地上に向かって落ちる流れ星のように、都市の内部に降り注いだ。

 しかもこの弾は、南から来た弾と違って正確で無慈悲だった。

 城壁よりも内側。

 都市全体に満遍なく落ちてこようとしている。


 「こ、これでは、どこにも逃げようがありません。なんたる正確性で落ちてくるのでしょうか!?」


 絶望を味わうシルヴィアはため息すら出なかった。

 足を一歩、地獄に踏み入れた気分になる。


 「お嬢。なんか砲弾が小さくないか?」


 ザンカの疑問を聞いて、シルヴィアが北の大砲の弾をよく見る。

 

 「た、確かに。でも降ってはきます! 皆さん、頭を下げなさい。身を守りなさい」


 北から来る無数の砲弾が都市に落ちる。

 すると、同時に爆音が鳴る。

 南から来る砲弾よりも激しい音が鳴っている。

 しかもその鳴りは、落ちた後も鳴り続けていた。


 でも、その激しい音の割には衝撃波のような振動や衝撃が城壁へと伝わって来ない。

 そうなのである。

 今の無数の爆弾からは地響きがないのだ。

 南からの砲弾では相変わらず地響きが来るのに、これは明らかにおかしい。

 今の大砲の数が多いのにありえない。

 そして、砲弾が一度止み、シルヴィアらが状況確認する。

 先程の北の砲弾で出た黒煙のせいで街の中が見えなくなっている中、爆発している音だけが鳴り続けている。

 

 「この音、いつ止むのでしょうか。それにこの煙・・・・街を破壊されたのでしょうか……何が起こっているのでしょうか」


 耳を押さえたくなるくらいの音の中、シルヴィアはマールと話す。


 「な~る~。やるな旦那は」

 「マール、どうしました?」

 「こいつは・・・サブロウの旦那っすよ。援軍が来てますよ。お嬢」

 「え、援軍ですか! 本当ですか」

 「ええ。こいつはサブロウの旦那にしか出来ないですぜ。この黒煙……火事で出る煙に似せていますぜ!?」


 


 ◇


 林を抜け出た瞬間から砲弾を撃ち込むサブロウ組。

 先頭を走るサブロウが指示を出す。


 「皆、撃ち込めぞ、都市の中に満遍なくぞ。それに大きく弧を描いてだぞ! いいな。ハスラの上空から真下に落とせぞ」


 馬に乗りながら小型の大砲を肩に担いで小さな砲弾を放つサブロウ組は、サブロウお手製の武器の一つ、サブロウ丸三号を使用している。

 小型の弾を移動しながら正確に撃ち込むことができるサブロウ丸三号は、遠くまで砲弾を届けることが出来る長距離煙幕弾発射装置である。

 これの使用用途はほぼない。

 サブロウのただの趣味の範囲の物である。

 サブロウはモノ作りが趣味で、さらに得意で、一流の工作兵でもあるのだ。


 「皆、あっちの大砲の音に合わせて撃ち込むのだぞ。タイミング合わせ続けるのだぞ」

 「はい!」


 サブロウ組の規律は、おそらくウォーカー隊全体の倍以上はある。

 指示通りに動く的確さに加えて、協力する連動性も抜群だ。

 そのサブロウ組の背を見てミランダが笑う。


 「な~るほど。なるほど。そういうことか。この戦……やっぱサブロウがいなかったら負けだったのさ。ナハハハ」

 「先生。どういうことでしょうか」

 「ああ。あいつよ。今、満遍なく都市に弾を撃ち込んでいるだろ。ありゃ全部煙幕音響弾なのさ」

 「…あのぉ、それを都市に撃ってどうするんでしょうか。むしろ、都市を囲んでいる四方の敵の中に入れた方が良いのでは? 相手の視野を奪う方が効果としてはよろしいのでは?」

 「それも効果はある。だが、それよりもサブロウの策がいい。あいつの意図は二重にあるのさ。いいか、もうすぐ結果が分かるぞ。よく見ろ。敵軍全体の動きをさ」


  都市からモクモクと出ている黒煙を見て、ミランダが不敵に笑った。




 ◇


 「煙幕弾!? サブロウ…いったい、何の意味が!?」

 「お嬢、あれを・・・」


 ザンカが北の船に指を指した。


 「な!? なんで!?」


 シルヴィアが船を見る。

 すると、北の船は船体から火が噴き出て、赤く燃え上がっていたのだ。

 最後の火花の中、船倉にある砲弾が暴発しているのが見える。


 「な、あれは・・・」

 「お嬢、エリナだ。あの特徴的な動きと二刀を持っているのはエリナしかいない」


 ザンカの目にはかつての仲間たちが見えた。


 「お嬢。敵兵を見てみなし、あっしらがピンチだとでも思ってますぜ。この音と煙でね」


 マールが下にいる敵兵士たちを見て言う。


 「なるほど。サブロウの狙いはこれでしたか。やはり、先生とサブロウの策に、私は勝てませんね」


 サブロウの煙幕音響弾は南の大砲に合わせて落ちてくる。

 結果。

 それは南の大砲の力で都市が壊滅して、そのせいで煙が出ていると敵は勘違いするであろう。

 現に今、南からの大砲が止んだ。

 それは無駄撃ちを避けたいとした敵の指揮官の意図がある。

 なにせ砲弾は1個作るのにも費用が掛かる。

 この最前線の都市を、先程の量12発程度の砲弾で落とせるのであれば、それでいいと思うはず。

 砲弾は節約するのに限る。お金なんて、結局安く済んだ方がいいに決まっているのだ。

 それに敵が、この先の戦闘も勝つことを想定して動こうとするのなら、次の戦いにも大砲を使用したいと考えるに決まっている。

 つまりは戦力の温存すらも視野に入れている抜け目のない指揮官であることを、ミランダとサブロウは逆手に取ったのだとシルヴィアは予測した。

  

 これらを簡易にまとめると、敵は、今が完全に降伏させるチャンスだと、全兵力で一気に都市を落としにかかろうとしているのだ。

 敵の指揮官の考えはこんな感じだろうとシルヴィアは考えた。

 だが、ここで敵将の想定外は起きているのだ。

 それこそがサブロウとミランダが考えた策。 

 この都市が崩壊寸前であると兵全体が勘違いして、後ろにも目を向けずに四方の軍が前のめりになってしまった事が想定外。

 勝利が目前に迫り、兵の冷静さを保つことが出来なくなった。

 敵兵たちは視野が狭く、もう目の前の城壁だけを見ていた。

 必死になって大声を上げて城壁を破壊しようと前進を始めたのだ。

 この結果、北の船が破壊されていることも気づかずに、そして、北からウォーカー隊が迫っていることも気づかないでいる。

 でもそれも全ては煙幕音響弾の爆音が邪魔しているのも要因である。

 馬の蹄も船の破壊の音も聞こえていないのだ。



 シルヴィアは、敵とミランダたちの思考を完全に読みきった。

 そして、彼女の俯いていた気持ちが前へと進みだし、反撃のチャンスを得た。


 「それでは、私たちの援軍は北側から来るのですね。わかりました。北から反撃の糸口を作ります」


 シルヴィアは全ての戦場の流れを読む。

 北の船が破壊されて、北から煙幕弾が放り込まれた。

 ならば、援軍は山側を押さえて、さらに北側の敵の背後を突く気である。

 そんな奇策を思いつくのは意外に真っ直ぐな性格をしている兄ではない。

 絶対にあの人しかいないのだ。


 「ザンカ! あなたは南の守備を頼みます! 私は北へ向かいます。あそこで先生の手助けをして、この戦を反転させます。マール、あなたも来なさい」

 「わかりやした」

 「お嬢、気を付けろよ」

 「分かっています、ザンカ。あなたもですよ。無茶はいけません。守勢に徹しなさい」


 シルヴィアたちは、一番難しい大将のいる南の戦場に赴くことになるザンカに、副官として信頼をしてるからこそ守備を任せた。

 彼ならば、敵大将がいようとも南側を死守できると考えたのである。

 

 シルヴィアが移動中。

 西の兵がサブロウの罠の通りに動いていることに満足する。

 それは、敵が落城寸前だと思い込んで、血眼になってこちらを攻めてきている事だ。


 無数に落ちた煙幕弾。

 これの煙であるのに、これの音であるのに、大砲が都市を破壊した結果だと各方面の敵軍は勘違いしているのだ。

 現に今まではずっと黙って包囲だけをしていた軍が、ここで反転攻勢の構えになり、梯子を使ってまで城壁を登り始めてきたのである。

 一挙に都市へとなだれ込もうと前進だけをしている現状は、自分たちの防御のことを全く考えていない。

 疎かになりつつある背後。

 彼らは警戒を薄くしてしまっている。

 今から自分たちが攻められるとも知らずに、もうすぐで勝てそうだから前進することを止められなかった。



 彼女は、他の仲間たちに細かい指示を出しつつ持ち場を任せていき、反撃の糸口が出来るであろう北へと急ぐ。


 「これほど上手くいっている。ということはですよ・・・先生ならば北の兵に対して一気に奇襲をして、その奇襲を必ず成功させるはずです」


 北に到着したシルヴィアは、北の敵兵がいる位置よりも奥を見る。

 すると予想通り。

 林の先から続々と兵が出てくる。

 そして先頭にいるのはもちろんオレンジの髪をした人物。

 ミランダだ!

 彼女の後ろを走る荒くれ者どもの部隊。

 あれは自分が慣れ親しんだウォーカー隊の面子である。

 先頭を駆けるミランダは腕を組んで大胆不敵だ。


 「先生! やはり兄様は、先生をよこしてくれて・・・え!? あれは、フュン殿!?」


 シルヴィアが愛しき人を見間違えるわけがない。

 遠くにいようとも彼だとはっきりわかる。

 オレンジ髪のすぐ後ろにフュンがいた。


 シルヴィアは、その事に衝撃を受けたと同時に、彼が戦に出ていることが心配になった。

 でも、彼が白馬の王子のようにカッコよく見えてしまっていた。

 自分の危機に助けに来てくれる王子に、本当は心がときめいてはいけないのに、勝手に鼓動は速くなる。

 戦闘で胸は高鳴らないのに、彼を見ただけで胸が高鳴ってしまう。

 シルヴィアは、右手で胸を押さえて、この難局を見極めていく。

 

 

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