第2話 非現実の凶刃

あれから、1年が経った。

親友の、楠木 稚影の兄が亡くなってから……1年だ。


あの日見た生気を感じさせない虚な目を忘れられるほど、時間は経っていない。



それでも──



「稚影ちゃん、みりん取ってー」


「はい」



キッチンを前に並ぶ、妹の希美と、楠木。

彼女達は笑顔を浮かべていた。


不幸を乗り越えて、気丈に振る舞っている。

ふとした時に悲しそうな顔をするが、それでももう絶望はしていない。



楠木は現在、一人暮らしをしている。

兄と一緒に暮らしていたアパートの一室で、今も暮らしている。

親戚の家に引き取られるかと思っていたが、彼等は薄情なようで楠木に興味を示さなかった。

楠木も……兄と過ごした家を失いたくないと、今も留まり続けている。


少し心配だが、それは良い。

彼女の選んだ選択だからだ。


それは良かった……のだが。




退院してから一ヶ月後。

希美と一緒に、彼女の住むアパートを訪ねた際の話だ。


リビングのゴミ箱はカップ麺のゴミや、レトルト食品の袋、ファストフードの包み紙が山積みになっていた。

希美は驚いて、楠木を問い詰めた。


結論として、彼女の生活は荒れに荒れていた。

食べられれば良いと、栄養の偏った生活をしていた。


……あの時の様子を思い出す。






「稚影ちゃん!ちゃんとしたご飯を食べないと!」


「えー、でも……面倒だし」



一人暮らしの自炊生活は、よほど料理が好きじゃないと長続きし難い。

彼女はそう語って……いや、言い訳していた。


それでも、『こんな生活を続けるのは不健康だ』と希美は怒っていた。

要らぬお世話かも知れないが、彼女は楠木を心の底から心配していた。



「稚影ちゃん、それなら……晩御飯の時はうちに来てよ」


「え?希美ちゃんの家に?」


「そう、一緒にご飯を食べようよ!料理も一緒にしてさ……ね?」



楠木が僕を一瞥した。

迷惑をかけるかも、と思っているのかも知れない。


僕はゆっくりと頷いた。

迷惑なんて、かけてくれても構わない。

僕はただ友達を支えたかった。


僕が反論してくれない事に気付いたのか、楠木は希美に視線を戻した。



「……え、えと?」


「分かった?」


「……はい」



有無を言わさぬ真剣な眼に気押されて、楠木は頷いた。


以降、週に6回は夕食時に望月家に来ているのだ。





楠木は『簡単な料理ぐらい出来る!』と豪語していたけれど、実際は……まぁ、うん。


死ぬほど味の濃い味噌汁や、卵焼きと自称するスクランブルエッグ、生焼け魚などが食卓に並んだ時点で……希美が楠木をキッチンへ連行していった。


そして、希美が楠木に料理を教える事になったのだ。



……その時ぐらいから、僕がキッチンに立つ事は減っていった。

当初は希美と当番制だった筈なのに、希美の料理勉強とか何とかで気付けば週一ぐらいになってしまった。


代わりに掃除、洗濯とかは出来る限りやっているけど……まぁ、とにかく僕は料理当番から外されてしまった訳だ。



閑話休題それはともかく


キッチンは戦場だった。

料理が始まると希美の叱責と、楠木の悲鳴がよく聞こえていた。

……まぁ、それも最初の頃ぐらいだ。



一年経った今は……二人、キッチンで並んで笑顔で会話しながら料理している。

それだけ上達したという事だろう。


僕は料理が盛られた皿を、机に並べた。




「「「いただきます」」」



三人が食卓に並び、声を出した。


視線を下す。

今日は焼き魚と、味噌汁、白いご飯、煮浸しだ。


味噌汁を啜り、焼き魚を口にする。



「お兄ちゃん、どう?」


「……ん?美味しいけど」



味噌汁は……いつもと少し、味が違う気がしたが確かに美味しかった。


僕が返事をすると、希美はにへら、と笑った。



「良かったね、稚影ちゃん」


「うん」



楠木が照れ臭そうに頬をかいた。

僕は目を瞬く。


何の話だろうか?



「お兄ちゃん、今日の味噌汁は稚影ちゃんが担当なんだよ!私、何も手伝ってないから本当に一人で作ったの!」


「へぇ……初日とは比べ物にならないぐらい、上達したんだなぁ」


「こら!そんな変な褒め方しない!」



希美に叱られて、僕は苦笑した。

……まぁ、確かに楠木に失礼な発言だった。



「えっと、ごめん。楠木」


「ううん、良いよ。嬉しいから」



楠木は頬を緩めて、仄かに笑った。


胸の奥が、少し縮んだ気がした。

最近、楠木を見ていると、こうなる時がある。


それがどんな感情か……分からない。

いや、分かりたくない。


この関係は心地いい。

だから、気にしない。

気付いたら……壊れてしまうかもしれない。



希美が笑いながら、楠木に話しかける。



「稚影ちゃんは私にいっぱい感謝するように!」


「うん、ありがとう。希美ちゃん、すごく感謝してる」


「え?えへへ……?」



楠木の反応が予想外だったのか、希美も照れ臭くなって頬をかいた。


気まずい空気だ。

決して、嫌ではないけれど……僕は視線をずらした。


テレビを見る。

ニュース番組が流れていた。



『二ヶ月前、東京都内で身元不明となっていた遺体が──



眉を顰める。

この町ではない……だけど、隣町での事件だ。

決して他人事ではない、事件の報道。


僕の様子に希美が気付いた。



「食事中にニュース見るの、禁止!」



希美が机の上にある、テレビのリモコンを取ってチャンネルを変えた。

芸人が並ぶバラエティ番組が表示された。



「これでよし」



……だけど、僕の脳裏にあるのは先程のニュース……殺人事件のニュースだ。


一年前から発生している、無差別殺人事件だ。

警察は未だ犯人を捕まえられていない……ネットでも警察をバッシングする記事は多く出ている。


一年間で……3人、死亡している。

被害者に共通して言える事、それは……死体の損傷具合だ。


どれもこれも、まるでゼリー状に溶けて……原型を留めていない。

恐ろしい猟奇殺人事件だ。


被害者に共通の知人は居ない事から、無差別殺人事件だと言われている。

しかし、ニュースでは報道されていない、もう一つの被害者達の……共通点。

……誰も彼もが『素行が良かった』とは言い難いらしい。

ネットで語られる話なんて嘘か本当か、信憑性は低いが……そう言われている。


人によっては天罰だと──



「お兄ちゃん?箸が止まってるよ?」


「あ、あぁ、悪い」



僕は慌てて、箸を味噌汁に付ける。



「どうかしたの?さっきのニュース?」


「いや、何でもない……」



豆腐が崩れる。


別に僕は、そんな猟奇的な事件が好きな訳じゃない。

寧ろ、嫌いだ。


……ただ、身の回りにいる大切な人達が巻き込まれたらと……そう考えると、怖い。

被害者の誰もが悪人だとか……そんなの、全く信憑性のない都市伝説に過ぎない。


それに、殺されていい人間なんて居ない。

死んで当然な人だとしても、殺されて良い訳がない。


普通は誰もが、そう思ってる筈だ。

だからこそ……犯人が何を考えてるか、全く分からない。


もし……噂が本当では、なければ。

見境なく殺すような奴ならば。



目の前にいる、楠木を見る。



僕は怖い。

母は交通事故で死んでしまった。

彼女の兄も。


人の死は急に訪れる。

大切な人であろうと、善人であろうと、お構いなしだ。


だから、僕はもう、これ以上……失いたくなかった。



「楠木、ご飯食べ終わったら家まで送るよ」



だから、そんな事を言った。

死体を溶かしてしまうような狂った殺人鬼相手に、僕は何も役に立たないだろうけど。


それでも……せめて、僕は。



「別に良いよ、一人でも──


「ダメだ」



思わず、食い気味に否定してしまった。

希美が目を瞬かせて、楠木が首を傾げた。



「和希?」


「あ、いや……最近、物騒だろ?だから……」



そう言うと、希美が首を縦に振った。



「うん、稚影ちゃん。お兄ちゃんじゃあ、あまり頼りにならないかも知れないけど……送ってもらえば?」



頼りにならない、は余計だと思った。

自分で思っているのと、他人に言われるのは別だ。


楠木は何度か目を瞬いて、ゆっくりと頷いた。



「……うん、和希。分かった。エスコート、お願いするね?」


「エスコ……あ、あぁ。送っていくよ」



変な言い方をするから、僕は思わず咽せてしまった。

その様子を見て、希美は笑っていた。


何が面白いのか、サッパリ分からなかった。






◇◆◇






夜の街を歩く。

月明かりの下で……二人。


僕と、楠木の二人で。



「少し、遅くなっちゃったかな?」



そう言って、楠木が僕を見た。

電灯の下で見る彼女は……何故か、輝いて見えた。



「そう、だな。あんまり遅くなると、危ないから良くないと思うけど」



そう言うと、楠木が頬を緩めた。



「心配してくれるんだ?」


「当たり前だろ」



僕の返事に、楠木が少し驚いたような顔をした。



「楠木は友達だから……危ない目にあったら、僕は悲しい、から……うん」



そう口にして……僕は楠木から顔を逸らした。

少し恥ずかしい事を言ってしまった気がする。

頬が少し熱い。



「そっか……ありがと、和希」



だから、感謝の言葉をかけてきた楠木の顔を見れなかった。



「……なぁ、楠木──


「あ、それなんだけど」


「それ?」



楠木の方へ、視線を戻す。

彼女は仄かに笑っていた。



「『楠木』ってやつ」


「……名前だろ?それがどうかしたのか?」


「うん、どうかしてるよ」



何が言いたいのか分からなくて、僕は首を傾げた。


数歩、楠木が僕の前を歩いた。

そして、ゆっくりと振り返った。



「『稚影』って呼んで欲しいなって」


「……なんでだ?」



僕にとって彼女は親友だ。

だけど、それでも……女の子だ。


妹でもない女の子の名前を、苗字じゃなくて……名前で呼ぶなんて、恥ずかしくて。



「だってさ……苗字は──



楠木の顔が曇る。

……楠木、という苗字。


それは彼女の兄も指している。

だから……だろうか。

思い出させてしまうから、だろうか。


何故かと聞いてしまえば分かる話だ。

だけど、それが彼女を傷付ける事になるのなら──



「わかったよ、『稚影』」



そんな僕の恥ずかしさなんて、捨ててしまえば良い。

頬を掻いて、そう呼んだ僕に……楠木……稚影は、笑顔を返した。



「うん、ありがとう。和希」



心の距離が、一歩近付いたような気がした。

呼び方なんて、何でもないような事かも知れないけれど……それでも、そんな気がしたんだ。



……楠木の、稚影の住むアパートは、望月家から少し歩く。

と言っても、20分ぐらいの距離だ。


歩いている途中で、稚影が少し早歩きになった。



「く、稚影?」



まただ。

また楠木と言い間違えそうになった。

……慣れるまで、少し時間が掛かるかな。


稚影が振り返り、コンビニを指差した。



「ちょっと寄って行こうよ、和希」


「……変な寄り道はしない方が良いと思うぞ」


「えー?希美ちゃん、お留守番してるんだからプリンぐらい買って帰った方が良いと思うなぁ」


「稚影が食べたいだけなんじゃないか?」


「……ま、そうだけどね?」



言いくるめられた僕は、ため息を吐きながら楠木の後ろを歩く。


コンビニに入って、プリンを三つ手に取る。

そのままレジに持っていって……会計する。


……家に帰って来ないクソ親父だけど、金だけはしっかりと口座に入れている。

キャッシュカードで定期的に下ろしているが……多分、きっと、育児放棄はしていないって自分に免罪符を与えようとしてるんだ。


……クソ、嫌な事を思い出してしまった。


三つ買ったプリンのうち、一つは稚影に渡そうと思って……あれ?どこにいるんだ?


コンビニの出口の方へ、視線をずらして……彼女が何か、男に絡まれているのを見てしまった。



「お、おい!稚影!」



慌てて、僕はコンビニの外へ出て……割り込んだ。


男は……多分、高校生だ。

身長も僕より高い。

服の着崩しや態度から見て……いわゆる、不良ってやつだ。



「んー?なんだ、クソガキ。今、俺はこの女と話してんだよ」



僕は稚影の方を見た。

……顔を俯かせていた。


怯えている、のだろう。

男へ、視線を戻した。



「そ、その、稚影が何かしたんですか?」


「……あ?何だ、女の前だからってカッコ付けてんのか?」


「そ、そんな訳じゃ──



腹部に、痛みが走った。


蹴られたのだと、気付いた時には……僕は地面に転がっていた。

コンクリートに手をつくと、少し冷たかった。



「う、ぐっ……」



さっき食べた夕食が、胃の中で渦巻いているのを感じた。



「その女、俺にブツかっておいて、謝りもしなかっ──


「ご、ごめんなさい……」



稚影が謝った。

彼女は食い入るように口にして……倒れた僕の側に近寄って、肩を掴んだ。

弱々しく、僕は……庇われたのだと気付いた。



「あ、謝るから……これ以上は……」


「……チッ、気分悪い」



興が削がれたのか、男は唾を吐いて……僕をもう一度蹴った。

かなり、痛かった。


だけど、黙って、歯を食いしばって……気付けば、男は居なくなっていた。



「和希……」



呼吸が乱れて……咳き込む。

痛みで涙腺が緩んで、泣きそうになる。


情けない。

恥ずかしい。


そう思った。


何が『殺人犯から守る』だ。

ただの不良にも一方的に殴られるような僕が……稚影を助けられる訳がなかったんだ。



「稚影、ごめん……」



そう謝りながら、顔を上げると──







稚影の表情から、色が抜け落ちていた。




「……稚影?」



悲しいとか、怖いとか、怯えとか、怒りとか、そんなものを少しも感じさせない……無表情だった。


そして、視線は去っていった不良の方へ向いていた。



僕は驚いて目を閉じて……再度、開いた。



稚影は心配そうな顔で、僕を見ていた。

さっきのは……幻覚、だろうか。


そうだ。

幻覚に違いない。

だって、そんな顔をする理由がないからだ。



「和希、ごめんね」



彼女の謝罪で、僕は現実に引き戻された。



「あ、あぁ……えっと、僕の方こそ」


「ううん、違う。和希は助けてくれたから……」



稚影に腕を引っ張られて、立ち上がる。

砂のついたズボンを叩いて、蹴られた拍子で地面に落ちたビニール袋を見る。



「あっ……」



声を上げたのは僕か、稚影か。

袋の外からも、プリンがグチャグチャになっているのが見て分かった。


……買い直すか、そう思った瞬間、稚影が僕から離れた。



「わ、私が買い直すから!そこでジッとしてて!」



そう言われて、返事をする間もなく稚影はコンビニに入っていった。


……僕は駐車場にあるブロックの上に座る。

息を深く吸って、吐く。


身体の痛みは引いてきた。

だけど……風が手に当たって、痛んだ。

大きくはないけれど、擦り傷が出来ていた。


思わず顔を顰めていると──



「おまたせ、和希」



ビニール袋を持った、稚影が側に来ていた。

そして、袋から何かを取り出した。


プリンではない。

ペットボトルと……小さな箱だ。



「……稚影、それは?」


「水と、絆創膏。ほら、手を出して」



僕が手を出すと、稚影はペットボトルを開けて……水を手に流した。



「痛っ……」



傷に染みる。


思わず声が漏れたけど、稚影は気にしていなかった。

そして、彼女はハンカチを取り出して、濡れた僕の手を拭いた。

優しく……痛まないように。


そして、箱から絆創膏を取り出し……擦り傷に貼った。



「うん、これで良いかな」



処置をしてもらった僕は、稚影に対して頭を下げた。



「ありがとう……それと、ごめん」



感謝と謝罪をすると、稚影が首を傾げた。



「……ねぇ、さっきから、どうして謝ってるの?」


「だって……情けなかったし。僕は何の役にも立たなくて──


「ううん、謝らなくて良いよ」



稚影が首を振った。

彼女の髪が揺れた。



「情けなくなんかないよ。寧ろ、カッコよかったよ」


「……地面に這いつくばってただけなのに?」


「うん、カッコよかった」



真面目にそう言うのだから……お世辞かと疑った。

だけど、彼女の瞳は茶化すような物ではなく、真剣に僕を見ていた。


……思わず、照れ臭くなってしまった。


そして、稚影は僕の手からビニール袋を取り、もう一つのビニール袋を預けてきた。



「このプリンは私が貰うから……希美ちゃんには綺麗な方を食べて貰ってね?」


「あ、あぁ……ありがとう」



手元にあるビニール袋を覗く。

プリンが……二つ。

希美の分と、僕の分だ。


……思わず、一つ彼女に返そうとして──



「あんまり遅くなると希美ちゃんが心配するから、行こっか?足とかは……大丈夫だよね?」


「あ、うん……まぁ、大丈夫だよ」



返すタイミングを失って、僕は稚影の後ろを歩く。

彼女は時折、僕に向かって振り返りながら進んでいく。



そして……彼女の住むアパートの前まで辿り着いた。

ペンキが塗り替えられたばかりの壁の側を、彼女は歩き……僕の方へ振り返った。



「和希、今日はごめんね?」


「……全然、別に良いよ」



そう言いながら、頬を掻いて……少し、疑問が湧いた。



「一つだけ良いか?なんで、あんな……絡まれてたんだ?」


「あー、それは……私が、ぶつかっちゃったから……」



稚影が眉尻を下げた。

申し訳なさそうな顔をしている。



「……ちゃんと、前見て歩かないとな」


「うん、気をつけるよ。本当に」



そのまま稚影はアパートの入り口前に立った。

そして、振り返った。



「和希、助けてくれて……ありがとう」


「ん、まぁ……うん」



素直に受け取られず、誤魔化して……何か、忘れている事に気付いた。


そうだ。

不良の男は「稚影が謝らなかった」と言っていた。

何故、謝らなかったのか……?


いや、問い質すような事じゃないか。

きっと、怯えていたのだろう。

僕は勝手に納得して、彼女に手を振った。



「じゃあ、また明日」


「うん、また明日ね」



そうして、僕は踵を返して……自宅へ戻る事にした。


……自身を苛む無力感に耐えながら。

少し、陰鬱な気持ちで夜の街を歩いた。






◇◆◇






路地裏で、蠢く。

皮膚を失い、内臓を露出させた『何か』が、蠢く。

鳴き声も出さず、ただ静かに……。



踏み込む。



夜も遅い。

人通りは少ない……ビルの隙間ともなれば、誰一人としていない程には。



「…………」



私は電灯も存在しない、月明かりだけが照らす路地裏に立っていた。


右手には……赤黒い半透明の『剣』。

青い筋が脈打って、まるで生きているかのように錯覚した。


足元には……大量の『蛆虫』。

それは人の指のような形状をした、醜悪でグロテスクな臓物で出来た虫がいた。



視線を『蛆虫』から逸らして、前方の大きな『肉塊』を見る。

見覚えのある服が、はち切れそうなほど膨張した『肉塊』を縛っていた。



「さっきぶり、だね」



口を塞がれても無理やり叫ぼうとしているような声が……耳に聞こえた。

断続的に、何度も、何度も、何度も……助けを呼ぼうとしているのだろうか?


しかし、言葉になり損なっている音では、判別する事など出来ない。


その様子に私は満足げに頷いた。



「良かった。まだ、ちゃんと生きてるね」



先程、コンビニで出会った男が……姿を変えて、そこにいた。


蠢いている。

ぐじゅる、ぐじゅると音を立てる。

実を震わせる度に、粘液が擦れる音がした。



「私、貴方にはちょっと申し訳ないかなって思ってたんだけどね」



話しても、聞こえてるとは思っていない。

彼にもう、耳はない。



「自業自得かな?って思えたよ。そういう意味では、貴方の愚行にも感謝してるよ」



手を振っても、見えるとは思っていない。

彼にもう、目はない。



「ううん……やっぱりまだ私、少し怒ってるみたい。ごめんね?」



返事をするとは思っていない。

彼にもう、口はない。


肥大化し、赤黒く変色した肉塊が、鼓動に合わせて脈打っている。

まるで大きな心臓のようだと、私は思った。




『能力者』の持つ『剣』にはそれぞれ異なる特殊な力、『異能』が伴う。


私の持つ『剣』……それには私に相応しい、醜悪な『異能』が備わっていた。


それは──



「今から、私の力の練習台にさせてもらうけど……安心していいよ。痛覚は切ってあるから」



『肉』だ。

何の肉でも好きに創り、弄り、操る事が出来る能力。


地面を這う、人の指のような形をした『蛆虫』は、私の『異能』が生み出した存在だ。

こいつらには脳は存在せず、五感も存在しない。

ただ、私はそれを無から生み出して、操る事ができる。


……別に、蛆みたいな形でなくても良い。

『眼』を作れば、視界も共有できるし……『歯』を生やせば、噛み付く事だって出来る。


だけど、何も付けないのが一番手軽で簡単だ。

『異能』の行使には体力を使う……量を増やせば、質を高めれば、複雑にすれば……それだけ疲弊する。

それなら、複雑な機能は要らない。



そして、もう一つの『使い方』。

私の創り出した『肉』と接触した『肉』を、私の『異能』の制御下に置く力。

だからこそ、創り出す『肉』は『蛆虫』のような単純機能だけで良い。

触れるだけで人を操れるなら、『爪』も『牙』も武器は必要ない。


和希とコンビニに行った時、この『肉蛆』を、ぶつかる振りをして埋め込んでおいた。

それは、彼の身体に入り込み……先程、その『異能』によって彼の身体を作り替えた。



まだ、彼には脳がある。

心臓もある。

だが、もう五感は存在しない。


私の『異能』によって『肉のオブジェ』に作り替えられたのだ。




まとめると、私の能力の使い方は主に二つ。

肉塊を生み出し、自在に操ること。

人の肉体を操作して、自在に創り変えること。

この二つだ。



さて、この『異能』だが……汎用性が高く、応用が効く。

出来ることは多い。


物理法則を無視した形状変化も出来る。

……自身の身体だって、作り替えられる。


練度によって、正しく万能と呼べる能力になるだろう。


だからこそ、この力を訓練する必要があった。

熟達し、如何なる状況にも対応できるようになる必要が……。



……そう。

だから、検証するための『実験体』が必要だった。



私は『肉蛆』を使って街の中を探り、対象を探していた。


今日の相手は……この、『榊原星斗』だ。



彼は昔、同級生の女の顔に硫酸をかけている。

だが、少年法に守られて実名報道もなく……彼は罪に問われなかった。


硫酸をかけられ顔が焼け爛れた少女は病んでしまい……自殺してしまった。

だが、加害者であるコイツは何食わぬ顔で生きている。

死んで当然のクズだ。



どうして、そこまで詳しいか?


それは、彼もゲームに登場するキャラクターだからだ。

彼に関するエピソードは胸糞悪く、私もよく覚えていた。


だから、探していた。

……今日、偶々出会えたのは運が良かっただけだ。



一年前から。

私は『腐血のサルヴァトーレ』に登場する屑をピックアップし、殺して回っている。


これ以上、被害者を生み出さない為に……?

いや、違う。

建前に過ぎない。



本音としては──



「……さて、と」



必要だから、だ。



『剣』を彼に突き刺す。

ドス黒く濁った、腐ったような臭いのする血が流れた。



頭の中で鮮明なイメージを思い浮かべて、『剣』に意識を集中する。

肉塊となった男は捻れて、形を変える。


大きくなったり、小さくなったり。

太くなったり、細くなったり。

硬くなったり、柔らかくなったり。

捻り、曲がり、伸びて、縮む。



それでも、彼は死なない。

脳や心臓はダメになっていない。

まだ、生きている。



最初の方は、こんなに上手くなかった。

急速に変形させては、内臓に負荷を掛けすぎて殺してしまった。


だけど、今なら……形を作り替える事も容易い。

その気になれば、戻す事だって出来る。



肉塊が地面に根を張り、上に突き上がる。

両腕を横に伸ばして、壁にへばり付く。


男は、醜悪な芸術品へと変わり果てた。



「……うん、もういいや」



『剣』を持ち上げて……横に薙ぐ。

背面のコンクリートもバターのように深く切れ目が入って……その前にある肉塊は真っ二つに割れた。

ドス黒い血が地面に溢れる。



『剣』は人の精神を具現化した形だ。

だから、常に切れ味は何よりも鋭く、刃こぼれなど起こらない。

どれだけ斬っても衰える事はない。

例え、特殊な『異能』がなくとも、非常に強力な『凶器』なのだ。



視線を肉塊に戻す。

切断された肉塊はゼリーのように溶けて、自重に耐え切れず崩れ落ちた。


べちゃり、と音がして地面に溢れた。

泡立ち、溶けていく。


切断した瞬間に、肉体を崩壊させたのだ。


手に持っていた『剣』を消せば……肉で出来た蛆虫は、泡のようになって消えた。

まるで最初から幻だったかのように。


『異能』で生み出した物は解除すれば消滅する。

そして、一般人には見る事すら出来ない。

『肉蛆』は人に見えないし、解除すれば消滅する幻覚のような存在だ。


だけど、『異能』によって作り替えられたモノは残る。

作り替えられた肉体は、現実に存在する現象として残る。



だから、残ったのは『榊原星斗』だった死体だけだ。




私は地面に垂れた『人間だったもの』から目を逸らし、踵を返す。



「……帰ったら、プリン、食べようかな」



屋根の上から見張らせていた『肉蛆』も溶けてなくなる。

そして、私は家にあるグチャグチャになってしまったプリンを思い出して……先程の死体を連想してしまった。



「……やっぱり、大人しく早寝しよっと」



慣れはしない。

人を殺す度に、兄の顔を思い出す。

最近は、和希と希美の顔も。


責めるような幻聴も聞こえる。

自分が何をしているのか、分からなくなる時がある。


だけど、立ち止まる事は出来ない。


力が必要になった時に、経験が足りなかったからと……失態を犯す事は許されない。

この世界はゲームの世界だが、リセットボタンやセーブポイントは存在しない。


たった一度のミスも許されない。

だからこそ……私は『努力』も『犠牲』も惜しまない。



それに。



私が気に病む……という事は、それだけ『異能』の出力が上がるという事だ。

効率のいい、自傷行為リストカットでもあるのだ。



暗闇の街中を、私は歩いていた。

足音が静寂の中で響く。



月は雲に隠れている。

私をもう、照らしてはいなかった。






◇◆◇






照り付ける日光の中……車から降りる。

ネクタイを指で緩めて、コンクリートで革靴を鳴らす。


少し歩けば、黄色と黒の規制テープの前に立つ。

そこに立つ警官に、自身の警察手帳を見せる。


手帳には『神永かみなが 啓二けいじ』という名前と、二十代中盤の眼鏡をかけた男の顔写真が写っていた。



「ご苦労さん」



労いながら、テープをくぐる。

ビルとビルの間……路地裏へと足を踏み入れる。


途端に、異臭。

キッチンの三角コーナーの悪臭を圧縮したような腐臭だ。


スーツの下から灰色のハンカチを取り出し、鼻を覆いながら奥へと向かう。


青いビニールシートが被せられ、中は見えないが……およそ、人間一人分ほどの山が出来ていた。

数人の鑑識が現場検証をしていた。


その中の一人、顔見知りに声を掛ける。



「……被害者ガイシャの様子は?」



振り向いた鑑識の顔は、少し血の気が引いていた。



「どうもこうも……見た方が早いですよ」


「そうか」



手を伸ばして、ビニールシートを少し捲る。


……眉を顰める。

赤黒いブヨブヨの『何か』がいた。

それは溶けてゼリー状になった人間の……死体だ。



「薬物で溶かしても、こうはなりません。まるで、調理器具に入れられて……細胞膜を破壊されたような状態です」



鑑識が眉を顰めた。

俺は握っていたビニールシートを、元の位置に戻した。

腐臭が鼻にツンと来る。


死体が発見されてから、半日程しか経っていない筈だが……どうして、こんな腐ったような臭いがするのか。


鑑識の男が口を開いた。



「……人の死に方じゃありませんよ、これは」



もう見たくない、と言った様子だ。

鑑識という職業柄、死体を見る事は多い筈だが……それでも、こんな惨状では仕方あるまい。


俺は口を開く。



「と言っても、これで4人目だ。良い加減慣れないか?」


「無理ですよ。こんなの普通じゃないですって」



あんまりな言い分に、俺は自分の頬をかいた。

慣れている俺が、普通じゃない……みたいな言い方だな。



「……まぁ、確かにな」


「……すみません。神永さんの事じゃないですよ」



俺が怒っていると勘違いしたのか、謝ってきた鑑識に手を振る。


別に怒っている訳ではない。

図星だったから、気まずかっただけだ。



「いいや、まぁ普通じゃない。この死体は……だからこそ──



自分の顎を撫でる。



「普通じゃない奴が必要なんだ」


「はぁ……?」



理解してない様子の鑑識から目を逸らし、裏口の入り口を見る。

何やら、声が聞こえる。


そこに居たのは未成年の少女……いや、女性か。

まぁ、どっちか割り切りがたい年頃の女だ。


封鎖しているテープをまたごうとして、入り口の警官に止められているようだ。

俺はため息を吐いて、口を開いた。



「何やってんだ、結衣ゆい



目を細めて、阿笠あがさ 結衣ゆいを見る。

長い黒髪をゴムで纏めているが、全体的に癖っ毛だ。

薄手のコートを着ているが、その下はラフな格好をしている。


俺が声を掛けた事に、警官が気を取られ……その隙に結衣はテープを潜り現場に入ってきた。

警官が慌てた様子で静止しようとする。



「ちょ、ちょっと、困りますよ!」



結衣が眉を吊り上げて、俺を睨んだ。



「啓二、コイツらが中に入れてくれない。どうなってるんだ?」



慌ただしい様子に、再度ため息を吐いた。



「悪い、コイツは通してやってくれ」


「え、あ……はい?」


「何かあったら、俺が責任持つから」



無理矢理、結衣を招き入れる。

犯行現場に素人を引き入れたなんて知られたら……普通、叱責程度じゃ済まないだろうが。

生憎、俺もコイツも普通じゃない。


特にコイツは。



「オイ。私を呼んだのは、お前なのに……何故、ああも入るのに手間取るんだ」


「……はぁ、あそこの警官に俺の名前を出せば、穏便に済んでただろ?なんで無理矢理入ろうとしてるんだ」


「時間の無駄だ」


「『急がば回れ』って知ってるか?」


「知っているが、理解は出来ん」



憎まれ口を叩く結衣に辟易しながら、二人、ブルーシートの前に立つ。

鑑識を追い払って、路地裏の奥にいるのは俺と結衣だけにする。


ここから先は、あまり人に見られたくない。

まぁ、見ても何やってるか分からないだろうが。



「こいつか……」



結衣が死体を見下ろして、顔を顰めた。


俺は、周りから人が居なくなった事を確認して、結衣に視線を戻した。



「結衣、頼めるか?」


「当然だ。そのために私を呼んだのだろう?」



結衣が手を上に上げて……目を瞑った。

そして……何かを握るような動作をして、手を下ろした。

パントマイムのような一連の動作だ。


しかし、地面に『いつの間にか』鋭い切り傷が出来ていた。


まるで『見えない大きな刃物』を擦ったような傷だ。



「……あんまり現場を荒らすなよ?」


「分かっている」



そう言うが、多分、きっと……彼女は気を付けようなんて思わないだろうな。


まぁ、そもそもの話だが。

現場検証程度で証拠が見つかるような相手じゃないのだから……別に構わないだろうが。


結衣が真剣な目で青いビニールシート……死体を見ている。

両手で見えない『何か』を握りながら、その手に力を込めている。


俺は結衣に声を掛ける。



「どうだ?」


「……チッ、無理だな。殆ど視えん。時間が経ちすぎている」



結衣が舌打ちをして、ため息を吐いた。



「『こっち』方面でも成果は無しか……」



膝を折って、俺はしゃがみ込む。

流石に堪える……最近、この連続殺人事件に付きっきりだ。


世間では、警察の職務怠慢だと何だのでバッシングの嵐が巻き起こっている。

上からも下からも突かれて、俺は疲労困憊って訳だ。


そんな様子の俺を、結衣は見下ろし……いや、見下みくだした。



「『能力』の傾向が掴めない。ここにある弄られた死体から、タンパク質を操作するタイプの『能力』か……物質を溶かす『能力』だと思うが。確証はないな」



結衣が眉を顰めて、言葉を繋げる。



「まぁ、犯人の持つ『能力』が分からない内は深追いするべきではない。手詰まりだ」



そして、ため息を吐いた。

結衣は呆れた表情で、黙っている俺に話しかけてくる。



「啓二、犯人のプロファイリングは進んでるのか?」


「……被害者は社会的に一癖も二癖もある、所謂『悪人』『半グレ』『不良』どもだ。前科のある奴だっていたな」


「なるほど、正義感による私刑リンチ──



そう、犯人は恐らく正義感が暴走した人間だ。

悪人に対する怒りから、遺体を溶かして──



「いや、違うか」



しかし、結衣が続けて呟いたのは否定の言葉だ。



「違うのか?」


「……さっき、少し視えた。こいつらは拷問目的で弄られた訳じゃない……何か、弄った後に殺されている。死体を見ろ」



俺は立ち上がり、遺体の前に立つ、

ブルーシートを剥がせば……溶かされた後に、切断されたであろう跡が見えた、

切断面も溶けている。


……切断、つまり殺害と同時に溶解したのか?

用済みの死体を、ゴミ箱に捨てるかのような感覚で……?



「これは……遊んでいるのか、試しているのか?」


「急に『力』を与えられた人間は、己の力量を試す為に……使い方を学ぶために辻斬りする事もあるだろう?」



言われてみれば、確かに……と納得する。

だがしかし、普通の精神状況ならば、そんな事はしない筈だろうが。


犯人は『異常』って事だ。



「悪人を殺したがっている訳じゃない……逆だ。力を試すために、殺せる相手を探しているだけだ」


「……俺達の想定していた目的と手段は、逆って事か」



殺害された被害者が、加害者として傷付けた誰か……被害者の被害者を調べていたが無駄足かも知れない。


無差別殺人事件……かつ、凶器は不可視で、立証も不可能か。

深く息を吐いた。



「……全く、厄介だ」


「都内に監視カメラをバラ撒けないのか?」


「残念ながら反対派が多い……らしいし、俺の管轄じゃない」


「クソだな」



結衣が吐き捨てるように言い、俺は眉を顰めた。

そんな俺の姿に結衣が訝しみながら、口を開いた。



「啓二、何か文句でもあるのか?」


「いや……言葉遣いが荒いな、と」


「で?文句があるのか?」


「あぁ、保護者として俺には責任が──



瞬間、結衣が顔を顰めた。



「二度とそんな事を言うな。不快だ」


「……でも、事実だろ?」


「フン」



結衣が鼻を鳴らした。

じゃじゃ馬な結衣にため息を吐きつつ、踵を返す。



「……啓二、もう良いのか?」


「これ以上、見ても仕方ないだろ……それこそ、目撃者でも出てこない限りは無駄だ」


「……まぁ、そうだな」



結衣が頷いた。



「科学的な根拠とかは鑑識が見つけるだろうが……どうせ、現代科学じゃたどり着かないだろうな」


「……情報が足りないなら仕方ないか。次に期待だな」



結衣の発言に眉を顰めて、俺は振り返る。



「あまり、そういう物言いは良くないぞ。まるで死人が出る事を望んでいるみたいだ」


「……そうだな、気を付けよう」



俺の叱責に、結衣は眉を顰めて……神妙そうな顔で頷いた。

現場の入り口で待機していた鑑識達を戻して、そのまま路地裏から出る。



「啓二、昼食は食ったか?」



突然、そう聞かれた。



「ん?あぁ……いや?まだだが」


「奢れ。それで今回の報酬代わりにしてやる」



俺は車のドアに手をかけて、ため息を吐く。


捜査に協力してもらったのは事実だ。

何かしら見返りは返すつもりだったが……今からか。


結衣が頬を緩めた。



「私は肉が食べたい……ステーキが良いな。ファミリーレストランではない、ステーキ屋のステーキだ」


「結衣……俺は給料、そんなに多く貰ってないんだぞ?」


「知るか」



結衣が回り込んで、助手席に座った。

俺も運転席に座って、キーを刺す。


エンジンをかけながら、結衣に視線をズラす。



「というか……さっきの光景を見て、よく肉を食おうと思えるな」



そう言うと、結衣が表情を歪めた。



「別に何とも思わない……啓二もそうだろう?」


「……まぁ、そうだが」



俺達は普通じゃない。

この世界の非常識、理外の力に対する知識を持っている。


『異能』。


それは社会に知られてはならない力。

結衣は、その『異能』の力を持っている。

俺はただ……知識として知っているだけで、そんな力は持っていないが。


彼女の兄もそうだった。

俺の友人で……まぁ、今はもう亡くなっているが。

数年前に、不可思議な方法で殺された。

『異能』による殺人事件だ……犯人はまだ、捕まっていない。



だから、友人である俺が彼女を引き取った。

彼女は……兄の死によって『異能』に覚醒したらしい。


そして今もまだ、兄の存在を引き摺っている……兄を殺した犯人を探しているのだ。



俺は『異能』関連の事件を調査したい。

結衣は『異能』関連の情報が欲しい。


協力……いや、互いに『利用』し合っている。



結衣が肘を、ドアの縁に乗せた。



窓の外を見る顔は……睨み付けるような顔だ。

昔はよく笑っていたらしいが、兄の死後……随分と気難しくなってしまったらしい。



俺はアクセルを踏んだ。


彼女には……大人しく、普通の女の子として生きて欲しいが。


無理だろうな。


兄を殺した犯人を捕まえたい……と言ってるのは、きっと建前だ。

本当は殺したくて、殺したくて、堪らないのだろう。



俺のやっている事は……彼女の為にはならない。

だがしかし、事件の調査に彼女の手助けは必要だ。



また、ため息を吐いた。



「何をやっているんだろうな、俺は」


「……何か言ったか?」


「何も」



後ろめたい感情を抱えながら、俺は車を走らせた。

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