虐げられ王女の入れ替わり〜愛する神官長を守るため勇者の妻と入れ替わったら、幸せな暮らしが私を待っていました〜
石河 翠
第1章
第1話 王女は家族に嫌われている。
「そなたの娘だというのに、猿のような顔をしておるな。興ざめだ」
「この子はどうして醜いのかしら。兄王子や姉王女たちはみんなわたくしそっくりに美しく生まれてきたのに。これがわたくしの子どもだなんて信じられないわ」
「お前のせいで、みんなが迷惑するんだ。お前なんか、妹じゃない!」
この世界に生を受けたマルグリットは、生まれてすぐに家族に見捨てられた。ごくごく平凡な容姿を持って生まれてきた。ただそれだけの理由で。
***
四人の女神によって創られた世界。
女神たちは自身の加護を与えた四つの大国を世界の守り手と定めた。それが、水の国、火の国、風の国、土の国の始まりである。そしてマルグリットは、水の国の末の王女として生まれた。
水の国の国王には三人の妃がいる。美貌で国王を癒す麗妃に、知力で国王を支える賢妃、そして踊りと歌で国王を和ませる楽妃。彼女たちは多くの王子、王女を産んでいたが、誰もが母親譲りの才能を持っていた。王子や王女たちは家臣に下ったり、臣下に嫁いだりすることで国を支えている。
だからこそ、マルグリットもまた生まれる前から期待されていた。麗妃の娘ならば、さぞや美しい子どもが生まれるに違いない。そう彼らは、欠片も疑っていなかったのだ。なにせ今まで生まれてきた子どもたちは、確かに光輝く宝石のような姿をしていたので。
しかし産声を上げたマルグリットの世話を、麗妃は拒否した。水の国の王族は、母親が生まれてすぐの我が子に乳を与えるのが通例だというのにだ。
子どもが生まれたにもかかわらず、何日も国王への知らせがなかったことで、国王自身も違和感に気づいていたようだ。今までは生れ落ちると同時に、人形のように美しい赤子を見せられていたのだから。
「そなたの娘だというのに、猿のような顔をしておるな。興ざめだ」
不意打ちのような形で麗妃のもとを訪れると、娘を見たとは思えない言葉を残してあっという間に立ち去ってしまった。国王にとっては、人並み以上に見目麗しい者が「普通」なのである。ごくごく平凡なマルグリットなど、醜く利用価値もない娘でしかなかったのだ。
この状態に危機感を抱いたのが、マルグリットの母である麗妃と同腹の兄姉たちである。赤子の顔はすぐに変わるもの。もうしばらくすれば、麗妃の血筋らしい顔になるだろう。そう淡い期待を抱いていたものの、とりたててぱっとしない顔立ちに彼らは苛立つばかり。
「この子はどうして醜いのかしら。兄王子や姉姫たちはみんなわたくしそっくりに美しく生まれてきたのに。これがわたくしの子どもだなんて信じられないわ」
王からの関心を失うことは、妃としての立場や王宮内の力を危うくすることに繋がりかねない。そのため正妃である母親や同腹の兄弟たちは、平凡な容姿の妹王女のことを自分たちの立場を危うくするものとして憎むようになった。
「お前のせいで、みんなが迷惑するんだ。お前なんか、妹じゃない!」
それならば、賢妃と楽妃、異母兄弟たちはどうか。彼らがマルグリットの味方になってくれるだろうか。答えはもちろん否である。王族の世界はは弱肉強食、立場の弱い王女などちょうどいい玩具でしかなかった。
***
自分に与えられた朽ちかけた離宮から、マルグリットは滅多に出てこない。それは外に出れば酷い目に遭うことがわかっているからだ。それでも、時折、避けられない用事で王宮へ立ち入らなければならないことがある。どんなに爪弾きにあっていても、王族の娘として義務は果たさねばならない。
用事が終われば急いで離宮に戻るようにしている。しかし末王女として生まれたマルグリットは幼く、他の兄姉たちから逃げ切るのは難しい。今日もまた離宮への帰り道に、水魔法を散々に浴びせられてしまっていた。
唇を真っ青にして震わせながら、しゃがみこんだマルグリットはじっと下を向く。幼いながらに、何もしないことこそが最善だと学んでいる。
「うふふふ、ごめんなさい。水魔法で遊んでいたら、うっかりマルグリットにかかっちゃったの。ほらマルグリットって地味で、いるのかいないのかよくわからないでしょう。だから気が付かなかったの。わざとじゃないのよ?」
「本当にマルグリットったら。いるならいるで声をかければいいじゃない。そうだ、せっかくだから一緒に遊ばない? マルグリットだって水の国の王族だもの。水魔法は使えて当然よね? みんなマルグリットの年齢のときには、簡単な魔法は発動させていたのだから」
ころころと鈴を転がすような声で、マルグリットは笑われる。涙を目に一杯浮かべて、マルグリットは必死に耐えた。ここで泣き声を出せば、泣き声が醜いと笑われ、追いかけまわされる。そして最後はこの騒動の責任を取らされ、麗妃にぶたれることになるだろう。泣き声ひとつ漏らさない子どもに興をそがれたのか、異母姉たちはびしょぬれのマルグリットを放置して行ってしまった。
いつまた別の兄姉がやってくるかわからない。慌てて立ち上がるマルグリットのもとに、乳母が駆け寄ってきた。どうやら、マルグリットの帰りが遅いため探しにきたらしい。
本来離宮への行き帰りは女官が伴うことになっていたが、もちろん女官どころか、侍女や下女もいない。うつむいたままのマルグリットに自分の上着をかけると、乳母はそっと小さな背中に手を当てた。
「マルグリットさま、ここにいてはお風邪を召されます。さあ、離宮に戻りましょう」
「うん」
「マルグリットさま、お返事は『はい』でございますよ。残念なことですが、貴族の世界は話し方ひとつ、紅茶のカップの上げ下げひとつで笑いものになります。王族となれば、さらに厳しい世界でしょう。それはおわかりになりますね」
「う……はい」
「よろしゅうございます。少しでもマルグリットさまが穏やかに暮らしていくことができるように協力いたしますので。……魔法を教えることができない不甲斐ない乳母で申し訳ございません」
「ううん、いいの。ねえ、早く帰ろう……帰りましょう?」
小さくこくりとうなずいたマルグリットを、年かさの乳母が抱きしめた。本来ならば王族相手にはふさわしくない行為。けれど家族から見捨てられていたマルグリットにとって優しい乳母は、実の母のように温かい存在だった。
今は没落してしまったとはいえ、かつては高位貴族の令嬢だった乳母。彼女のおかげでマルグリットは教育係どころか満足に侍女もいない中でも、王族として何とか最低限の振舞いを身に着けていったのである。
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