蛇足 幸せな日々

長い夢を見ていた。

とても長い、悪夢を。


微睡みの中から急激に覚醒し……僕は、慌てて布団を押し退けた。



「……あ」



焦燥感、不安、後悔。


そういった物が胸で渦巻く。

だけど、その理由は思い出せない。


僕が何を後悔して、何に苦しんでいたのだろう。


目が覚めれば、夢の中で苦しんでいた記憶は忘れてしまっていた。


汗を白いシャツで拭って、立ち上がる。

カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。

……少し目を細めた。


目が覚めた筈なのに、何処か浮遊感がある。

現実を現実だと見定められない、仄かな非現実感。


自室のドアを開けて、階段を下る。


リビングを通り抜けて、キッチンにまで来る。

コップを取り出し、冷蔵庫からミネラルウォーターを出す。


コップに注ぎ……口に含む。



「……っ、はぁ」



息を深く吐く。


感じていた不快感は随分と落ち着いた。


ただ、身体に張り付いた汗は纏わり付いたままだ。

シャワーでも浴びようかと思い、洗面所へ向かう。


汗まみれのシャツを脱ぎながら廊下を歩く。


そのまま、ドアを開けて──



「あっ……」


「え?」



先客が居た。


薄紫色の髪が揺れた。

下着を指にかけて、一糸纏わぬ姿のまま……僕を見た。


少し、互いに驚愕で固まって……先に正気に戻ったのは彼女の方だった。



「か、和希……」



名前を呼ばれて、ようやく僕も我に返った。



「あ、わっ、ごごめん!」



慌てて、洗面所から出て、弾む心臓を押さえ込む。


酷く、恥ずかしそうに……それでも怒る素振りはなかった彼女……稚影を思い出す。

とても綺麗な『傷一つない』肌が、脳裏に──



「だ、ダメだ……よくない、こんなの……」



廊下で蹲って、反省する。

稚影が出てきたら謝らないと。


そう自分を責めながら待っていると……少しして、私服姿の稚影が出てきた。



「和希……」


「ぇ、っと、ごめん……稚影」



慌てて立ち上がって頭を下げると──



「……ふふっ」



小さな笑い声が聞こえた。

恐る恐る顔を上げると……稚影は愉快そうに笑っていた。



「もう、別に怒ってないって」


「でも……」


「不慮の事故でしょ?許してあげる」



そう言いながら、稚影は僕の身体を両手で抱いた。

髪からシャンプーの香りがして、心臓が高鳴る。



「それに、恋人なんだから」


「稚影……」


「大丈夫、気にしてない……って訳じゃないけど、不快には思ってないから」



僕は彼女を抱きしめ返した。

柔らかく、華奢な彼女は……強く、抱きしめれば壊れてしまいそうで、少し怖くなる。


少しして、僕を抱きしめる力が弱まった。



「……あっ」



何故か、手放したくなくて……名残惜しくて。

怖くて、不安で。


そんな僕を見て、稚影が首を傾げた。



「……和希?どうしたの?」



そんな彼女を不安にさせたくなくて、僕は小さく首を振った。



「え、っと……何でもないよ、稚影」


「うん、ならいいよ」



稚影が仄かに笑う。



「和希、大学の講義もあるし……はやく、シャワー浴びなよ。湯船もさっき入ったばかりだし、温かいよ」


「……分かったよ、ありがとう」



大学……そうだ、大学だ。


僕と稚影は同じ大学に通っている。

遅れないように、準備しないと。


稚影が僕の横を通った。

彼女からは良い匂いが──



あれ?



何か、少し……鼻を刺激するような……いや、違う。

これは?

何の臭いだろうか?





「和希?」



稚影が目を瞬いて、僕を見つめていた。

艶やかな唇が、言葉を紡いだ。



「どうかしたの?」


「あ、いや、何でもないよ」



僕は否定する。

鼻に感じていた異臭は、もう無くなっていた。


疲れているのだろうか?

幻臭……って奴かな?


僕は笑って誤魔化した。






◇◆◇






二人で大学の講義を受けて、今日は午前中だけだからと帰路につく。



「希美ちゃんは午後も高校あるし……ちょっと、デートしない?」


「あぁ……いいよ?」



稚影の言葉に頷くと、彼女は少し顔を顰めた。



「もう、もっと『やったー!』って喜んでくれていいのに」


「え?……や、やったー?」



稚影とデートするのは初めてじゃない。

何度も何度もデートしてる。

だから、態度がおざなりになってしまっていたようだ。



「心がこもってないんだから。和希は嬉しくないの?私とデートできること」


「いや、それは嬉しいよ。凄く嬉しい」


「えー?ほんと?」



稚影が揶揄うように笑っている。

こんな冗談が言えるのも、僕達が互いに想い合っているのだと強く信じているからだ。



「本当だよ。稚影と一緒にいれて僕は──



僕は。


嬉しい。


凄く、嬉しい。




なのに。




「……和希?」


「え?」



涙が溢れた。

悲しいなんて思ってない筈なのに、嬉しい筈なのに。

流れる。



「ど、どうしたの?さっきのは冗談だからね、そんな傷付くなんて──


「違うよ、違う……こ、これは──



涙を、拭う。



「凄く、嬉しいんだ。嬉し過ぎて泣いちゃったんだ」


「……う、うん?なら良いか、良いかな?」



稚影に心配されて、僕は自分が情けなく感じた。

努めて、笑顔を浮かべながら僕は稚影と手を結ぶ。



「それで、何処に行くんだ?」


「うーん、どこでも良いんだけど……あ、そうだ。水族館行こうよ!」


「水族館?……あ、あそこか」



脳裏に過ぎるのは、数年前に出来た水族館だ。

一度だけ、彼女とデートした事がある場所だ。



「ね?何だか新しくリニューアルしたらしいし、初めてデートした場所にまた行くのも……良くない?」


「うん、良いと思うよ」


「それじゃあ早く行こ?希美ちゃんが下校するまでには帰らないと……だし、時間は有限だよ?」



稚影に手を引かれる。


その感覚に身を任せて、僕も歩く。

彼女の望む道に、のめり込んでいく。


そんな僕は……何故か、焦燥感に駆られている。

不安を感じている。


だけど、彼女の笑みを見て……それは、どうでもいい事かと振り払った。


彼女と一緒にいられる事に比べたら、他はどれも些細な事だと思えたんだ。






◇◆◇






暗がりの水族館の中で、二人、僕達は手を結んで歩く。



「わ、和希、見て見て……可愛い」



小さな水槽に、稚影が呼ぶ。

肩の触れ合う距離で、一つの水槽を見る。


昔は密着するとドキドキしたけれど、今は……いや、今もドキドキはする。

だけど、もう慌てたり……無様を晒すような事は無くなった。


純粋に、一緒にいると心地良いと思えるようになった。



「うん。これ……クラゲ?」


「可愛いよね」


「あ、えーっと……」



そこには桃色と水色の小さなクラゲが浮かんでいた。

可愛いかといえば……可愛いのか?

よく分からない。


だけど──



「うん、可愛いね」


「でしょ?」



否定するような無粋な真似はしない。


目を輝かせながら稚影が水族館を突き進む。

僕は手を引かれながら、進んでいく。


稚影は展示されている生き物に視線を向けている。

だけど僕は……彼女の事を、一番見ているかも知れない。



大きな魚影が、僕を横切った。


ふと、視線をそちらに向ける。


……違う、ただの壁だ。

じゃあ、今の影は何だったんだ?



「ほら。和希、行くよ?今回こそカワウソとの握手会するんだから……!」


「え、あ、ごめん。急ごっか」



違和感を振り払って、彼女に付き添って歩く。


……だけど、ふと、稚影が足を止めた。

そして振り返った彼女の顔には、不安があった。



「和希……もう、体調でも悪いの?」


「え?どうして?」


「だって今日……少し、上の空だし」



自覚はなかったけれど……確かに、そうかも知れない。

理由も分からない不安や違和感を感じているのだから。



「ごめん。だけど、もう大丈夫だよ」



……彼女と共にいる時ぐらいは忘れよう。



「……なら、良いけど」



稚影と居られる時間を大切にしよう。

だって、彼女は……。


彼女は、何だろう。


ずっと一緒にいると決めたのだろう?

別れる事なんてない。

だから、気にする事はない筈だ。

この日常を享受するべきなんだ。


なのに、なのに。


何故、僕は……この日常を、不安に思っているんだ?


振り払う。

振り払う。

振り払う。



「さ、行こっか」



手を引かれるまま、僕は進む。


彼女が楽しそうにしているなら、僕はそれでいい。

何も考えなくていい。


何かを訴えかける心を閉じ込めて、今はただ幸せな微睡みを感じて……僕は『幸せ』に沈み込んでいく。






◇◆◇






少し、早めに水族館から出てきて街を歩く。



「稚影……もう少し、水族館に居ても良かったんじゃないか?」



僕がそう言うと、稚影は仄かに笑った。



「それも良いんだけどね、他にも……行きたい場所とかない?」


「いや、僕にはないけど……」


「私は行きたい場所あるの、良いかな?」


「あ、そういう事か。良いよ、付き合うよ」



そう言うと、稚影が照れ臭そうに笑った。

僕は少し、首を傾げた。



「稚影、どこに行きたいんだ?」


「それは……えっと、秘密?」


「何だよ、それ」



思わず笑うと、稚影も笑った。

稚影が僕の手を握り直した。


指を絡めて、握る。

所謂、恋人繋ぎって奴だ。



「……和希、あの時の、続き……したくない?」


「あの時?」



どの時だろうか。

そう、脳裏の記憶を探る。



「もう、和希……本気で言ってる?」


「え、いや、だって──



ふと、ベッドで馬乗りになられていた時の事を思い出した。



「……わ、分からないけど?」



外れていたら最低だと思って、自信もないから誤魔化した。



「嘘。今絶対に思い出した」


「え、いや、そんな訳じゃ──



……あれ?

そう言えば、あの時、どうして中断されたんだっけ?

確か、電話が──



「それで?和希……ど、どうかな?」



微かに頬を赤らめて、そう言った。

……手が、微かに震えている。


僕は、その手を……強く握り返した。



「……分かった。続き、しようか」


「…………えへへ」



稚影が握っていない方の手で頭を掻いた。



「というか、ごめんな。稚影……僕から、その、誘うべきだったんじゃないか?」


「……え?うん……?いや、そういうのは、どっちからでも良いと思うよ。それに、和希には『そういう』デリカシーとか期待してないし」


「うっ」



急にボディブローを食らった気分になって、よろめきそうになる。


デリカシー……か、デリカシー。

う、無いか……デリカシー無いんだ?

僕って……。


ちょっとショックを受けている僕を見て、稚影が慌てて口を開いた。



「べ、別に責めてる訳じゃないからね?そういう所も私は好きだし」


「……デリカシーが無い所が?」


「そうじゃなくて……ええと、ちょっと奥手な所とか?」



お、奥手か……。

聞こえは良いけど、つまり積極性がないって事だろう。


またショックを受けている僕に、今度は呆れたような表情を浮かべた。



「……もう、和希。私は和希の事が好きだからね」


「え、あぁ……僕も稚影が好きだよ」


「うん、知ってる。だから、和希にも分かるでしょ?



何を……とは言わない。

きっと、稚影は互いに『欠点を知っている』からこそ、そこも含めて好きなのだと言いたいのだろう。



「……そうだな。ありがとう、稚影」


「手が掛かる彼氏なんだから」



稚影が肩を寄せて、少し僕に体重を預けた。

歩きながらだから、不安定になるけれど……責めはしない。





◇◆◇





稚影と一緒に歩いて……そして、小さなお城みたいなデザインがした、小さなホテルの前に着いた。

桃色のカラーリングをした、ネオンが輝く小さなホテル。



「……来ちゃったね」


「……うん」



少し、躊躇った後。



「和希……は、入ろっか?」


「え?あぁ……うん、そうだな」



少し、怖気ずきながら向かおうとする稚影の……手を引く。

せめて、こういう時ぐらいはエスコート出来ないと。


部屋の書いてある受付機から鍵を取り出して……エレベーターに乗る。


チカチカとボタンが光り、ゆっくりと上がっていく。


心臓が高鳴る。


高鳴る。


鼓動が、すぐ側にいる彼女に聞こえてしまわないかと思えるほどに。


手を、強く握られた。


視線を稚影へ向ける。


彼女も頬を赤らめて、口を噤んで……俯いていた。


……稚影も、緊張しているんだ。

そう思うとやっぱり、僕がエスコートしなければという気持ちに駆られる。



エレベーターのドアが開いて……廊下を歩き、部屋の鍵を開ける。



「……わっ」



稚影が驚いた声を上げた。


壁にも天井にも菱形の鏡があった。

興味深そうに部屋を散策する稚影に、僕は苦笑しつつ……荷物を棚に置く。


そして、視線をずらして……ベッドを見る。

二人で寝れるように……というか、する事ができるように、大きなベッドだ。

枕元には……避妊具も置いてある。


……その景色を見た瞬間、実感が湧いた。

湧いてしまった。


ふと、稚影を見ると……稚影も、僕を見ていた。


身体が熱くなる。


僕は──



「さ、先にシャワー浴びてくるよ!」



逃げた。



「う、うん。次、入るから」



稚影の言葉に頷いて、洗面所に入る。

……良かった。


洗面所の方は、それほど意識させられるような物はないみたいだ。


服を脱ぎ捨てて、バスルームに入って──



……ビニール製のマットが壁に立てかけられていた。

気にしないようにしろ、気にしないようにするんだ。


シャワーを出して、頭から被る。


身体を冷やす。

落ち着かせる。


大丈夫、大丈夫だ。

ちょっとビックリしているけど、嫌じゃない。

嬉しいんだ。


これが『幸せ』なんだ。

だから、そんなに怯えなくて良いんだ。


僕は──


これが──













違う。



「……っ、はぁ」



シャワーを浴びながら、頭を下げて……深く息を吐いた。


何が違うんだ?

これが『幸せ』なんだろう?


鏡を見る。

僕の顔だ。

僕の顔……。


腹を撫でる。


……何か、忘れている。


思い出せ。

思い出すんだ。


何を忘れているんだ?

僕は……何を?


何に怯えているんだ?

何に焦っているんだ?

何を後悔しているんだ?


鏡を見る。

鏡の中にいる僕を見る。


……稚影。

稚影、稚影、稚影、稚影稚影稚影稚影。


そうだ、稚影。


稚影は?


稚影は、すぐドアの外にいるだろう?


何も恐れる事なんてないじゃないか。


そうだよ、稚影はここに居る。


それで良いじゃないか。


何も悩む必要は──



「……違う」



何が違うんだ?


何も違わないだろう?


ここが僕の『幸せ』なんだ。


何も、考えるな。


そうだよ。


この『幸せ』を享受するんだ。


微睡みの中に溺れて、何も考えず──



「違う」



稚影はここに居る。


だけど、稚影は──


彼女は──



「……僕が、殺したんだ」



そうだ。


稚影を殺したのは僕だ。


僕が稚影を殺したんだ。


稚影は僕に殺されたんだ。


だからもう、ここには居ないんだ。


なのに──



「…………っ!」



違和感の正体に気付き、僕は手を鏡の前に翳した。


『剣』が生まれる。

その『剣』が鏡に『映って』いる。


違う。


『剣』は鏡に映る筈がないんだ。

だから、これは──


この世界は──



「現実じゃ、ない……」



僕は膝から崩れ落ちた。


先程まで一緒にいた稚影の事を思い出して……口を開いて、咳き込んだ。



「く、そ……くっそぉ…………」



苛立ちを吐き溢しながら、僕は蹲る。

記憶が蘇っていく。


僕は先日、『異能』事件を追っていた。


強制連続昏倒事件。

何の前兆もなく、ただ、人が目覚める事がなくなる事件だ。

命に別状はなく、脳波に異常はない。


……だけど、まるで夢を見ているようだと、結衣さんは言っていた。


恐らく、『異能』の正体は『人に夢を見せ続ける能力』だ。

僕は今……夢の中にいる。


目覚めたくないと思えてしまう、幸せ過ぎる夢に閉じ込められている。



「何だよ……クソッ……最悪だ……」



手に入れられなかった『幸せ』を押し付けられている。

だから、被害者達は起きられないんだ。


実際、僕だって……この夢から目覚めたくない。


稚影。


楠木 稚影。


僕が殺した。

僕が殺してしまった、愛おしい恋人の名前だ。


そんな彼女が生きているんだ。

もう二度と話す事も、触れ合う事も出来なくなった彼女がここに居る。


だけど、それは『異能』が見せている夢だ。

この『夢』を見せている『能力者』に稚影を再現できる気がしない。

だから、あの稚影は……僕の記憶が作り出した『虚像』に過ぎない。



シャワーを止めて、浴室から出る。

タオルで水滴を拭いて……はは、拭く必要なんてあるのかな?

だって、これは夢なんだろう?


服を着て……洗面所から出る。



「あっ、和希……」



ベッドの上で座っている稚影を見つけて……僕は、もう耐えられなかった。


涙を流しながら……稚影を抱きしめた。



「ごめん……」


「……和希?」


「ごめんよ、稚影……あの時、助けられなくて……僕が、殺して……ごめん……本当に、ごめん……」



これが本当の稚影ではない事は分かっている。

だけど、謝らずにはいられなかった。


嗚咽を漏らして、愛した女性の虚像を抱きしめて、謝り続ける。



「ごめん、ごめん、稚影……ごめんな……」


「……和希」



そんな僕を見て、稚影は……僕を──



抱きしめた。



「……稚影」


「気付いちゃったんだね」



この稚影は僕の記憶が作り出した稚影だ。

だから……僕の記憶から、言いそうな言葉や行動を再生してるだけに過ぎない。


なのに、振り払えない。



「……大丈夫だよ。恨んでないから」


「ち、違う。違う……」



涙が溢れる。


本物の稚影じゃないんだ。

稚影はもう居ないんだ。


だから、振り払わなきゃならない。


僕は顔を上げて、口を開いた。



「僕が悪いんだ……僕が……僕の力不足で……君の信頼を買えなかった……頼りなかったから!」


「……そうだね」


「僕がもっと強かったら……頼りになっていれば、君から信頼されていれば……死なずに済んだんだ!僕が──


「大丈夫だよ」



稚影が僕を強く、強く抱きしめた。

違う、違う、違う違う違う違う。


この稚影は、稚影じゃない!



「私、和希のこと、嫌いにはならないから」


「……稚影」



彼女はただ、僕の記憶の中にいる存在だ。

だけど、それでも……僕を励ましてくれた。



「ね、和希。希美ちゃんを守ってくれるんだよね?」


「……当然、だよ」


「だったら──



稚影が悲しそうに、それでも励ますように笑った。



「眠ってたらダメだよ。目覚めないと」



稚影が僕の胸を、拳で叩いた。

優しく、突き放すように。



「……そう、だな」


「そうだよ」


「そうだよな……!」


「うん!」



僕は彼女から手を離して、立ち上がる。



「……ありがとう、稚影」



稚影から少し、離れる。



「僕を好きになってくれて、ありがとう」



稚影が無言で笑った。

僕が愛した人だ。


たとえ、本物ではなかったとしても……『嘘』だったとしても、それでも。



「……僕は、君の事を忘れないから」



好きだという気持ちに変わりはない。


『剣』を自分に向ける。

この夢から目覚める方法は……『異能』による干渉だ。

『異能』は『異能』と干渉する事で、乱れて不安定になる。


今、この『異能』は僕の心に作用している。

それなら、ここにある夢の中の僕に……『剣』という『異能』の元を差し込めば……不安定になり、崩れる筈だ。


大丈夫、この『剣』が教えてくれている、

僕が為すべき最適解を。

この優し過ぎる夢から目覚める方法を。


……稚影に、視線を移した。



「和希、頑張ってね」


「うん、頑張るよ」


「挫けないでね」


「うん、挫けないよ」



虚像の稚影が、優しく笑った。



「……安心した」


「うん、君が安心できるように……これからも僕は──



『剣』を体に突き刺す。



「前に、進んでいくから」












夢から、目覚めた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

腐血のサルヴァトーレ:TS悪役外道転生 Whatsoon @R_Key

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ