無表情な私と無愛想な君とが繰り返すとある一日の記録

四十九院紙縞

(1)――今日は、というか、今日も、だ。

 酷く嫌な夢をみた気がして、私は目を覚ました。

 心臓はまだ早鐘を打っていて息が上がっているし、十月の朝とは思えないほど滝のような汗をかいている。

 それなのに、夢の内容は微塵にも覚えていなかった。

 怖かった。

 その感情だけが色濃く残っていて、余計に後味が悪い。

「ひさぎー? いい加減に起きないと遅刻するよー?」

 階下から、私を呼ぶ母の声がした。

 この呼びかけで起きなければ、部屋に母が突入してくる。別に、部屋に見られて困るようなものは置いていないが、私はその声に反応し、いそいそと身支度を始めた。

 高校の制服に着替えて、階下のリビングに行く。

 父は既に出勤済で、母も出勤前の身支度を整えていた。ダイニングテーブルには、今ほど作られたのであろう、私のぶんの朝食が置かれている。今日は、トーストとサラダとヨーグルト。それとココアがある。今日は、というか、今日も、だ。二日連続で同じメニューとは、珍しい。

「おはよう」

「おはよう。お母さんもうすぐ出るから、戸締まりよろしくね」

「うん」

 席についてサラダから食べ始めつつ、母といつも通りのやり取りをする。

 両親は共働きで、私が小学校高学年になる頃には、両親のほうが先に家を出るようになっていた。寂しいとかいう感情は中学生の頃に散々拗らせ、置いてきた。これが狐井きつい家の普通で当たり前。無感情にそう捉えて日々を過ごすほうが賢明なのだ。

「いってきまーす」

「いってらっしゃーい」

 私の視線は点けっぱなしのテレビに向けつつ、横目で母を見送る。毎朝のことながら、慌ただしいものだ。

 テレビはちょうどニュースをやっている時間帯で、全国規模の大きな事件や、地方の悲惨な事故を報道していた。毎日毎日、どこかで見覚えのあるような、似たりよったりの事件ばかり起きているものだと、小さく嘆息する。

 朝食を終え、食器を洗い終わった頃、テレビではなにやらこの辺りに関するニュースを報道していたらしいが、残念ながら観ることは叶わなかった。有名人が来たなんて話は聞いてないし、事故か事件だろうが、全国ネットで報道されるほどのことなんて起きていただろうか。

 数秒ほど首を傾げて記憶を辿り、すぐに今はそんな場合じゃないと、思考を切り替える。

 学校に行かなければ。

 好きでもない学校に、行かなければ。

「いってきます」

 誰も居ない家に向かって出発の挨拶をし、私も家を出る。言われた通り、しっかり戸締まりをして。

 私は昔から、学校が好きじゃない。はっきり言って、嫌いだ。

 しかし私には学校に行かないという決断をする勇気はなく、こうして嫌々ながらに学校に通う日々である。

 別に、いじめられているわけではない。

 単に、浮いている上に孤立しているだけだ。

 理由はわかっている。

 私は感情が表に出ない、所謂無表情な人間なのだ。それ故、これまでの学校生活では散々「冷たい」だの「失礼」だの言われてきた。

 どうにも子どもの頃から、人の笑い声というものが苦手だった。みんながみんな一様に大きな声で、耳が痛くなる音を発することが信じられなかった。だから私は、誰かが笑う度に嫌な顔を浮かべ、それを強めに窘められた。笑い声が嫌いでも、嫌悪感を表情に出してはならない。そうやって我慢しているうち、周囲に合わせて微笑みを浮かべることさえできなくなり、今に至る。なにがあっても無表情な狐井ひさぎのできあがりだ。

「ねえ、さっきの狐井さんの態度見た? マジありえんし」

「先生も気を利かせてるってわかんないのかね」

「あれで表情ひとつ変わんないとか、もう機械なんじゃね?」

 だから、私を揶揄する声がどこからか聞こえてくるのは、日常茶飯事だった。

 当たり前に悪口を言われて。

 当たり前にそれを我慢して。

 歯の奥が、きりきりと痛む。

 私が欠陥品であることは、誰より私が一番理解している。

 だから、放っておいて欲しい。

 そんなことを考えながら授業を受け、それが終わったら即帰宅。

 それが、私の当たり前の日常だった。

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