第13話 あかり、お昼ごはんを食べる
少し早いけれど、本格的な時間になったら混むだろうと思って、お昼ご飯にすることにした。
「午前中はゲームセンターだけで終わってしまったな」
冬夜くんがしみじみ言った。
テーマパークって、こんなに時間とるものなんだな。もし閉園時間まで間に合わなかったら、私だけでも明日調査しよう。
それより、今はお昼ご飯だ。私はワクワクしながら、包みを広げる。
買ったのは、園内のショップで買ったハンバーガーだ。
「……楽しそうに食べるな」
冬夜くんが笑って言う。
そんなに顔に出ていただろうか、私。
「『妖怪食堂』の食事の方が、ずっとおいしいんじゃないか?」
何気ない問いが、なぜか私の心につっかえた。
「……『妖怪食堂』のごはんは確かにおいしいけど、でも、これもおいしいよ?」
ここのハンバーガーは、野菜が沢山入っているけど、私はチェーン店で食べる、パンと肉とトマトを挟んだハンバーガーが大好きだった。
――母はいつも、『ハンバーガーでいい?』と申し訳なさそうに聞いた。私は、喜んでうなずく。
どうして母が、あれだけ申し訳なさそうにしているのか、当時の私にはわからなかった。
「ごはんに対して『手抜き』と批判する人が、この世にいるみたいだけど、それは『工程がシンプル』であって、貶されていいものではないと思うの。
お寿司だって握って刺身を乗せるけど、『手抜き』なんて言えないでしょ?」
唐突に話し始めた私の言葉を、じっと冬夜くんは聞いていた。
「その時、食べられるものがなんなのか、材料や予算は勿論、食べる相手の体調だってある。どれだけ手が込んでいても、風邪ひいてる子に、フルコースを食べさせるわけにはいかないじゃない」
……私は、どうしてこんなことを冬夜くんに話しているんだろう。
冬夜くんは一言も『手抜き』だとは言っていないのに、私はそう受け止めてしまった。
冬夜くんは何も返さなかった。でも、無視もせず聞いていた。その目は、口にしない私の望みを見透かしているようで、それがなんだか居心地悪かった。
「ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくるね」
じわり、と何かが混み上がってきそうで、私は慌てて席を立った。
トイレの手洗い場で手を洗い、私は一呼吸つく。
鏡には、私を睨みつける私が映っていた。
混み上がったのは、涙じゃない。怒りだ。
昔のことを思い出すことはあった。でも、前は怒りなんて混み上がらなかったのに、どうして。
誰に対して怒っているのか、私自身にもわからなかった。
「せっかく楽しいと思えたのに」
私のひとりごとは、流水の音とともに消えていった。
落ち着いてから、私は冬夜くんの元へ戻る。
席に戻ると、冬夜くんは座っていなくて、テラス席に接した通路にいた。男の子と、何か話している。
その後、近くのアイスクリーム屋さんに行って、男の子に渡していた。すると男の子は、頭をぺこり、と下げて、そのまま去っていった。
……あの男の子。
男の子を見送っていた冬夜くんが、「落とさないようになー」と声をかけた。
「……冬夜くん。さっきの子」
「ああ、小野か。小野もアイスクリーム注文するか?」
「さっきの子、幽霊だよ」
私の言葉に、「えっ」と冬夜くんがかたまる。
今の冬夜くんは、眼鏡を外していた。……それなのに、あの子が視えていた。
「……マジで?」
「マジで。え、冬夜くん、あの子におごった?」
「いや、お金は持っていた。背が低くて、なかなか店員さんに気づいてもらえなかったみたいで、『代わりに注文して欲しい』って頼まれて……けどそうだよな、よく考えたら、あの年齢の子が保護者もいないでアイスクリームを買いに行くなんて、おかしいな」
うん、と冬夜くんはうなずいて、
「ひょっとして、幽霊だから、店員さんに視えなかったのか?」
「それだと、冬夜くんが眼鏡なしで視えているのが変」
大蛇のこともあるから、また『たまたま』視えた可能性もある。
でも、もう一つ、私にはある考えが浮かんでいた。
霊脈の影響を受けた『妖怪食堂』のように、幽霊が実体化している可能性だ。
「そう言えば、『グリーンワールド』の園内で、幽霊の子どもが現れる、って噂はあるの?」
「いや。俺は聞いたことがない」
ということはおそらく、幽霊が現れても、ここにいる人たちは幽霊だと気づいていない。
そして、さっきから気になっていたのは、入園する前は明らかに人の姿をしていない妖怪がいたのに、入ってからは全く見かけないということ。
……これ、ひょっとして、順序が逆だったのかもしれない。
「冬夜くん、予定変更して、先にお化け屋敷に行ってもいいかな?」
「え? 小野がいいなら、構わないが。じゃあ俺は……」
「あ、冬夜くんも来て大丈夫だと思う。……多分」
お化け屋敷は危険だろうから、私一人で行くね、と最初に言っていたので、冬夜くんは不思議そうな顔をする。
まだ確証はないけど、おそらくこれは、お化け屋敷に答えがある。
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