夏樹くんの秘密 1
学校が終わって帰る時、あの公園の前を通ると、楽しそうな声が聞こえた。
覗いて見ると、夏樹くんと、夏樹くんと同じ年の子……いや、明らかに夏樹くんより年齢が低い子が数人いた。
キャッキャという歓声とともに、ボールが飛んでいる。コートがないからドッジボールではなさそうだ。夏樹くんと初めて会った時に咲いていた藤棚の藤はとうに散っていて、その下では真面目な顔で鉛筆を握っている子がいる。その周りには、ランドセルがあちこちに投げ捨てられていた。
「あ、あかりねーちゃん!」
夏樹くんが私に気付き、ブンブンと手を大きく振った。私も小さく手を振る。
夏樹くんが私のところまで走って来てくれた。すると、他の子たちも同じようにやって来る。
ボール遊びをしていた子だけじゃなく、藤棚の下で鉛筆を握っていた子も、ノートを抱えてやってきた。
「そっちの子たちは、夏樹くんの友だち?」
「うん。友だち」
夏樹くんがそう言うと、他の子たちが「こんにちはー!」とあいさつをする。
すごい。皆しっかりしてる。
「皆で遊んでいたの?」
「遊んでたっていうか」
コソ、と夏樹くんが私に耳打ちした。
「皆、妖怪に狙われやすい子たちなんだ。だから出来るかぎり、皆で集まってやり過ごしてるんだ」
その言葉に、私は驚いた。
ボールが放物線を描いて空へ投げられる。それをキャッチした子が、「いーちにー、さん!」と言って、三歩歩いて投げた。
藤棚の机で作業している子たちは、宿題をしたり、ゲームをしたり、お絵描きをしたりしている。
その中で、夏樹くんと私は、皆とは少し距離を置いて話していた。
「皆はっきりと妖怪が視えるわけじゃねーんだ。ただ、何かに視られているとか、黒いモヤが視えるとか、体調が悪くなるとか、そういうものが感じ取れるみたいで。で、皆、俺のそばにいたらそういうのが近寄ってこないって言うんだ」
「言うって、夏樹くんは視てないの?」
「うん。なんか視られてるなー、って気配は感じるけど、振り向いたらいなくなってる」
前仲良くなった妖怪が言ってたんだけど、と夏樹くんは続ける。
「俺、良い妖怪には懐かれて、悪い妖怪には逃げられるみたいなんだ。俺自身は怖い思いしたこと、殆ど無いし……」
「そうなの?」
意外な回答に、私は驚く。
だって冬夜くんの対応的に、もっと妖怪の事件に巻き込まれていると思っていた。
……あ、でも確か、『命に関わることはほとんどない』って言っていたっけ。
そう言えば私、冬夜くんから伝聞形で聞いていて、夏樹くん自身から話を聞くこと、ほとんど無かったかもしれない。
「夏樹くんは、今まで妖怪と会っていたら、どうやってやり過ごしていたの?」
「俺?」
んー、と唇を尖らせて、夏樹くんは考える。
「まずあっちから声を掛けられるだろ。で、名前聞いて、話を聞くだろ。大体何かしてほしい、って頼まれるから、自分にできることなら叶えてやるだろ。そんだけ」
「それだけ」
「うん。あ、仲良くなって、何度か家に案内してもらったことがあったりはした」
けど、と夏樹くんは続ける。
「時間の流れが違って、家に帰ったら夜になってたり、日付が変わったりしてたんだよな。そんでにーちゃんにめっちゃ心配かけちゃって。その事を伝えて、『家にはもう遊びに行けない』って言ったら、もうその妖怪とは、会えなくなっちゃった」
そう言って、夏樹くんはさみしそうな顔をした。
……多分、その妖怪は、悪意があって招いたわけじゃないだろう。寂しくて、構って欲しくて、夏樹くんを異界へ招いた。
『寂しい』という感情は悪ではないけど、他者で埋め合わせようとすると、どぶどぶと相手を引きずり込んでしまう。特に妖怪の『寂しい』は、人間の比じゃない。今埋め合わせているものが、すぐに消えてしまうことを知っている。それをなんとか引き留めようとして、神隠しをしてしまう神や妖怪は多い。
それを理解したから、その妖怪は会う事を辞めたんだろうな。
夏樹くんには、人間にも妖怪にも友だちがいる。だけど、ちゃんと適切な距離をとっている。
助けられることは助けて、出来ないことは「出来ない」とちゃんと言う。そう言う子は、妖怪の寂しさに引き込まれることはない。
初めて会った時から思っていたけど、夏樹くんからは、「人とちがう」ことから生まれる孤独感を感じない。
「夏樹くんはさ。妖怪が視えて、誰かに嫌われたりしなかった?」
私の質問に、夏樹くんはきょとんとした。
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