夏樹くんの秘密 3



 夏樹くんはその後、いろんな話をしてくれた。

 冬夜くんがゲームが得意なこと。冬夜くんが番長になった時のこと。たまに冬夜くんに喧嘩を売る人がいて、夏樹くんが狙われたこと。冬夜くんがことごとくやっつけて、助けに来てくれたこと。今日の給食の話。授業の話。先生の話。面白かった話。

 たまに別の子がやって来て、会話に加わったりした。夏樹くんの周りがそうなのか、それとも今どきの小学生はこうなのか。ほとんど知らない人にも、いろんな話をしてくれる。私が悪い人だったらどうするんだろ、と思うぐらい個人情報を話してくれるから、私はちょっと苦笑いを浮かべたりした。

 気づいたら時刻はそろそろ六時。小学校の門限が近づいてくる。


「そんじゃ、帰るかー」


 夏樹くんの言葉に、皆がいっせいに片づけ始めた。

 すごいなあ。夏樹くんは、この子たちのリーダーなんだ。

 夏樹くんが皆を守って、この子たちは自分の意思で夏樹くんの言うことに従っている。そこに恐怖や強制力はない。

 なんとなく、冬夜くんを思い出す。話を聞いたところ、冬夜くんも誰かに強制させることなく、皆をまとめているようだった。

 一人ずつ家まで送り届けて、ついに私と夏樹くんだけになる。


「夏樹くんも、皆に頼られているんだね」


 私の言葉に、夏樹くんがへへ、と笑った。


「俺、冬夜にーちゃんみたいになりたいんだ!」

「冬夜くん? 番長になりたいってこと?」

「んー、それもあるけど。色んな人に頼られたい」


 夏樹くんは大きく腕を振りながら歩く。


「俺もにーちゃんみたいに、父ちゃんにも母ちゃんにも、同級生にも、近所のおっちゃんやおばちゃんにも、先生にも――色んな人に頼られたいんだ」


 ……その言葉に、私は胸が詰まった。

 両親の代わりとして夏樹くんを守り、番長として暴れる生徒を抑え、先生に生徒たちの学習環境の進言をして。

 色んな人たちから頼りにされている冬夜くんを、誰が守ってあげるんだろう?

 だけど、それをキラキラした目で語る夏樹くんの姿を見ると、そういうことを言うのは水を差すようにも思えた。

 夏樹くんにとって、冬夜くんはヒーローなのだ。


「……もう十分、頼られていると思うよ」


 私がそう言うと、「まだまだだよ」と夏樹くんは言う。


「あかりねーちゃんも頼ってくれていいんだぜ?」

「もう十分、頼らせてもらったよ?」


 さっきの暗い昔話を聞いてくれた。十分甘えてしまっている。

 そう言うと、「全然そんなの大したことじゃねーよ!」と夏樹くんは言った。


「例えばさ、もし、あかりねーちゃんの母ちゃんが目の前にいたら――俺が思っていること全部言ってやる。守ってやる」


 私は、目を見開いた。

 夏樹くんは、私の指の先に、ほんの少し触れて握った。

 それは強引なものではなく、けれど力強いものだった。

 夏樹くんは私を見なかった。

 その視線は、どこにいるのかわからない私の母に向けられているのだろうか。睨むような、挑むような目に、私は泣きたくなった。


「……ありがとう」


 私の受けた痛みに、怒ってくれる。私の全面的な味方だと言ってくれる。私のために戦ってくれる。

 私より年下で、私より弱い存在が、こんなにも力強く「守る」と言ってくれる。

 ――私だけに差し出される、特別な何かを、もらった気がした。

 きっと夏樹くんは、他の子に対しても同じことをするだろう。だけどこの形は、私だけに作られたものなのだと、痛いぐらいにわかる。

 冬夜くんと夏樹くんを守りたい。

 誰にも守られない彼と、「私を守る」と言ってくれたこの子の日常を守りたい。

 




 

 あの時はそう思っていたのに。

 どうして、あんなことを言ってしまったんだろう?

 

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