第5話

宣耀殿女御せんようでんのにょうご、月のいと白きみぢかか夜に詠みける


摘むからに 散りて過ぎゆく わすれぐさ いつかあきやと 月の霜をや



祥姫さちひめ様、宮中より宣耀殿女御様の御文が届けられてございます」

「――そうか。こちらへよこせ」


 宣耀殿女御は入内じゅだいされたばかりだというのに、帝よりのお召しも、お渡りもないのだという。


 しかし、それもむべなるかな。


 今上帝には関白の妹である中宮ちゅうぐうと、寵愛の皇后宮こうごうぐうを筆頭に、あまたの女御にょうごが仕え、すでに多くの御子もいて盤石なのだ。

 いかに右大臣家の姫君であろうと、親子ほどに歳の離れた新参の女御が入りこむ隙は、残酷な程に狭い。


 慟哭を帝に訴えることもできず、友人に歌を贈り慰めとするより他ない、やるせない女御の心中を思うと、祥姫は痛ましさで胸が塞ぐ。


 自らが望んだ訳でもないのに、勝算のない戦いへと身を投じる。


 権門の女は皆、その理不尽に組みこまれる定めにあるのだろう――。



――――

宣耀殿女御:後宮の殿舎である宣耀殿を与えられた帝の妻

から:〜とすぐに、〜するそばから

いつか:いつのまにか

あき:「秋」と「飽き」の掛詞

月の霜をや:月の白さを霜と見誤るのは

入内:帝、あるいは東宮の妻として後宮へ入ること

中宮:帝の后。平安中期以降、皇后宮とほぼ同格となった

皇后宮(皇后):帝の正妻

本歌:今夜かく眺がむる袖の露きけは月の霜をや秋と見つらん

●今夜、このように袖が露に濡れたように涙で濡れているのは、この月の光の白さを霜なのかと見紛えて、早くも秋が来たかと思ったからでしょうか

(後撰和歌集 夏 読人知らず)


※拙作『姫君と秘密の恋人の文が見つかってから』からのスピンオフです。今回の忘れ草歌群を着想したのは、そもそもこちらが発端でしたので、掲出させていただきました。宣伝です(*ノω・*)テヘ

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