第3話

院の御隠れさせ給ひし頃、清げなる乞丐かたゐの女法師、出で来たるに、詠ませ給ひぬ、長歌一首


君がため

いずこにありや

やぶかんぞう

雲居の庭ぞ

植へむとて

御衣おんぞ手にして

紐つげど

まこと心ぞ

浮き瀬のまにま


***


宮の感じさせ給ひて、女房に詠ませ給ひぬ反歌一首


はしきやし 人に捧げむ やぶかんぞう 袖の干るまで ゆめしほむまじ



 諒闇である。

 上は故院に遠慮なされて、宮のお召しもない。徒然をかこつばかりとなる。


「――思いの外、みやびでございましたわね」


 苦笑する女房に、宮は頷かれる。

 ご自身のお心を代弁したかのような歌であったのかもしれない。女法師が捧げてきた、薮萱草やぶかんぞうを取らせて、誰か特別に反歌せよとお命じになる。


 下衆の者に後れを取ってなるものかと、こちらの女房達は勇み足の騒ぎである。


 その様子を鷹揚にご覧になっていらっしゃるが、内心では宸襟しんきんを案じられていらっしゃるのではないだろうか。

 宮の憂いを帯びたお顔に、憚りながら女房は心密かに拝察申し上げる。


「……あら、どうしたの?」

「いいえ、何もございませぬ」

「ふむ、余裕ね。ではそなたが詠め」

「承りました」



――――

院:上皇

乞丐:物乞い

雲居:宮中

御衣:天皇・貴人の衣服

紐つげ(つぐ):紐でつなぐ

浮き瀬:辛い境遇、苦しい立場

まにま:他人の意思や成り行きに従うこと

はしきやし:ああ、いたわしい

袖の干る:涙で濡れる袖が乾く

ゆめ~打消し:決して~するな

長歌:『万葉集』に多数収録されるが、時代が下るとともに次第に姿を消す。五音・七音を三回以上繰り返し、最後は七音をつけて終わる

反歌:長歌に付随し、長歌の要約や、特に強調したい所、捕捉したい部分が歌われる。。ここではただの見立ての遊び


※『枕草子』などには、宮中には何故か怪しげな人物が入り込んでも、普通に対応して交流する様子が描かれます。結構ガバガバ警備なのか、不思議です。

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