第17話 勘違いお姫様

 地下道の奥に到着したジークとゼファー。

 二人らしき人物を見かけて、ほぼ同時に叫ぶ。


 「シルヴィ! フュン殿!」

 「殿下・・・殿下!!!」


 二人に近づいてみると、心配していたのが馬鹿らしくなる。

 「無事だったのか」の次の言葉が出て来なかった。


 

 「ほえほえほえほえほえええええ」


 混乱状態のシルヴィアの声は、弱々しくてとても情けない。

 でもなぜか、混乱している割には恍惚な表情をしているシルヴィア。

 空も見えないのに天井を見上げていた。


 なぜ彼女がこんなことになっているのかというと、それはフュンが彼女の頬に口づけをしていたからだ。

 それもかなり情熱的で、思いっきり頬を吸っていた。

 ディープなキスを目の当たりにしているジークは嬉しそうに独り言を始める。

 

 「な、いきなりこんな場所で……う~ん、積極的な男だったのだな……さすがはフュン殿だ。俺の見込んだ男に間違いはない。しかし、まさかここまで強引に事を進めるとはな。実は女慣れしていたのか。優男の様に見えてやるなフュン殿は! 見かけによらないものだな。人というのはな・・・うんうん」


 喜ぶ兄。嬉しそうな妹。

 少々この兄弟は頭がおかしいのだった。


 シルヴィアは、この状況にうっとりしていて、フュンをまったく嫌がっていなかった。

 むしろ手なんかは彼の後ろに回していた。

 顔も緩みっぱなしでニヤケ面。

 混乱している声の割には幸せそうなのだ。


 その様子を見ているゼファーは、真っ赤にした顔を両手で覆い隠してはいるけれど、指の隙間から二人の様子を見ていた。

 するとここで、フュンがこちらに気づく。

 彼は手足をバタつかせて慌てていた。

 『情熱的な関係を見られて恥ずかしがっているのか』

 可愛い人だなと思ったジークだったが、それは勘違いの大間違い。

 実は、この事態は切迫しているものだった。


 「んんん!?!? ぺっ」


 素早く顔を動かしたフュンは、口の中にある唾を外に吐き出した。

 シルヴィアから顔を離して、ゼファーの方を見る。


 「ゼファー殿! 申し訳ない。ここから逃げ出した男の人を捕まえてもらえますか。この道を真っ直ぐ逃げました。まだ走っている音が聞こえますから、外には出ていないと思います。ゼファー殿! 急いでください、頼みます」

 「わ、わかりました。殿下!」

 「お願いします。出来たら無傷でお願いします。戦い慣れていない人のようです」

 「わかりました。必ずそうします」


 主君の指令を受けたゼファーは飛ぶように走っていった。

 フュンの表情には、まだ緊迫感がある。

 さっきの指令とは別問題があるのだ。


 「ジーク様、清潔な場所にシルヴィア様をお連れしたいのです。どこか。いや、僕の屋敷に連れていってもらえないでしょうか。急ぎたい。早くしなければなりません」

 「ん? なんだい。そんなに慌てて?」


 ジークにはまだその緊迫感が伝わっていなかった。

 余裕の表情でフュンに近づいていた。


 「ジーク様! こちらの傷を見てください! この傷を出来るだけ。無傷の形までもっていてあげたいのです。早くしましょう」

 

 シルヴィアの右頬にある傷をジークに確認させた。

 軽く傷つけられた刀傷。

 こんなものは唾をつけておけば治るし、いつもこれくらいの傷は負うぞという感じでジークは答える。


 「なんだい。ただの傷ではないか。すぐに治るだろ」

 「いいえ。これは違います。これは、コワノムシという虫を使った麻痺毒の傷なんです。この頬の付近に青の反応を見ました。これは即効性の痺れ毒で、命には別状はないのですが、傷をそのままにするとミミズ腫れを引き起こして傷痕を残します。僕が大体の毒は吸い出したのですが、もし女性の顔に傷痕が残ったら大変です。何とかして治療したい。急ぎたいです」

 「な!? なんで、そんなものを…」

 「おそらく、この敵の武器に薄っすらと毒が塗られていたのです」


 フュンは真っ二つになって倒れている敵の血まみれの小刀を指さした。


 「たぶん、普段は相手を徐々にいたぶるために使っているのでしょう。これは少量でも効いていきますからね。それを、ほんのわずかだけシルヴィア様がもらってしまったのです。ですから、ここから運び出して毒を中和させたい。早くしましょう」

 「わかった。俺が運ぶから後ろについて来てくれ」

 「ありがとうございます」


 ジークは真剣なフュンの顔を信じて急ぎだした。

 妹をおんぶすると、耳元でささやき声が聞こえてくる。


 「接吻されました・・・・殿方に・・・・・接吻です・・・・どうしましょう・・・・わたし・・・・どうしましょう・・・・・これが結婚!・・・・でもこれは接吻なのでしょうか・・・・場所が私の唇じゃなかったです・・・・王子は私を気に入らなかったのでしょうか・・・・不安です・・・・・どうしましょう・・・・王子は私をお嫌いなのでしょうか」


 ブツブツと話すシルヴィアの声はジークにしか聞こえない。

 にしてもこんな木っ端図かしい中身の独り言。

 誰にも聞こえなくてよかったとジークは思った。


 「おいおい。しっかりしてくれよ。俺の大切な妹よ。でもこれはたぶん毒のせいじゃないよな。フュン殿の医療行為のせいか。おいそれでこうなるのかよ。まさかお前、それほど衝撃を受けたのか。純情な生娘だぞそれじゃあ……ああ、まったく。もう少し男に慣れさせておくべきだったな。俺の失敗か。妹はもう18なんだぞ・・・はぁ」


 ジークは傷のない方の頬を軽く叩いて、優しく語り掛けて走り出した。




 ◇


 ジークとフュンがシルヴィアを運んで地下道から抜け出す。

 待機させていた馬車の前に来た。

 珍しく慌てているジークは、馬車の中で作業をしていたフィックスに指示を飛ばす。


 「フィックス!」

 「へ~い」

 「急ぎの用だ。すまんが、ゼファー君が敵を捕らえにいった。それを手にしたら、商会の秘密の場所にぶち込んでおいてくれ。そこの二人も同じだ。頼んだ」

 「はいはい~、わかってますよ~」


 返事をした時には、馬車の中で仕事をしていたからジークを見ていなかったフィックス。

 この後の会話を進めやすくしようとして、フィックスが馬車から顔を出すと、ぐったりとしているシルヴィアを見て驚く。


 「・・・て・・あ!? お嬢!? 旦那。お嬢はどうしたんですか!」

 「すまん。あとで詳しく説明するから。今は緊急事態なんだ。俺はこのままフュン殿の屋敷に行く。全部事が済んだら、お前たちも来てくれ。そうだ、こいつらの見張りはしっかりしておけ。逃がすなよ」

 「わかりました。ジーク様。お任せを」


 いつもの調子じゃない真剣な主にフィックスはお茶らけている暇はないと自分を戒めている様子で真剣に答えた。

 顔つきまでもいつもと違い、キリッと引き締まっている。


 「よし。あとはフィックスに任せれば、大丈夫だ。フュン殿。ここからなら走った方が速い。近道で最短を走るよ」

 「わかりました。僕も全力で走ります」

 

 

 ◇


 二人はフュンの屋敷に着く。

 フュンが玄関先で大声を出した。


 「アイネさん! お湯をお願いします。それと清潔なタオルをお願いします。温めのタオルを作りたいのです。人肌くらいのですから、やや熱めでお湯を! 沸騰したお湯ではありませんよ」

 「わ。わかりました。用意します」


 玄関ではなく、奥のメイド室からアイネの声は聞こえてきた。

 アイネは声だけで王子が慌てていることに気づく。

 走って台所に向かって、お湯を沸かしはじめた後に、裏の用具室にあるタオルを取りに行った。


 「フュン殿、どこへ?」

 「二階の僕の部屋です。あそこなら、僕の医療キットがあります」

 「わかった。急ごう」

 

 屋敷を移動中。


 「・・・王子の部屋ですって・・・・どうしましょう・・・・こんな身なりでいくのですか・・・どうしましょう・・・・戦闘服ですよ・・・・まだデートもしてないのに・・・い、いきなり・・・・・お部屋にですか!? きゃあああ」

 「おいおい。頼むぜ我が妹よ。しっかりしてくれよ」


 背負っている妹は上の空で世迷言を言っていた。

 どうしようもない妄想は膨らんでいるみたいだった。


 「ジーク様、何か言いました?」

 「いや、こっちの話だ。気にしないでくれ」

 「そうですか・・・ではこちらです。お願いします。ベッドに寝かしてあげてください」


 フュンが自分のベッドを指さす。

 ジークは、シルヴィアをベットに降ろしてあげようと、お姫様抱っこにした瞬間、再び世迷言を聞く。

 

 「べべべべ・・・・ベッド・・・・・どうしましょう・・・この服、汗臭いですよ・・・それに血なまぐさいですし・・・・・汗臭くて血生臭いと、王子に嫌われたらどうしましょう」

 「はぁ。大丈夫だ。フュン殿はそんなことで、お前を嫌うような男ではないぞ。それにしっかりしろ。お前は今治療を受けるのだ」


 優しく説得するが、彼女の妄想はまだ膨らんでいる。


 「ち、治療!?・・・・な、何の治療なんでしょう・・・・え・・・・どういうことでしょう・・・ま・・・まさか・・・・え・・・まさか・・・・そんな・・・まだ・・はやい・・・きゃあああ」

 「こ、こいつはアホだ。ポンコツだ。凛々しく勇ましい俺の妹がどっかいったわ。絶対馬鹿になってる。ええい、面倒だ。このまま寝かせる」


 ジークは言葉とは裏腹に、シルヴィアをそっと寝かしつける。


 「フュン殿、準備が出来ましたよ。フュン殿?」

 「はい。少々お待ちを。これが必要なんですね。ちょっと準備が必要です」

 

 準備に集中していたフュンは二人の会話なんて聞超えていない。

 彼はお手製の塗り薬の中にとある粉を振りかけていた。

 混ぜ合わせるために綺麗なスプーンを取り出して、ゆっくり混ぜる。

 薬が完全に混じり合うと、フュンは彼女の元に来た。


 「よし、これで……シルヴィア様、良いですか。少し痒くなるかもしれないですけど、手で顔を掻かないでくださいね」

 「わかりました・・・・お好きになさってください・・・・どうぞ・・・ご自由に・・・なんなりと・・・・ん~~」


 シルヴィアは、何かを覚悟して目を瞑った。

 

 「んんん????」


 彼女がよく分からないことを言っているので、フュンは塗り薬の器を持って首を傾げた。

 

 「フュン殿、気にしないでくれ。治療を頼む」

 「あ、はい。今から塗りますね。染みますけど、ごめんなさいね」

 「・・・はい。どうぞ・・・何が染みてもいいのです。よろしくお願いします・・・初めてですので」


 何がよろしくなのだろうか。何が初めてなのだろうか。

 フュンは思わないがジークはそう思った。


 「ええ。そうでしょう。滅多にないことですもん。丁寧にやりますからね」

 「・・・はい・・・・お願いします・・・・どうぞ。よろしくお願いします。痛がりませんから」


 二人の会話は噛み合っていない。

 しかし、医療行為は進行していく。

 彼女は何故か目を瞑って、両手を前に出して彼を受け入れていた。

 彼女は何を期待しているのだろうか。

 なんてことはフュンには関係がなく、彼女の変な姿をまったく気にせずに、遠慮なく塗り薬を彼女の顔に塗り始めたのだ。


 二人の行動のすれ違いの中で治療は進んでいく。

 この傷薬は、いつもの色ではなく茶色になっていた。

 とある粉末を混ぜたことで色が変化していたのである。

 フュンは彼女の傷に合わせて薬を塗りつけて、塗り薬で山が出来るくらいにこんもりと膨らみを持たせた。


 「よし、ひとまずこれでいいですね。アイネさん!」

 「はい。王子、失礼します」

 「ありがとうございます。アイネさん、タオルを濡らして僕にください。水はよく切ってくださいね。それとお湯の温度は大丈夫ですか!」

 「はい。一肌よりもやや熱めであります」

 「よろしいです。ください」

 「はい!」


 彼女はお湯に浸したタオルの水気をきってフュンに渡す。

 渡されたフュンは、タオルをそのまま彼女の首元に巻いた。

 顔を近づけて話す。


 「シルヴィア様、首回りの体温をあげますよ。これで一気に薬の効果をあげますからね。それでですけど。もし、気持ちが悪くなったりしたらすぐに僕に教えてくださいね。タオルを外しますからねぇ。あなたのその綺麗な顔に傷なんかを負わせたりしませんよ。傷がついたのは僕のせいですからね。僕が必ず治しますよ」

 「え!?・・・・そ・・・そんなぁ・・・・こんなところで・・・・綺麗だなんて・・・嫌だわ・・・ベッドの上でなんて・・・・・ぐへへへへへへへへ」


 シルヴィアは気持ち悪い笑い方をしていた。

 そんな妹の態度に頭を抱えてがっかりしているジークとは違い、毒のせいで虚ろなのだろうとフュンは真面目にそう思っていた。

 だから気にしてません。


 フュンは治療を続ける。

 アイネに温かいタオルを頻繁に用意してもらい、冷えていくタオルと取り換えていく。

 この治療は、温度が大切なようで一定の体温にしたいらしいのだ。


 「ふぅ~。どれくらいやりましたかね」

 フュンが聞くと。

 「一時間くらいかな」

 ジークが答える。

 「そうですか。ちょうどいいかな。ではちょっと傷の様子を見ますね。シルヴィア様、失礼します」


 フュンは彼女の顔に盛った薬を清潔なタオルでふき取った。

 彼女の頬が露わになる。

 切り傷が少しついていただけで出血は止まっていた。

 色も普通の切り傷になっていた。

 

 「フュン殿。これは・・・あまり変わってないのでは?」

 「ええ。でも成功です。この傷ならば、通常の塗り薬で綺麗に治ります」

 「本当かい。よかった。さすがに女の子だからな。顔に傷が残るのは、可哀想かと思っていた所だったよ。それでなぜこれが成功なのかな?」

 「ええ。この時点で失敗しているなら、ミミズ腫れをすでに引き起こしています。ここらの傷の周辺が赤く盛り上がるはずなんですね。ですがそれがこの時間でも起こっていないので、たぶんこの先は引き起こさないと思います」

 「ほう。物知りですな。フュン殿は。どこでこの知識を?」

 「これは母の教えです。僕の母は少々変っているとお伝えした通りなんですがね。ほんとに変わっている人でして、こういう生活の知恵とかを僕に残していきました。あははは」

 「なるほど。会ってみたい人物でしたな。どんな感じの女性であったのか」

 「それはですね・・・」


 フュンは母の顔と声、そして優しさを思い出した。



 ◇

 

 「フュン! よろしいですか。このサナリアオオカブトは、とある毒を持つ虫の天敵なのです!」

 「へぇ~。そうなんですね」

 「あら、興味ないの!? つまんなそうね」

 「どうせ、その話もしたいのでしょう。お聞きしますよ。母上。はいどうぞ」

 「ふふふふ、よくぞ聞いてくれた少年! この私、昆虫マスターが教えましょう!」

 

 おだてに乗りやすい性格の母は自慢げに話し出す。


 「よいですか。こちらのサナリアオオカブトは、コワノムシという虫の天敵なのです! コワノムシとは毒を持つ虫なのですよ。青い触角に麻痺毒を隠し持っている凶悪な虫なのです。これは人間が触れても麻痺します。しかし、即死はしませんよ。でもでも、これを徐々に浴びていくとですね。体を動かせないほどに痺れていくのです……人間すらも痺れさせる毒。それが、このサナリアオオカブトには効かないのです。どうです。凄いでしょう!」

 「へえ・・・凄いですね。母上」


 フュンの言い方は、全然凄そうな言い方ではなかった。


 「そうでしょう。そうでしょう。凄いのですよ。ん?」


 母親の自慢気な顔が近づくと、フュンはすぐに察した。


 「ああ、はいはい。母上、なんでサナリアオオカブトには毒が効かないのですか? 凄いですよね。ぜひ教えて欲しいものですよ~」


 母が催促していることに気づいて、棒読みで答えた。

 親の話に乗ってあげている子供の方がまるで親のようであった。


 「ふふふ。よろしい。よいですか。フュン! こちらのサナリアオオカブトは毒を無効化しているのではないかと昔から言われてきていたのです。表面にあるこの茶色の肉体の部分が、相手の触角の毒を防いでると言われてました。ですが。私は別の意見を持っているのです。それは、あの青い触角の毒を無効化しているのではなく、分解しているのではないかとね」

 「分解?」 

 「ええ。そうです。分解なのです。私はある時。毒が効かないと言われていたサナリアオオカブトが、毒によって倒されたのを見たのです。私はですね。たまたまこのコワノムシとサナリアオオカブトが日陰で戦っている所を見たのです。このコワノムシはあらゆる虫に対して毒で勝つ戦法で戦うのですが。その時も、サナリアオオカブトに毒を仕掛けていたのですよ。そしたら毒を受け付けないと言われていたサナリアオオカブトが徐々に弱って殺されてしまったのです。なぜだろうと思うでしょ?」

 「それは……思いますね」

 

 フュンも少し興味が湧く。


 「そうでしょう。それでですね。私は別な日に、たまたま日の当たる木の上での激闘を見たのです。触角対触角の激しい攻防をです。相手と一進一退で戦い、今度もサナリアオオカブトの方が負けるのかと思ったのですが、この時はサナリアオオカブトが、コワノムシを完璧に叩きのめしたのです。強かったですよ。一撃必殺! みたいな感じでありました。それで、サナリアオオカブトの様子を窺うと毒が効いていない様子だったのです。戦いの後も元気に動いてました。ここで私は一つ仮説を立てたのです。それは温度か光が原因ではないのかと」

 「ふむふむ」


 フュンはもう興味が湧いていた。 


 「なので私は一つ実験をしてみたのです。日の当たる場所と当たらない場所で、両者を戦わせたのです。そしたらなんと実験は成功。温かい場所で戦うとサナリアオオカブトの勝率が100%になったのです! という事はこれは光か温度に反応して毒を分解して無効化しているのではないのかと結論付けました。ですから私は、さらに実験せねばと、私の足を少々傷つけて、コワノムシの毒を塗ったのです。ここです」


 フュンの母は、スカートをめくって左足を見せる。

 そこには小さなミミズ腫れの痕が残っていた。

 そして次に右足を見せると、何もない綺麗な脚であった。


 「どうです? これが実験の結果です! 私の足が右足だけ綺麗でしょ!」

 「は、母上。まさか、青い触角の毒をご自分に?」

 「ええ。実験するには誰かにやってもらうのは気が引けます。まずは自分の体でです!」


 フュンの母は、昔からあるコワノムシの粉末から作る毒を自分で作りあげて、さらに自分を傷つけてそこに毒を塗り、その毒に耐性のあるサナリアオオカブトの粉末をお手製の傷薬に混ぜ合わせて使用したのだ。

 その際に、さらに効果を上げるために、自分の体温を上昇させることで、コワノムシの毒を完全分解させることに成功したのである。

 これは誰も知らない、画期的な新たな治療方法であった。


 「はぁ。母上は元気一杯でありますね。無茶し過ぎですよ」

 「あはははは。やっぱり。そう思うフュンも!」

 「そ、そうですね。でもそんな無茶をする母上は、まるで風邪をひかない子供のようですね。元気一杯ですよね。全く、丈夫です羨ましいですね」

 「あああ。今、私を馬鹿にしましたね。悪い子です! フュ~~~~ン!!!!!」

 

 最後にフュンは走って追いかけられた事を思い出した。

 母がこの実験を何に役立てたかったのかというと、この麻痺毒を使った被害者を救おうとしていたのではないかと、フュンは思い出せた。

 かつて、王宮のメイドの中に首筋から耳の辺りにまで掛けて、大きく残った傷を持つ女性がいた。

 その女性は母と親しいメイドであった。

 たぶん母はあのような女性を二度と出さないために、傷を治せる薬を開発しようとしたのだろう。

 だから、天敵であるサナリアオオカブトにあんなに詳しかったのだと、今の成長した自分でやっと理解できたのだった。


 母の行動は常に人の為である。

 その思いはしっかりと息子にも受け継がれていた。


 

 ◇


 「素敵な母上で、素敵な女性だな」

 「ええ。今にして思えばですけどね。面白い母でしたね。とても・・・ええ。とても」


 フュンは天井を見つめて、ジークはすやすやと眠るシルヴィアを見つめて、面白い母との思い出話を楽しんだ。


 

 

 

 

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