帰ってきた魔王と異世界押し掛け女房、追放ぶらり旅

udg

1:アオイちゃんは目が覚めた


 強くありたい。

 強くなれけば、俺はこの星に呑まれて終わる。


 だから俺は戦った。

 ただひたすらに、頂を目指して戦い続けた。


 そして俺は知った。

 ここで戦うだけの自分は、いつまでも王子のままで、創造主を超えることはできないのだと。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





「邪悪な魔王の神殿を破壊せよ!」

「塔を倒すのだ。魔法隊、一斉攻撃!!」


 その日、ニイダ海の沿岸に位置するザワート大公国は、タチマ王国を中心とする五ヶ国連合軍に攻め込まれていた。

 一年前の戦いでザワート大公はタチマ王国の捕虜となり、左右大臣や大将軍らは住民を護りながら交渉を続けていたが、王国側は協議を無視して大公国の王宮に大軍を送り込んだ。

 指揮を執るのはセンゴク王国の太子。五ヶ国連合の中で、大公国を滅ぼすべきと主張する一派のリーダーであった。


「よし、ヒビが入った! もう一撃!」


 太子が率いる連合軍は王宮の門を破壊して雪崩れこむと、他の宮殿には目もくれず、北の大きな庭園の奥、池畔にポツンとたたずむ建造物を攻撃し始めた。

 中央に高い塔の建つそれは、幾重にも防御魔法と結界に覆われており、宮殿以上に強固な造りである。

 連合軍はその塔に向かって魔法攻撃を繰り返す。

 百人の魔法使いによる斉射で、徐々に結界は削られ、衝撃で塔の石壁にヒビが入り始める。

 しかし、まだ崩れる様子はない。

 轟音が響くこと一時間、大公国の兵は現れず、塔の周囲は炎に包まれている。


「しぶとい…」

「は、早くしなければ魔王が!」


 その時だった。


「な、なんだ!? この光は!?」

「お、おい、これ……」


 塔の最上階が突然激しく光り出す。

 一瞬で辺りは白一色に包まれ、そして――――――。


 後には静寂が残された。

 塔の周囲を包んでいた炎と煙は消え、そして。

 大きな池は干上がり、地面は大きく抉れ、そこにいたはずの連合軍の姿もかき消えていた。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





「いらっしゃいませー」

「来たよー」

「……店員に話しかけるな」

「アオイはそんな態度でいいのかな? いいのかな? クレーマーしちゃうよ?」

「…いらっしゃいませー」

「あ、目そらした」


 昼下がり、客のいないコンビニで商品を補充していると、聞き慣れた声に邪魔された。

 そこにいたのは白いシャツに白カーディガン、デニムのスカート、いかにも学生ですという見た目の女。というか、見た目通りの大学生だ。

 どういうわけか、保育園から大学まで一緒の腐れ縁。

 凄腕スナイパーの俺の背後を取る、恐ろしい女であった。


「また妄想してる? 今度はどんなヒーロー?」

「うるせぇ。お前を簀巻きにして川に放り込むヒーローだ」

「またまたぁ、照れちゃって可愛い」

「可愛くない」


 凄腕でもスナイパーでもなかったのは置いといて。

 当人いわく「普通」の服装だけど、実は世界有数の資産家の御令嬢。もちろん、普通を装っても隠しようのない美少女…今は美女。

 学費を払うためにバイトする貧乏学生とは何の接点もなさそうなのに、今も毎日仕事の邪魔をする。

 別につき合ってるわけでもないのに。


「もう…アオイったら、いろいろ大きくなっちゃって」

「身長が、だろ。頼むから店内で紛らわしいこと言うな」

「また夕方までおねんねするの? 寝る子は育っちゃうよ?」

「そうだよ、俺は疲れてんだよ!」

「ボクと一緒にしたい? くんずほぐれつ?」

「するか!」


 だから背後を取るなっての。…………当たってるし。

 金持ちの美少女ってだけでもオーバースペックだったのに、高校生になってからどことは言わないが急成長。「普通」のシャツなのに胸元が危うい。

 少しは距離感に気をつけろよ。


「じゃあ…………教室で?」

「ああ、またな」

「うん」

「ありがごうございましたー」


 そうして、いつも多少は売上に貢献してくれる彼女が、手を振って去って行く。

 まぁ…、おかげで女性には免疫がついた気がする。あれに慣れたら「普通」なんてどうでも良くなってしまうからな。





 腐れ縁が店を去り、俺は部屋に帰って一眠りして夕方の講義へ。

 何が満たされたわけでもない、ルーティンワークの一コマ。

 鬱陶しいが嫌でもない日常だった。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





「何!? 解放軍が行方不明だと!?」

「は、はい! 物見の報告によれば、例の王宮の辺りが真っ白になり、そのまま全軍が消えてしまったとのことで…」

「で、殿下はいかがした!?」

「その……、わ、分かりません」

「まさか…」


 ザワート大公国の都アオハの郊外、五ヶ国連合軍の司令部には、予想外の報告がもたらされた。


「邪悪な者を目覚めさせたか」

「我らの出番じゃな」

「うむ」


 連合軍のトップであるセンゴク王国の太子は、皆が止めたにも関わらず前線に出てしまったので、司令部ではタチマ王国の将軍が指揮を執っていた。

 しかし、仮ごしらえの天幕の中で我が物顔にふるまっているのは、将軍ではなくガラの悪そうな三人である。

 リーダー格は鎧兜で武装、片刃の刀を腰に下げた男。

 その隣、胸の辺りまで延びたヒゲよりも金色のローブが目立つ男は、重々しく言葉を発した。

 反対側、なぜか水着姿の女は、ただ頷いただけだった。


「も、申し訳ありません三武神様。我らにお力を…」

「所詮はただの人間。我ら選ばれし者には及ぶまいて」


 彼らは、何度も何度も同じ言葉を繰り返して、そうして司令部の天幕を離れた。



 女神に選ばれし者。

 女神は魔王を倒せと託宣し、特別な力を与えた。

 女神はその者たちを魔人と呼び、彼らの偉業を妨げぬよう、あらゆる国の王に命じたのだった。






※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※






「ん……」

「お、お目覚めでございますか陛下! 我らが主様!!」


 何?

 樹里(じゅり)…じゃないな。



 俺はアオイ。大学生だ。

 金がないので毎日コンビニでアルバイト。疲れて部屋に戻り、夕方の授業前に三十分ほど仮眠をとった…はず。

 しかし、耳元に知らない声。いつもの不法侵入者? 鍵掛けるの忘れてたっけ? 主様って聞こえたような気がするが、まだ夢の途中だったか?

 どんな夢だったのかまるで覚えてないけど。


 ゆっくりとまぶたを動かすと、まぶしい光とともに謎の生物が目に飛び込んでくる。

 いや、謎……なんだろうか。


「おお主様よ、我が至上の君! 何とお美しい!」

「我らが女神様!」

「何を! 女神など主様に不敬であろう!」


 …………。

 見たことのない天井。

 そしてどういうわけか、俺は地べたに寝ていたらしい。

 そんな自分を、伏し拝みながら見下ろす奴が三人。

 男…じゃない。詰め襟の黒い上下を着た…、コスプレ?


 違うだろうな。


 上質な布地。装飾品も安物じゃない。こいつらは本物だ。

 男装しているが全員女。どういう集団なんだ? まさか歌劇団とか?

 というか、主も意味不明だが女神って何? まさか俺のことじゃないよな?


「と、とりあえず……、お前ら何者だ? あと、うるさい!」

「も、申し訳ありません我らが主様!!」


 はっきりしているのは、ここが寝ていた部屋ではないというだけ。目に見える景色が、俺の知らないものばかりだ。

 ただ――――、自分はそれほど驚いていないような気がする。


 状況が分からないまま寝転がるほど俺もバカじゃないので、とりあえず起き上がってみる。

 んー…。

 どうやら身体に問題はないよう……だ?


「おお、何というお美しいお姿!」

「ああ?」


 問題は……、なんか目線が低い?

 身体のあちこちにも違和感が?

 え?

 胸の辺りに違和感。


「おい、誰だか知らないが、ここに鏡はあるか?」

「はは、こ、こちらをどうぞ」


 奇妙なほどに甲高い声が出た。


 マジで誰なのか分からないのに、乱暴な言葉遣いになってしまったのは、主様主様と鬱陶しかったせいだろう。

 すると、一番近くにいた男装女が鏡を持って来る。

 というか、三人とも立ち上がったらけっこう背が高いな。


「な、な、なんじゃこりゃあああああ!?」


 で。

 とりあえず叫んだ。

 叫ぶだろ!



 鏡には素っ裸の超絶美女が映っている。

 その顔立ちには何となく見覚えもあるが、記憶より少し小柄でメリハリのある身体に、巨大メロンが二つ。

 そして!


「何でこいつもあるんだよ!!」

「な、何と雄々しいお姿!!」


 股間に聖剣が生えているっ!!

 何これ? 俺もコスプレ!? いや、股間にぶっといの生やして何のコスプレだよ。

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